夜の帳が下がったら、

穂村ミシイ

夜の帳が下がったら、

『紳士淑女の皆様。今宵はお集まり頂きマコ〜トにッ!ありがとうございます。』


 スポットライトが1つ。

 現れた黒い奴は身振り手振り大袈裟に客に頭を下げた。


『奇々怪々なんて当たり前。怪物、エイリアン、おばけ、いろ〜んな奴が居たり?居なかったり?居てくれたら嬉しいな〜っなんて言う世の中でゴザーマス。』


 黒い奴は楽しそうに跳んでしゃがんで、人間離れした身体能力を見せつける。俺は会場の隅っこで彼を見上げる。


『噂、言い伝え、怪談、大歓迎!!今宵のチャンスを手にするのはさぁ誰ダ!喰ってもよし。殺しもよし。トジコメルもよし。』


 真っ黒な会場にはそれなりに客がいて、客の反応は様々。罵詈雑言、歓喜、悲鳴、呻き声が響き渡る。


『本日の一品は、2人の少年少女に御座います。少年はレアモノ、資産家の息子。少女はまぁ〜健康体。』


 客は黒い奴の話を聴いてそれぞれに小声で何かぶつぶつやり始めた。それにしても良い時に当たった。


 今回は大アタリだ。


『チャレンジするもしないも貴方次第!!それでは映像を心ゆくまで吟味してご覧くだサイ!!』


 スポットライトが消え代わりに垂れ幕が上がり、ブチっという音と共に映像が流れ始めた。とても画質が良いとは言えないけれど、吟味するには十分過ぎる。


 嗚呼、いいネいいねイイネ!!!





 退屈な毎日にうんざりしていた。決まった時間に起き、片道30分も掛けて登校する。しかも歩き。コンビニもゲーセンも無いド田舎じゃ見渡す限り田んぼ、山、ジジイ、ババア。どいつもこいつも同じとこしか言いやしない。


「てっちゃん、おはよう。帰りにちょいと寄ってくれねーか?収穫に人手が足りねーんだ。」


 ほら来た。限界集落一歩手前のこの村に子供は2人。俺と幼馴染みのマチコ。唯一の若い男である俺は村の労働源に駆り出されている。幾ら田舎で土地が有るからって無駄にでかい田んぼなんてやるなよ!!って言いたい。


「あー、分かったよ。」


 両親が東京で忙しく仕事をしているせいで物心ついた時には婆ちゃんと2人暮らしていた。それにこの村の人にも色々と助けて貰ったりしているから無下にも出来ない。結局、毎日畑仕事を手伝う羽目になってしまうのだ。


「あぁあぁぁあーーー!!!東京行きたい!!」


 最近の俺の口癖。田んぼばっかのこの辺りで叫ぼうが暴れようが誰も止めに入る奴はいない。からこその、あえての大声。そんな俺の後ろからクスクスと笑い声がした。


「おはよ、てっちゃん。今日も元気だね。」

「ああ、マチコか。」

「なによっ!!私じゃ不満なの?」


 幼馴染みのマチコの顔は見飽きてしまっている。言い方が悪いが、あれだ。何というか口うるさい妹みたいな感じなのだ。家も近くにあるから小さい頃からセットで育ってきた。だから女と意識した事がないし、俺はもっとボンッ!!ってぐらい胸が大きい美人が好きだ。


「進路の紙、もう出した?」

「もちろん高校は東京に行く。マチコは?」

「私は……、。」


 中学も2年の折り返しの俺たちは高校受験が控えていた。ここら辺で1番近い高校は2つ隣の町で電車とバスを乗り継いで2時間は掛かる。そんなしんどい所には通いたくない。俺は用紙を貰った次の日には東京へ行くと担任に決意表明をしたのだ。


「私は、ここから離れたくないから1番近い高校、かな。」

「へぇー、そっか。」


 何故か寂しげな様子のマチコ。高校が離れるなんて普通だろ。しょーがない事だ。そのまま特に会話をする事もなく学校へ向かった。


 いつもと何も変わらない退屈な日常。眠い授業に婆ちゃんが作った茶色の弁当。部活をやってない俺は気がつくと放課後を迎えている。運動は得意じゃないし、スポ根にも興味がない。俺は早々に来た道を帰る。


「おーい、サガのじぃちゃん。手伝いにきたぞ。」

「こっち来てくれ!!」


 朝の約束通り、稲の収穫の手伝い。服は泥だらけになるし、ずっとしゃがみっぱなしで腰が痛くなる。それでも手伝いを終わらすと、必ず小遣いをくれるから悪い事だけじゃない。


「ありゃ、日が落ちるのが早うなったな。てっちゃんもうええぞ。気に付けて帰りな。」

「ああ、分かった。」


 夜の帳が下がる。ここらは田んぼしかないから外灯もなく、夜は常闇になるのだ。


「特に今日は新月だ。絶対に寄り道するな、あと後ろは絶対。」

「ああ、分かった分かったから。」


 じいちゃんの声を遮るように返事をして手を振って背を向けた。この村のジジババは心配性が過ぎるんだよな。


「じゃあね。」


 俺は逃げるように小走りでその場を離れた。昔っから夜は危ないとか、寄り道すんなとか、俺を怖がらせる為の、訳分からん作り話を言い伝えとして何度も聞かされた。もう中2にもなってるんだから大丈夫だって何度言っても聴きやしない。正直、鬱陶しいったらないよ。


「ここから家まで一本道なのになにがあるっていうんだよ。」


 辺りはもう真っ暗だが、そのぐらい慣れっこだ。慣れ親しんだ砂利道を小石を蹴って進む。


 ジャリッ、ジャリッ。


 虫の鳴き声と俺の足音だけが響き渡る。

 いつも通り、何にも変わらない。



『さぁサァさぁーーーあ!!夜の帳が下がったよ。チャレンジする奴、手ェあ〜げて。』



 暗い夜道で小石を蹴るのは至難の技。だからこそ面白い。蹴る石にピントを合わせて前に進む。


 ジャリッ、ジャリッ、………チリーン。


 鈴の音みたいなのが聴こえたような?

