第135話-淋しい尻尾

「ラウザー、ナゴーンに行ったことあるの!?」

「ああ、俺、ゆがみを起こす前は砂漠でひとりぼっちだったし、お目付け役なんていなかったしさ」

 ラウザーの言葉を聞いて、ゲルードが気まずそうに目を泳がせました。

 もともと、ラウザーはお祭り竜と呼ばれ人々に親しまれていました。それは同時に、それくらいしか価値が無い存在と思われていたのです。ラウザーの魔力が大きなゆがみを起こすほどだとわかってから、ラウザーの扱いはずっと厳重になりました。リュングが常についているのも、お目付け役兼警護でもあるのです。気の良いラウザーなら、いつ騙されて国外へ連れ出されるかわからない。そんな心配がありました。


「俺なら知り合いもあっちにいるしさ、その、ホーク伯爵って言う人にも会って話が出来ると思うんだよ」

 ラウザーが明るく言いました。

「ほ、本当ですか!?」

 ラマディーがラウザーの足元にすがりつきました。

「お願いします!お願いします!一緒に行っていただけるなら俺、何でもします!」

 二度と放すもんかという勢いです。


「いや、しかし……」

 ゲルードが困ったようにブランを見ました。ブランもどうしたら良いのか迷っているようです。


「私が一緒に行きます!陽竜様をお守りします!」

 リュングがゲルードとブランに頼み込んできました。それを見ていた黒ドラちゃんも我慢できなくて言いました。

「じゃあ、あたしも行く!」

 ブランが驚いて黒ドラちゃんを止めました。

「ダメダメダメだよ!黒ちゃん!」


 たたみかけるように黒ドラちゃんの肩をグッと掴んで言い聞かせます。

「ノーランドの時と違って、向こうの王宮に知り合いはいないんだよ?」

「でも……」

「それに、ナゴーンとは今でこそ平和的な関係だけど、昔々は戦争だってしていたんだ」

「そ、そうなの?」

 黒ドラちゃんの勢いがちょっと落ちました。

「えー、そんなの、ずーーーっと前の話だよ。その頃の人間なんて、もう誰も生きてないって!」

 ラウザーが呆れたように言いました。

「そうなの!?」

 黒ドラちゃんがまた勢いを取り戻しました。

「ああ、今じゃ俺が時々行ったって、みんな親切にしてくれるぜ。特に漁師連中は今頃淋しがってるんじゃないかな?俺が行かなくなったからさあ」

 ラウザーはそう言いながら、遠い目をして淋しそうに尻尾を揺らしました。ラマディーのお話が無くても、ナゴーンへ行きたい気持ちが元々あったのかもしれません。


「ブランとマグノラさんはバルデーシュを出られないんでしょう?」

 黒ドラちゃんがたずねると、ブランがうなずきました。ゲルードも難しい顔をして考え込んでいます。


「だったら、あたしとラウザーで行けばいいよ。何かあっても竜が二匹と魔術師がいれば大丈夫なんじゃない?」

 黒ドラちゃんが言うと、リュングが嬉しげにうなずいています。

「いえ、リュングはまだ魔術師“見習い”です」

 ゲルードの冷静な声に、リュングがしょぼんとうつむきました。

「ですが、むしろそのほうが都合が良いのかも……」

 続けられたゲルードの言葉に、今度はビックリして顔をあげました。

「竜二匹と魔術師がナゴーンへ向かうとなれば、国として正式に動かねばなりません」

 ゲルードがラウザーと黒ドラちゃんを見つめながら言いました。

「しかし、“もともとナゴーンへ非公式に交流のあった陽竜殿と、お目付け役の魔術師見習いと幼い古竜様が一緒になって遊びに行ってしまった”ということならば――」

「ゲルード……」

 ブランが苦い表情でゲルードを見つめました。

「そうなれば、おそらく陽竜殿の言う通りナゴーン側は厚遇するでしょう。竜の魔力のすさまじさは彼の国でも知らぬものはいないはず」

「そうなの?」

 黒ドラちゃんが不思議そうに言いましたが、みんな黙ってうなずいています。


「俺の国には竜はいません。それだけにほとんどの人が、竜って強大な魔力を持っていて怒らせたら大変なことになるって思いこんでいます」

 ラマディーが言うのを聞いて、黒ドラちゃんにもナゴーンの人々にとっての竜の存在がなんとなくわかってきました。

「そんな怖い生き物じゃないよ、あたしたち。ねえ?」

 黒ドラちゃんがみんなを見回してたずねましたが、うんうん!とうなずいてくれたのはドンちゃんだけでした。


 ブランがため息をつきました。

「どうしても、というならマグノラに相談してみよう」

「華竜様にですか?」

 ゲルードが不思議そうにたずねました。

「そうだね!女の子たちのお出かけには、マグノラさんの御祈りが欠かせないし!」

 ドンちゃんは、そう言ってすぐに黒ドラちゃんの背中に飛び乗りました。

「えっ!ひょっとしてドンちゃんもナゴーンへ一緒に行ってくれるの?」

「うん!もちろん!」

 ドンちゃんが元気よく答えます。

「この間、黒ドラちゃんがノーランドに行った時に思ったの。今度、もし黒ドラちゃんが遠くへお出かけする時は、絶対に一緒に行こう!って」

 ブランもゲルードも何か言いたげでしたが、ドンちゃんのきっぱりした声を聞いて、言葉を飲み込みんだようです。


「じゃあ、とりあえずグィン・シーヴォにも伝えないわけにはいかないな」

 ブランがため息交じりにつぶやくと、すぐにゲルードが先ほど見たような鳥の形をした紙を懐から出しました。

「あ、それって魔法の鳥でしょ?」

 黒ドラちゃんがそう言った時には、すでに紙の鳥はゲルードの手元を離れ、目にもとまらぬ速さで王都の方向へ消えていくところでした。

「す、すごい!」

 リュングのつぶやきに、黒ドラちゃんもドンちゃんもうなずいています。


「やっぱ見習いじゃない魔術師はすごいな」

 ラウザーの声にゲルードが「当然です!」と胸を張りました。それを放置してブランが飛び立つ仕草を見せ「行こう、マグノラのところへ」とみんなに声をかけました。あわててゲルードがブランの背中に飛び乗ります。


「なにはともあれ、困った時は長き者に従おう」

 そうゲルードに言いながら、出来れば反対してほしいけど、とブランは小さくつぶやきました。







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