第134話ー二クマーン像と竜のうろこ
金・銀・銅のニクマーン像。それは、ホーク伯爵が大事に大事にしている、家宝とも言える品でした。
もともと色々な国の芸術品を集めていた伯爵は、一冊の、美しい挿絵の古い絵本を手に入れました。それは<聖J・リッチマンと三匹のニクマーン>というお話が描かれた絵本でした。誰も見たことの無い東の幻の王国で、聖J・リッチマンの亡骸を守っていると言い伝えられている三匹のニクマーンのお話は、ホーク伯爵の心の琴線に触れました。本物を目にすることは叶わないかもしれないが、伝承からその姿を再現してみたい。その想いから、伯爵は金・銀・銅のニクマーン像を造らせました。そして、普段は屋敷の奥深くに厳重に保管し、賓客が在った時だけ披露していたのです。
アーマルが盗みを疑われた日、屋敷では盛大なパーティーが開かれていました。この国の王が逝去し、王妃が女王になってから三年。国としての喪が開け、久しぶりのパーティーには国の内外からたくさんの賓客が訪れていました。伯爵自慢のニクマーン像も久しぶりにお披露目されていました。警備の者がすぐそばにいますが、像は誰でも触れる事が出来ました。普段は厳重に管理されているからこそ、お披露目の時には少しでも多くの人に見て触れてもらおうと伯爵が考えたからです。
アーマルもニクマーン像を何度も触っていました。手の平にひんやりと伝わるその感触と円やかなラインが可愛らしくて、何度も何度もニコニコしながら撫でていたのです。まさかその日のうちにニクマーン像が姿を消し、自分が盗みの疑いで捕まることになるとは思ってもいなかったでしょう。
パーティーの終わり近く、警備の者たちが気づいた時には、すでにニクマーン像は消えていました。何人か、ニクマーン像を気に入って触っていた者はいましたが、アーマルのように何度も繰り返し触っていた者はいませんでした。それにニクマーン像は、あくまでも趣味の品としては高価、という品物です。招待されていたのは、地位も富もすでに手に入れている貴族がほとんど。今さら人の家の宝飾品を盗んで手に入れようと考えるとは思えません。結果的に、一番怪しいのはアーマルだということになりました。
もちろん、アーマルはすぐに無実を訴えました。一座の座長も、彼女はそんなことをするような娘ではないと伯爵に話してくれました。ラマディーとアーマル二人の持ち物は、洗いざらい調べられましたが、ニクマーン像は見つりません。
しかし、大事な像を失った伯爵の怒りは収まらず、一番怪しい立場の者を自由にするわけにはいかないと、アーマルの解放は聞き入れてもらえませんでした。そして、泣きながら姉の無実を訴えるラマディーに、腹立たしげに言ったのです。
「姉を自由にして欲しいなら、盗まれた3種のニクマーン像を取り戻すか、同じくらいに珍しいもの、たとえば希少な魔石とか竜の鱗でも持って来れば良い!」と。
その言葉を真に受けてはいけないと、座長はラマディーに言いました。少し時間が経てば、きっと伯爵も冷静になってくださるだろう、と。けれど、思いつめたラマディーは、ホーク伯爵の屋敷を飛び出してしまったのです。
魔石も竜も、バルデーシュにならば存在します。毎日というわけではありませんが、両国の間には船の行き来もありました。ナゴーンでは陽竜に助けられた漁師も多くいます。陽竜は、気の良い竜だと評判でした。
そこで、ラマディーは、まずは陽竜に会いに行こうと考えました。一座で旅をしている時に知り合った漁師の伝手で、バルデーシュ行きの船に乗せてもらいました。そして、船を降りてキャラバンに紛れ込んだラマディーは、南の砦にあっさりと入り込むことが出来ました。やはり陽竜は怖い存在というより、ナゴーンでのうわさ通りに気の良い存在として、砦の人々から好かれているようでした。ラマディーから見ても、陽気でちょっと抜けてるような雰囲気で、簡単に騙せそうな気がしました。
