モーデさんのひとりごと<聖J・リッチマンと三匹のニクマーン>

 もうすぐ日付が変わろうという夜中に、モーデさんはホッと溜息をつくと雪景色の広がる窓の外を眺めました。


 今朝早くに、黒ドラちゃんとモッチがバルデーシュへ帰り、モーデさんもその専任を解かれたのです。


 黒ドラちゃん達がいる時は、たくさんの人であふれ歓声が響いていた広場も、今は薄らと雪をかぶって静かです。


 竜のお世話をするなんて、内心ドキドキでしたが、黒ドラちゃんはとても素直で可愛らしくて、あっという間にお別れの日が来てしまいました。わずか数日でしたが、お別れする頃には淋しくて涙ぐんでしまう程度には、モーデさんも黒ドラちゃんのことを好きになっていたのです。






 さあ、今夜はもう寝ようかとベッドに近づいた時に、本棚の本が少しだけ飛び出しているのが目に留まりました。黒ドラちゃん達がいた間、雪でお出かけできなかった時に読んであげた絵本です。


 <聖J・リッチマンと三匹のニクマーン>


 表紙には冒険者風の男の人と、お饅頭のような丸っこい魔獣ニクマーンの絵が三匹描かれています。モーデさんも子供の頃に双子のドーテさんと一緒に、乳母によく読んでもらいました。ノーランドでは、おなじみの童話です。それは昔々ずーっと昔の、本当にあった出来事を物語にしたものだ、と言われていました。






 昔々、ノーランドではニクマーンという魔獣があちこちで見られました。このニクマーンと言う魔獣は、お饅頭のような形をしていて、見た目通りの柔くて弱い生き物でした。その辺の草むらや湖や沼の近くに行けば、ポムポムと弾むように移動する、その姿がよく見られたそうです。


 童話では、J・リッチマンと言う一人の冒険者が、このニクマーンと力を合わせてノーランドやノルド、バルデーシュを旅して回るのです。誰も見向きもしなかった弱い魔獣ニクマーンたちを保護し、仲間になり気持ちを通い合わせます。


 特に、黄色・白・桃色の三匹のニクマーンは常にリッチマンと行動を共にしました。


 リッチマンはあちこちでたくさんのニクマーン達を他の魔獣から守ってやったり、人間たちが保護するようにと働きかけました。その甲斐あって、ニクマーンは人間からおもちゃ代わりにされるような扱いから、ペットや友達としての存在へ変わっていったのです。


 やがて三匹のニクマーンを連れたリッチマンは、国をまたぎ冒険者としても名を上げて行きました。ノーランド、ノルド、バルディーシュを経て、老齢になったリッチマンは、はるか東の先にある幻の王国にたどり着きます。そこは豪放磊落な若き女王が納める国でした。女王は、リッチマンと三匹のニクマーンのことをいたく気に入りました。そして、ここへ根を下ろす気があるなら、とリッチマンにニクマーンと過ごすための領地を与えてくれたのです。リッチマンは、その地をニクマーン達と暮らす終の棲家と決めました。


 やがて、その領地には自然と色々な国から、ニクマーンが集まってきました。


 しばらく、穏やかで楽しい時を過ごした後、いよいよリッチマンが天に召される、と言う時がやってきました。静かに息を引き取ったリッチマンの亡骸を守るように、三匹のニクマーンが体の上に乗りました。そして、まばゆい光を放ったと思った次の瞬間には、三匹のニクマーンは、それぞれ金・銀・銅のニクマーンへと進化をしていました。


 さらに不思議なことに、三匹のニクマーンと一緒に光に包まれたリッチマンの亡骸は、その後も全く様子が変わらなかったと言われています。安らかな寝顔のようなその姿に、いつしか彼は<聖J・リッチマン>と呼ばれるようになりました。

 女王は、リッチマン亡き後もその奇跡に敬意を示し、ニクマーンの楽園とも言える領地を維持してくれました。


 そこにたどり着くには、曇りなき眼で真実を見抜き、優しい心で魔獣ニクマーンに接することが出来ること。

 それらをすべて満たした者だけが、楽園への扉を開くだろう、そう言い伝えられています。


 そうして、今でも大陸の東のどこかには、金・銀・銅の三匹のニクマーンが、聖J・リッチマンの亡骸を守りながら暮らしている。

そう信じられているのです。





 モーデさんはベッドの中でゆっくりと絵本を閉じました。子どもの頃、この絵本を読んでもらうと必ず、東にある幻の王国を探しに出かけたくなったものです。ドーテさんと二人、どうやってニクマーンの楽園へ行こうかと話しているうちに眠ってしまう、そう言うことが何度もありました。

 大きくなってからは、その王国と言うのが伝説上の幻の国で、ニクマーンという魔獣も誰も見た者がいないとか、そういう現実を知るたびに、だんだんと夢は遠くなっていきました。

 けれど、この間バルディーシュの古竜様、黒ドラちゃんがノーランドにやってきて、ノラクローバーの花を見事に集めた時から、なんとなく心が浮き立ってしまうのです。

 もしかしたら、ニクマーンの楽園は本当にあるかもしれない、と。


 竜が国を超えて飛んでくる世の中ですもの。「黒ドラちゃんて呼んでね!」なんて言って、気安く花びらを撒いてくれたりするんですもの。妖精が集まるはちみつ玉を作れるような、すごいクマン魔蜂さんだっているんだもの。それに、黒ドラちゃんはこの絵本のお話に出てくる三匹のニクマーンをすごく気に入ってくれました。


 ひょっとしたら、今もどこかでひっそりと金・銀・銅のニクマーンがいるのかも。そして、聖J・リッチマンの亡骸を守っているかもしれない。


 そうだったら、ステキなのに。


 そうだったら、とってもステキ。


 そう思いながら、モーデさんはだんだんと眠りの中に入って行きました。


 夜空では、ガラス玉のように輝く星々が、静かに静かに瞬いていました。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る