第147話-困ったちゃんな竜たち

「王宮って、ナゴーンの王宮に飛んで行くの?」

「はい!」

 念のために聞き返した黒ドラちゃんに、リュングが胸を張って答えます。


「“ナゴーンを非公式に訪れた陽竜様と古竜様は、ホーク領だけでなく王都も見てみたくなってしまった”のです!」

「はあ……」

「だから、王宮からの馬車と行き違いに“王都へ向かって勝手に飛んで行ってしまった”のです」

「う、うん」

「ホーク伯爵が王宮からの知らせを伝えに来た時には、すでに我々の部屋はもぬけの殻」

「えっ!」

 伯爵がびっくりして声をあげました。


「そうすれば伯爵は咎められることもなく、バルデーシュからの非公式な訪問、という建前も崩れることもありません」

「し、しかし、それではまるで皆さまが礼儀知らずな一行のような印象に――」

「かまいません。なにしろ、非公式に海を渡ってきちゃうような、困ったちゃん二匹ですから、陽竜様と古竜様は」

「ええーっ!」

 ラウザーが不満そうに声をあげましたが、リュングは気にしないで続けました。


「そして、お付きの見習い魔術師は、力不足で竜二匹を止めることも出来ず振り回されっぱなし」

「そんな、……良いの?」

 黒ドラちゃんが心配そうにリュングにたずねます。

「良いんです。まだ見習いですから!」

 リュングはその設定で押し通すつもりのようです。


「我々ノラウサギは新婚旅行ですからな、色々なところが見られるなら“大喜びで古竜様の言いなり”ですぞ」

 食いしん坊さんが片目をつぶって見せると、ドンちゃんもニッコリ微笑みました。


「確かに私は王宮への申し開きが出来ますが、しかし、それではあまりに皆さまが……」

 伯爵はまだ迷っているようです。


「あのね、まだニクマーン像は見つかっていないでしょ?」

 黒ドラちゃんが突然話を変えました。

「え?ええ」

「王都ってここよりも人が多いんでしょ?」

「ええ、それはもちろんですが」

 伯爵が怪訝そうに答えます。

「ニクマーン像のこと、知っている人が見つかるかもしれないでしょ?」

「それは……。可能性が無いわけではないですが」

 伯爵が考え込みました。

「それに、ドンちゃんたちは新婚旅行だし、もっと色々なところを見せてあげたいのは本当だもん!」

 黒ドラちゃんがそう言うと、食いしん坊さんとドンちゃんは嬉しそうに見つめあいました。それを見ていたラウザーが尻尾を床にペシンっ!と叩きつけました。

「ああ!もう!行くよ行くよ!王宮だろうとどこだろうと、困ったちゃんの竜は行きますよ!」


 さあ、そうとなればすぐに出発です。みんなは大急ぎで荷物をまとめて、部屋の窓から外へと飛び出します。ラウザーが出る時に、ちょっと窓枠がバキバキってなっちゃったけど、伯爵は「気にしないで」と見送ってくれました。壊れた窓枠の前で、伯爵は南へと向かう黒ドラちゃんたちに向かって深々と礼をしました。


「わたくしも後から王宮に向かいます。どうか皆さまお気をつけて」




 ナゴーン王宮へは、地上の道をたどって行きました。大きな川沿いに出来た道は、途中にある小さな街をつなぐように続いていました。黒ドラちゃん達は、街を見かけると降りて、そこに住む人たちにニクマーン像のことをたずねました。

 初めて竜を見るナゴーンの人たちは初めすごく怯えましたが、黒ドラちゃんが可愛らしい女の子になり、ラウザーが陽気に話しかけるとすぐに打ち解けてくれました。でも、ニクマーン像の行方を知っているという人はいませんでした。そもそも、見たことがある人の方が少ないのです。


「考えてみれば、滅多にお披露目されていないんだもの、当たり前だよね」

 黒ドラちゃんがため息をつきながらつぶやきます。


「でも、こうやって竜が探しているって噂になれば、みんながニクマーン像のことを気にして、見つかる可能性が高くなるかもしれません」

 リュングの言葉に、黒ドラちゃんもラウザーもうん!と大きくうなずきました。


 そうして、小さな街にも降りて話を聞いて進むうちに、日は大きく傾いてきました。何か所も寄り道したせいで、ずいぶんと時間がかかってしまいました。そろそろ今夜のお泊りについて話し合おうか?と黒ドラちゃんがラウザーに声をかけようとした時です。


「おおー!見えてきたぞ、黒ちゃん!ナゴーンの王都だよな?あそこが!」

 前を行くラウザーが尻尾をぶんぶん振り回しながら叫んでいます。

 見れば、今までとは比べ物にならないほど大きな街が前方に広がっていました。すでに辺りは暗くなり、その大きな街だけがぼうっと明るく浮かび上がって見えます。ノーランドへ飛んで行った時も、王都に着いた時は夜でしたが、ここまで明るくはありませんでした。黒ドラちゃんは、なんだかワクワクしてきました。

 非公式な訪問で、自分たちは困ったちゃんな竜だけど、ナゴーンの王宮にはきっと楽しいことが待っている。明かりに引き寄せられるように飛びながら、そんな予感がしていました。




 一方その頃、ナゴーンの王宮は大変な騒ぎになっていました。ホーク領の港町にバルデーシュから竜が飛んできた、それも二匹も!という第一報が入ってから、まだ一日半です。二匹の竜がホーク領では人間の姿をとっていると聞き、これ幸いと迎えの馬車を出しました。人間の姿であれば、大暴れされることもなかろう、とにかく扱い易いうちに確保してしまえ!と考えたのです。

ところが、この一日半の間に、事態は急展開しました。送った馬車は空振り、しかも二匹の竜は飛んで王都を目指しているという知らせが入りました。途中の街では「ニクマーン像を見なかったか?行方を知らないか?」と人間の姿になっては聞きまわっているという話。そのため時間がかかっているようですが、今日、明日にも王都に着きそうだ、というのです。

 突然の竜の“襲来”に王宮中が震え上がりました。今のところ竜による被害の報告はなく、むしろ一緒にやってきたウサギのダンスが素晴らしかった、などというどうでも良い情報が入ってきます。そして、集まった報告によれば、どうやら竜がやってきたのはホーク伯爵が所有していたニクマーン像に関係があるらしい、ということだけはわかりました。しかし、肝心のニクマーン像は行方不明で、ホーク伯爵にもその所在がわからない、というのです。

 それは、若き王が亡くなって、アマダ王妃が女王となって初めての、ナゴーン国の危機でした。

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