「あ、そう言えば、少し前にキャラバンが来ましたね」
リュングが思い出したように言いました。
「あ、そういえばやけに何度も俺に話しかけてくる坊主が居たなあ?」
ラウザーも思い出したようです。
「……俺です」
ラマディーが肩を落としてつぶやきました。
ラマディーは、なんとか陽竜をだまして鱗を取れないかと考えました。しかし、ラキ様というオアシスの女神と、リュングと言うお目付け役が四六時中ついていて、なかなか隙が出来ません。そうこうするうちにキャラバンが砦を離れる日が来てしまいました。仕方なく南の砦を出たラマディーは、陽竜の鱗を取るのは諦めました。
そして今度は、魔石を作るという輝竜の棲む北の山を目指したのです。ところが、途中で会った別なキャラバンから、古の森の幼竜の噂を聞きました。まだ幼い古竜が、ノーランドへ飛んで出かけていったと。ノーランドの王都では、花びらを撒きながら飛び回ったと聞いて、その幼竜ならばなんとかなるかもしれないと考えました。
古竜は可愛らしいものが大好きと聞いたラマディーは、華奢な見た目を利用して、女の子に変装して古の森までやってきたのです。けれど、不思議な力が働いているようで、森の中には入れません。それで、笛の音で古竜をおびき出そうと、森の外れで吹き始めたのです。
「てっきり可愛い女の子が笛を吹いてるって思っちゃった」
黒ドラちゃんがつぶやくと、ドンちゃんもうんうんとうなずいています。
「初めは、なんとか鱗を取れないかって考えていたんだけど、ニクマーン像の話を聞かせたら喜んでるし、後からやってきた陽竜も魔術師も反対しないし、これならうまくいけばナゴーンへ連れていけるかも……って考えたんです」
ラマディーがうなだれながら言うと「とんでもない!」とブランとゲルードが叫びました。
「黒ちゃんをナゴーンへ行かせるなんて絶対にダメだ!」
ブランの周りの温度がどんどん下がっています。ラマディーがぶるっと震えました。
「でも、手ぶらで帰ったらアーマルさんはどうなるの?」
黒ドラちゃんが心配そうに尋ねると、ラマディーは暗い顔をして黙り込んでしまいました。
「鱗って、取れないかな?」
黒ドラちゃんが自分の体をぐるぐると見回しました。端っこの方ならどうだろう?と尻尾の先っちょをつまんでみます。
「黒ちゃん、竜の鱗っていうのは全体で1つの魔力を纏っているんだ」
ブランが教えてくれます。
「えっ!でも、初鱗取れたよね?」
黒ドラちゃんがびっくりして聞き返しました。
「うん。滅多に無いからこそ特別なんだよ、初鱗は」
「そうなんだ……」
「何かで体を傷つけられたりして鱗に傷が入ると、魔力で修復しようとしてその部分だけに下から新しい鱗が出てきて、古い鱗は剥がれる」
「へえ」
「でも、そんなことって滅多に無いよ」
「……そうだよね」
ブランの話を聞いて、黒ドラちゃんは申し訳なさそうにラマディーを見ました。1枚くらいなら、鱗を取ってあげられるならあげても良いな、って考えていたんです。
すると、そばで聞いていたラウザーが首を突っ込んできました。
「あのさー、俺がちょっとナゴーンへ行ってこようか?」
「えっ!?」
みんなが揃って驚いた声を上げました。リュングだけは頬を紅潮させながら「それならば私がついて行きます!」とさらに声を上げました。やはりナゴーンに行く気満々だったんですね。
「いや、しかし――」
すぐにブランがラウザーに反対しようとしました。
「だって俺、少し前まではナゴーンにちょくちょく遊びに行ったりしてたからさあ、少しは詳しいぜ!」
ラウザーが自信たっぷりに言ったので、黒ドラちゃんはびっくりしてしまいました。
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