第112話ーぶいん!ぶいん!

「あのね、黒チビちゃん、モッチは古の森のクマン魔蜂だ」

「うん!」

「クマン魔蜂たちは普段、森の豊富な魔力を浴びて暮らしているんだ」

「うん」

「だから、魔力の薄いところに行くと、モッチはいつも腹ペコになっちまうのさ」

「そうなんだあ……」


 そういえば、以前ラウザーと南の砦へお出かけした時、モッチはずっとフジュの花の中に頭を突っ込んでいました。多分、お腹が空いてしまっていたんでしょう。

「そのマグノラの花にはあたしの魔力をたっぷりと込めてある。だから、旅の間はその花があればモッチは大丈夫だよ」

「ありがとう!マグノラさん!」

 何も知らずに旅立っていたら大変でした。お礼を言って再び馬車に乗りこもうとした黒ドラちゃんに、マグノラさんが声をかけました。


「黒チビちゃん、気をつけてお行き」

「うん!」

「困ったり、悲しい気持ちになった時には、想像するんだよ」

「そうぞうするの?」

「ああ、そうさ。お前さんには思い描いたことを叶える魔力がある」

「かなえるまりょく?」

「そうだよ。困ったことや悲しい気持ちになったら、楽しいことやうれしいことを思い描くんだ」

「うん」

「そして、あたしたちみんなが応援して、待っていることを思い出すんだよ」

「うん!!」


 マグノラさんはニッコリと微笑んで黒ドラちゃんの頭を撫でてくれました。

「モッチ、黒ドラちゃんのこと頼んだよ」

「ぶいん!」

 マグノラさんの言葉に応えるように、モッチが花から頭を出して羽音を立てます。黒ドラちゃんはもう一度マグノラさんにお礼を言って、今度こそ本当に魔馬車に乗り込みました。


 馬車の外ではマグノラさんに抱っこされてドンちゃんが前足を振っています。マグノラさんは大きく尻尾を振ってくれています。黒ドラちゃんも大きく手を振りました。


 馬車が動き出します。いつものように少し走ると、ガタンッと大きく揺れました。黒ドラちゃんが窓の外を見ると、ブランの棲む北の山が見えました。そのまましばらく走ってから、やがて馬車が止まりました。


「はあ。もう着いちゃったね」

 ブランが残念そうに言ったあと、先に馬車を降りて行きました。黒ドラちゃんに手を貸して降ろしてくれます。降りてみると、北の山が大きく見えました。空気も冷たく感じます。花のリースから顔を出したモッチは、辺りの景色が一変していることに「ぶいん!」と驚いていました。すぐそばにゲルードと鎧の兵士さん達が集まっていました。

「古竜様、お待ちしておりました」

 そう言って、ゲルードが後ろの兵士さんを振り向くと、すぐに籠を持った一人が前に進み出てきました。太めの蔦で編まれて、中には白い手編みレースが敷かれている、とても可愛らしい籠です。けれど、かなり大きくて、兵士さんが両手を広げて持っています。

「すごいね!たった三日でこんなステキな籠が出来るなんて!」

「王都でも一番の籠屋に作らせました。古竜様がお使いになると言ったら、光栄だと張り切っておりましたよ」

「ありがとう!籠屋さんにお礼を言っておいてね、ゲルード。すごくうれしいなあ」

「もったいないお言葉です。籠屋によく伝えておきましょう」


 大人の兵士さんがようやく持てるような大きな籠でしたが、黒ドラちゃんはひょいっと片手で持ちました。そのまま頭にのせます。不思議なことに全くグラつかずに良い感じで乗っています。

「あの、古竜さま、それは竜のお姿になって首から下げる予定で大きく作られているのです」

ゲルードがちょっと慌てながら言いました。

「そうなの?」

 籠を降ろして黒ドラちゃんが竜に戻りました。首にはマグノラさんの花のリースと、ブランが作ってくれた橙色の魔石のベルトが巻かれています。ベルトには、丸い金具が着いていました。兵士さんが籠を持ちあげ、ゲルードが籠の方の金具をそこにひっかけます。黒ドラちゃんの首に、籠がぶら下がりました。

「良いね!これ」

 気に入ったらしく、ぶんぶん首を振って見せます。

「あ、あまり振ると外れてしまいますからご注意ください!」

 ゲルードに言われて黒ドラちゃんは首を振るのをやめました。

「ありがとう。これで安心してお花を摘めるね」



 いよいよ、黒ドラちゃんだけで北の山の向こうに飛び立つ時が来ました。

「ぶいん!ぶいん」

 あ、ごめんなさい、モッチもいたんでしたっけ。

 ブランとゲルードたちに見送られ、黒ドラちゃんが大きく羽ばたきます。

「黒ちゃん、気をつけてね!寒くなったらベルトの魔石のこと思い出すんだよ!」

 ブランの心配そうな声に「わかったよー!行ってきまーす!!」と元気に答えて、黒ドラちゃんは北への旅に出発しました。

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