第67話-カモミラ王女とドーテさん

 ドンちゃんのそっくりさんは、カモミラ王女と言って、ノルド国のすぐそばにある、とても小さな国ノーランドの三番目のお姫様でした。


 カモミラ王女の、優しい茶色の瞳に見つめられると、黒ドラちゃんはなんでも素直に話せる気持ちになりました。それで、古の森に住んでいるおちびちゃん竜であることや、ドンちゃんと一緒にスズロ王子の舞踏会に招待されたこと、ゲルードのお屋敷でダンスの特訓を受けるために王都へ来たことを話しました。


「じゃあ、ゲルードの言っていたとても大切なお客さまって、あなたのことだったのね」

 カモミラ王女にそう言われて、黒ドラちゃんは不思議そうに聞き返しました。

「ゲルードとお話したの?」

「ええ、この国の王妃様はノルドの国の方でしょう?ノーランドはノルドの兄弟国なの」

「兄弟国?仲良しさんだってこと?」

「ええ、そうね、簡単に言うとそんな感じ。だから私も度々この国には遊びに来ていて、小さい頃はスズロ王子やゲルードとはよく遊んだの」

「へえ!おさななじみ?」

「ええ、そうね。昔はよく一緒に木登りしたりしたわ」

 カモミラ王女は思い出したように、楽しそうに話しました。

「じゃあ、今も遊びに来ていたの?」

 黒ドラちゃんはたずねました。

「えっ、いえ……今は違うわ。舞踏会の前に会っておきたい方がいて、それで少し早めにこの国に入ったの」

「会っておきたい方?」

「ええ……」

 カモミラ王女はあまり“会っておきたい方”のお話はしたくないみたいです。


「それで『ぜひ滞在は王宮へ』と王妃様には言われたのだけれど、ゲルードのお屋敷の方が気兼ねが無いから、こちらへおじゃましているの」


 スズロ王子もゲルードのお屋敷のことを自分の家のように話していたし、ゲルードのお屋敷は色々な人が集まってくるようです。


「私は昨日ここへ来たのだけれど、今朝は珍しくゲルードが王宮へ出かけなかったから、不思議に思って聞いてみたら大切なお客様がいらっしゃるって」

「そうなんだ」

「こんな可愛らしいお客様だなんて聞いてなかったわ」

 そう言ってカモミラ王女はにっこり微笑みます。

「可愛い!?本当に?本当に?」

 黒ドラちゃんは嬉しくて何度も聞き返しました。

「ええ、とても可愛らしいわ。その艶やかな黒髪も、明るい緑の瞳もとても可愛らしいわ」

「うれしい!あのね、カモミラ王女もとっても可愛いよ!ドンちゃんと同じ茶色の髪はフワフワだし、ドンちゃんと同じ茶色のお目々もとっても優しそうでステキ!」

 カモミラ王女は一瞬驚いた顔をしましたが、すぐににっこりと微笑んで「ありがとう」と言ってくれました。


「そういえば、ドンちゃんどこに行っちゃったんだろう……」

 またまた黒ドラちゃんの目が潤んできます。カモミラ王女があわてて侍女さんに話しかけました。

「ねえ、ドーテ、この生垣って、どうなっているんだった?屋敷の外に出てしまうことってあったかしら?」

「いいえ、姫さま。この生垣はこの庭からぐるっと庭園の方まで続いておりますが、仮に生垣の外に出てもさらに本庭園が広がり、外との間には高い塀がございます」

「じゃあ、本庭園の方へ回ってみれば良いのかしら?」

「まずは、そのドンちゃんというウサギが飛び込んだ場所に戻りましょう。それから屋敷の者たちにも頼んで、手分けして探しましょう」

「そうね、その方が良いわね」


 ドーテさんという侍女さんは、若いけれどとてもしっかりとしているようです。さすが王女様に仕える侍女さんですね。


「そういえば、私たちもウサギを連れてきているのよ。ちょっと変わっているけど、彼に聞いたらドンちゃんの居場所もわかるかもしれないわ」

 カモミラ王女の言葉に、黒ドラちゃんはビックリしました。

「ウサギさん?」

「ええ、とても強い魔力を持っていて、私も普段から色々と助けてもらっているわ」

 王女が言うからには、本当に頼りになるウサギさんなのかも知れません。そのウサギさんにも会ってみたいな、と黒ドラちゃんは思いました。


「じゃあ、さっきのところに戻ってみる。……一緒に来てくれる?」

 黒ドラちゃんが不安そうに言うと「もちろんよ!」とカモミラ王女が答え、ドーテさんもうなずいてくれました。黒ドラちゃんは鼻をグスグスさせながら、カモミラ王女とドーテさんと、元来た方へ戻ってみることにしました。少し歩くと、ドンちゃんが飛び込んだ場所に戻れました。白くて背の高いお花が1本、そばにあったので覚えていたのです。


