第111話ーぽえぽえ古の森

 旅立ちの朝は、あっという間にやってきました。黒ドラちゃんは6、7歳くらいの女の子の姿で魔馬車が来るのを待っていました。ワンピースも編上げブーツも茶色の、お気に入りのドンちゃんスタイルです。そばには人間の姿のブランもいます。ゲルードが用意した籠は、人間の黒ドラちゃんにはちょっと大きいので、先に鎧の兵士さんたちが北の山の近くまで届けてくれているそうです。


 ブランが、カモミラ王女から預かってきた地図を取り出しました。地面に置いて広げて見せてくれます。

「黒ちゃん、ここが僕の住んでいる北の山だよ」

 ブランが指さしたのは、地図の下の方に描かれた山の絵です。

「じゃあ、じゃあ、古の森は?」

 黒ドラちゃんが勢い込んで覗き込むと、ブランが申し訳なさそうに言いました。

「あのね、黒ちゃん、これはノーランドを中心に描かれているから、バルデーシュの国の中の場所はほとんど載ってないんだ」

 そう言いながら、地図から外れてずっと下の地面を指さします。

「もし、地図があれば、この辺りかな、古の森は」

「ええーっ!そっちの方なの?」

 地図からはみ出たそこには、ぽえぽえした雑草しかありません。黒ドラちゃんはちょっとがっかりしました。でも、ぽえぽえ雑草の古の森と地図の上の北の山の絵とノーランドの王宮の絵の位置を見てみると、けっこう遠いってことはなんとなくわかりました。


「遠いんだね、ノーランドって……」

 黒ドラちゃんがつぶやくと、ブランが心配そうに「黒ちゃん、やっぱりノーランドへのお出かけはやめにしないかい?」と聞いてきました。

「う、ううん!行くもん!大丈夫、必ずノーランドクローバーのお花を摘んでくるもん!」

 あわてて黒ドラちゃんが答えると、ブランはちょっと残念そうにうなずきました。


ブランは地図をたたむと、黒ドラちゃんの持っている白い布に入れてくれました。それから、橙色の優しい輝きの魔石を取り出しました。ベルトのようなものに取り付けてあります。

「これはね、暖かさを生み出してくれる魔石なんだ」

 そう言いながら、屈んで黒ドラちゃんの腰につけてくれます。

「もし、雪山で身動きが取れなくなるようなことがあったら、この石のことを考えるんだ」

 ブランが真剣な声で言います。

「う、うん」

「そうすれば、この石が黒ちゃんを温めてくれるからね」

 ベルトの位置を少し直してから、ブランは黒ドラちゃんをギュッと抱きしめました。

「ブラン……」

「必ず必ず無事で帰ってきてね、黒ちゃん」

「うん。ブラン、ありがとう」


(ようやくブランが離してくれましたが、黒ドラちゃんはなんだか急に心細くなりました。ベルトの魔石を触ってみます。なんだかほんのり暖かいような気がします。よし!と黒ドラちゃんが決意を新たにした時、森の中からドンちゃんが現れました。


「良かったあ!間に合った!」

 ドンちゃんは細い蔓で編んだポシェットのようなものを持っていました。頭の上にはモッチを載せています。

「黒ドラちゃん、これね、あたしがお母さんに教わって作ったの」

 黒ドラちゃんにそのポシェットを差し出します。

「え、あたしに?」

 黒ドラちゃんは驚きました。ドンちゃんまで何かを用意してくれるなんて考えていませんでした。

「あのね、その中にお母さんが集めてくれた木の実が入ってるから、お腹がすいたら食べてね」


「うん。ありがとう……すごく嬉しいよ」

 ポシェットを受け取るときに、黒ドラちゃんは気づいてしまいました。ドンちゃんの前足が傷だらけだってことに。きっと初めてのポシェット作りは大変だったんでしょう。ドンちゃんは前足をギュッと握りこんで、黒ドラちゃんには気づかれていないつもりです。


「あたし、あたし必ずドンちゃんにノラウサギの花嫁の冠作るから!絶対絶対すごいの作るから!」

 黒ドラちゃんは大きな声で約束しました。ドンちゃんは「無理しないでね、黒ドラちゃん」と小さな声で答えました。モッチが、ドンちゃんの頭の上から黒ドラちゃんの頭の上に移動しました。


 ブランと一緒に魔馬車に乗り込みます。さあ、出発するぞ、と思った時です。マグノラさんの「おーい!黒チビちゃーん!」と言う声が聞こえてきました。見れば、白いお花の森の方から、すごい勢いでマグノラさんが飛んできています。あわてて黒ドラちゃんは魔馬車から降りました。


 ドスンッ!とマグノラさんが降り立ちます。

「はあっ、黒チビちゃん遅くなっちまってごめんよ!」

 マグノラさんは息を切らしていました。

「これを持って行きな」

 そう言って、マグノラのお花で作った丸いリースを黒ドラちゃんの首にかけてくれました。

「これ、マグノラさんの匂いがする」

 クンクンと匂いを嗅いで、黒ドラちゃんはホンワリした気持ちになりました。甘い花の香りが、黒ドラちゃんを優しく包みます。モッチが誘われるようにマグノラの花の中に頭を突っ込んでいます。その様子を見ながら、マグノラさんが黒ドラちゃんに話し始めました。

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