第113話-やっぱり遠いんだね

 まず黒ドラちゃんは北の山の方へ向かいました。でも、山の上の方へ向かうわけではありません。そう、今回の旅は山を登るのではなく、そのまま横を通って、さらに北に向かうのです。

 地図では、ノーランドに入る前に、少しだけノルド国の上空を横切るようになっていました。すると、下でたくさんの人が大声で何か叫びながら旗を振って空を見上げていました。少し低く飛んでみると、旗には黒い竜の絵が描かれています。

「古竜さまー!お気をつけてー!」

「古竜さまー、がんばってー!」

 中には「古竜さまー!あそぼー!」なんて言っている子ども混じっています。ノルドの人々はバルデーシュとは友好的に過ごしているので、王妃から見送りのお願いをされたのです。黒ドラちゃんは、人々の上をぐるぐると数回まわった後「ありがとー!」と大きく応えてから再び北に向かいました。


 寒さは厳しくなってきましたが、黒ドラちゃんの気分はポカポカと温かいままでした。ブランは心配していたけど、よその国でも応援してくれる人たちはいるし、黒ドラちゃんは元気いっぱいです。


 やがて、ノルドを抜けて、ノーランドに入りました。どうしてわかったかというと、下に大きな川が流れていたからです。カモミラ王女からもらった地図では、この川を境にノルドとノーランドが分かれていました。


「モッチ、ずいぶん飛んで来たと思ったけどさ、まだノーランドの一番端っこなんだね、ここ」

 黒ドラちゃんがつぶやくと、モッチが花のリースから顔を出しました。

「ぶぶ!!」

 途端にモッチが花の中に引っこみます。

「え、寒いって?気づいてなかったの?」

 黒ドラちゃんが不思議そうに言うと、モッチが花の中に体を入れて、顔だけちょっぴり出してきました。

「ぶいん……ぶんぶん」

「そっかあ。マグノラさんのお花の中って暖かいんだ。きっとマグノラさんの魔力でモッチを守ってくれてるんだね」

「ぶいん」


 寒さにびっくりしたモッチを連れて、黒ドラちゃんは飛び続けました。下の眺めは茶色の地肌はどんどん少なくなって、もうほとんどが白い雪に覆われています。

「ねえ、モッチちょっと降りて見ようか?あたしお腹すいちゃった」

「ぶいん」

 モッチが良いよ、と言ってくれたので、黒ドラちゃんは雪の平原に降り立ちました。遠くに真っ白な山がぼんやりと見えます。あの麓近くにノーランドの王都があり、山の上近くに王宮の森が広がっているはずでした。


「やっぱりけっこう遠いね。今日中に王宮まで行けるかなあ」

 黒ドラちゃんはちょっと心細くなってきました。

「ぶいん!ぶいん!」

 大丈夫!大丈夫!とモッチが黒ドラちゃんを励まします。でも、モッチ自身は寒さに震えて花のリースにすっかり潜ったままです。


「そうだ!ドンちゃんからもらった木の実食べようっと!」

 黒ドラちゃんは斜めにかけたポシェットから、白い布の包みを取り出しました。白い布の包みを広げると、地図やカミナリ玉、そして木の実がたくさんありました。どれも甘くて黒ドラちゃんが大好きな実ばかりです。その中に、めったに見つからない極甘の実もありました。これって、たしかずいぶん前に見つけて、黒ドラちゃんが魔力で保存できるようにしたやつです。ドンちゃんにあげたんですけど、ずっと大事に取ってあったんでしょう。


「ドンちゃん……」

 黒ドラちゃんは、ドンちゃんが持たせてくれた極甘の実は、そのまま大事に取っておくことにしました。代わりに小さな甘い実たちを一握りお口に入れます。ひと噛みすると、甘ーい汁がお口いっぱいに広がりました。ゆっくり味わうと、またがんばれる気になってきました。ドンちゃんに絶対ノラクローバーの冠を作ってあげるんだ!と、再び黒ドラちゃんは飛び立ちました。


 遠くに見える真っ白な山は、なかなか大きく見えてきてくれません。

「モッチ、やっぱり遠いんだね。地図だとそこまで遠くは無いような感じだったんだけどなあ」

「ぶいーん、ぶんぶん!」

 がんばろう!黒ドラちゃん、とモッチが励ましてくれます。


 時々モッチとおしゃべりしながら、黒ドラちゃんは一生懸命飛び続けました。下には時々羊や馬の群れが居たり、そばに小さな村が見えたりしました。でも、どれもとても小さな村で、うっかり黒ドラちゃんが降り立ったりしたら大騒ぎになりそうだったので、寄らずに飛び続けました。


 そのうち、空が暗くなり始めた頃、ようやく真っ白な山が近くに見えてきました。遠くから見た時はそれほど高いとは思いませんでしたが、近づくにつれてブランが棲んでいる北の山なんかよりずっとずっと高いということが分かりました。麓には街が広がっています。あれがノーランドの王都でしょう。もう少しで王宮も見えてくるはずです。

 暗くなり始めた空を、黒ドラちゃんは王都の明かりを目指して飛びました。

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