「あのね、ここからドンちゃんは中に入って消えちゃったの」

 そう言って黒ドラちゃんが生垣を指さしました。カモミラ王女とドーテさんが、そこに目をやった時、突然、モフッとした灰色の塊が生垣から這い出してきました。


「グィン!」

 カモミラさんとドーテさんがビックリして声をあげました。そして、そのすぐ後から、茶色の少し小さい塊が出てきたのです。


「ドンちゃん!」

 黒ドラちゃんが茶色の塊、ドンちゃんを抱きしめました。


「黒ドラちゃん!」

 ドンちゃんも黒ドラちゃんにしがみつきます。

「心配したんだよ!どこに行ってたの!」

 黒ドラちゃんがドンちゃんに尋ねると「ごめんね。つい茨のトンネルに、夢中になっちゃって……」とドンちゃんがきまり悪そうに言いました。


「古竜の子よ、叱らないでやってくれないか。茨に興奮するのはウサギのさが。私とて抗えん」

 突然、灰色のモフモフさんがしゃべりました。

「あなたは誰?っていうか、なに?」

 黒ドラちゃんが不思議そうにたずねます。すると、灰色モフモフさんではなく、ドンちゃんが弾けるように元気に話し出しました。

「あのね、あのね!黒ドラちゃん、あたしノラウサギだったの!で、この灰色さんは、食いしん坊さんて言うの!とってもゆいしょあるノラウサギで優しいの!」

 黒ドラちゃんはびっくりしてドンちゃんを見つめました。


「ドンちゃん、自分で野良ウサギっていうなんて、どうしちゃったの!?食いしん坊さんて!?」


 それを聞いてカモミラ王女が黒ドラちゃんに教えてくれました。

「あのね、黒ドラちゃん、ノラウサギというのは野良犬とか野良猫とかの野良じゃないのよ。ノーランド魔ウサギのことなの」

「ノーランドまうさぎ?」

 黒ドラちゃんは不思議そうに腕の中のドンちゃんを見つめます。ドンちゃんはお目々をキラキラさせて、お耳は得意そうにピーンッと立てています。

「そう、多分、ノーランドプチ魔ウサギじゃないかしら、ドンちゃんは。少し小さめですものね」

 カモミラ王女がドンちゃんのことを撫でながら言いました。

「うん!あたし、ノーランドプチ魔ウサギなんだって。小さくても良いんだって!」

ドンちゃんはニコニコしています。いきなり色んなことを言われて、黒ドラちゃんはびっくりしてしまいました。


 ドンちゃんがプチな魔ウサギ?

 食いしん坊の由緒ある灰色のモフモフ?

 ノラは野良じゃない?


 なんだか頭がグルグルしてきます。黒ドラちゃんは「う~~ん」とうなると、ドンちゃんを抱えたままその場に倒れてしまいました。

「あ、黒ドラちゃん、黒ドラちゃん、大丈夫!?黒ドラちゃん―――」

 ドンちゃんも、カモミラ王女もドーテさんも、灰色の食いしん坊さんも、黒ドラちゃんに一生懸命声をかけているようです。でも、だんだんみんなの声が遠くなっていきます。なんだか、疲れちゃって、眠い……。


 そのまま黒ドラちゃんはその場で「ぐーっ」と眠り始めてしまいました。

「誰か、誰かきて!」

 王女様とドーテさんは人を呼ぶために走り出しました。と、後ろでボフンッ!と音がしたので振り向くと、黒ドラちゃんが竜の姿に戻っていました。カモミラ王女もドーテさんもびっくりして声も出ません。


 そこへ、王女たちの声を聞きつけて、屋敷の人たちが集まってきました。





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