 まぁ、気のせいか。



『あい、そこの隅っちょさん。あんたダヨ。』



 周りには誰もいる気配も無いし、虫の鳴き声あるいは、蹴っている小石が何かに当たったのだろう。

 俺は脚を止めない。



『いってらっしゃいガンバッテ?狭間は君の味方さね。』



 家まではあと10分ぐらいだろう。だいぶ遠くの方から家の灯りが見えてきた。



『どうだろ〜ネ。少年ド〜だろね!!』



 夏も終わり掛けで夜の匂いが少しだけ変わってきたのを嗅ぎ分けた俺は小石を蹴るのをやめ雲の多い空を見上げて歩く。月は見えないけれど悪くない。 

 微かに香る金木犀。その甘い匂いは何かを隠す様に辺りに漂う。


「そう言えば、花が無い道で金木犀の香りがしたら危ない予兆の前触れだとか何とか。婆ちゃんが言ってたな。」


 この村じゃ良くある言い伝え。と言う名の作り話だ。多すぎてそんなに覚え切れないからこの話も結局どう言うオチなのか忘れたな。


 ジャリッ、ジャリッ、グチョッ!!


 俺の足は石じゃないナニカを踏んだ。妙に柔らかくて猫の尻尾を踏んだ時の感覚に近い。嫌な予感がする……。


「いや、まさか、そんなハズ……ないよな?」


 脚を止め足先に目を凝らした。額から冷や汗が噴き出す。暗い夜道に段々と慣れてきた視界は俺の踏んだそれをしっかりと捉えた。


「ぐわぁぁぁあああーーーー!!」


 何という事だ!!最悪だ………。

 俺が踏んだのは犬の糞だった。しかも出したてホヤホヤのヤツ。制服の裾にも糞が跳ね返って着いてしまっている。


「最悪だっ!!!これだからド田舎は嫌いなんだ!!」


 ………クスクスッ。


 不意に後ろから笑い声がした。思わず振り返ったそこには誰もいない。あったのは自分の影。


「なんだよッ。俺の影か、脅かしやがって!!」


 生温い風が身体に絡みつく。煙の様に見える訳じゃないけど、そんな感じ。地面に張り付く俺の影はゆらゆら揺れて俺をバカにする。



『ああっ、アアアッ!!!』



 糞を踏んだ苛立ちは、自分の影に驚かされたことで更に熱を上げる。八つ当たる様に自分の影をダン、ダンと音を鳴らして踏みつけた。


「クソッ!クソっ!この靴気に入ってたのに!!」


 暗い常闇に、更に黒い影はその輪郭が曖昧で、大きくも見えるし小石ぐらいに小さくも見える。そんな影を踏みつけるのは這いずり回るゴキブリを素足で踏み潰そうとするぐらい気味が悪い。


 ダン、ダン、ダン。


 夜の闇が不気味に牙を剥く。あと少しの帰り道がやけに遠く感じ始めた。恐怖に呑まれないように、苛立ちを煽る形で俺は力の限り自分の影を踏みつけた。中2にもなって夜が怖いとか笑えない冗談だ。



『踏んだね?踏んダネ。ツカマエロ!!!』



 ダン、ダン、ダン、ダン………!!


 あれ?そういれば、今日は新月だったな。

 あれ?じゃあなんで俺に影が出来るんだ……?



「ツカマエタぁ〜!!!!」



 ポッチャン………。


 不思議に思って足を止めようとした瞬間、何かが落ちた。小石が水面に波紋を立てて通過したみたいに、何かが、落ちる音がした。


「チャレンジ、成功ぅーーーー!!!!」


 ………はぁっ?なに?

 あれ、なんか暗い?黒い?

 あれ、今俺の声、出てる?


「ようこそっ!!狭間へッ!!!」


 なんだ?誰の声だ?

 何にも見えない……。怖い。

 誰か、助けてっ!!!


「彼は優しいね、優しかったよかったネ。君を閉じ込めるだけにするなんて………。」



 君はこれからこっち側だよ♡





「てっちゃん、おはよ!!」

「おはよ、マチコ。」

「……っ!?」


 あれ?なんか変だったかな。

 話しかけてきたマチコが何故か目を丸くして固まった。



『あっ、見えた!!マチコの声だ!!俺はここだよ。』



 笑顔が固かったのかな?

 もう少し柔らかくしないと、修正修正っと。


「……マチコ、どうした?」

「ひぇっ!?な、なななんでもない!!」


 急に頬を赤らめるマチコに熱じゃないかと心配したが大丈夫だと押し切られてしまった。



『おい、何やってんだよ!!俺はこっちだって!!お前の後ろにいるだろ?なんで気づかないんだよ。』



 これぐらいの変化は異常に入らないか。少しずつ覚えていかないと。


「そんな事より聞いて!!」

「……?」


 マチコは急に話の話題を逸らし、食い気味で喋り掛けてくる。こんなにも興奮して喋り掛けてくるなんて一体何があったんだ?


「昨日の帰り道でね、見ちゃったの。」

「なにを?」


「昔サガのジィちゃんが何度も言ってたやつ!!言い伝えっぽいやつ!!夜の帳が下りたら自分の背後に出来た影には気を付けろってやつ!!」


 俺は昔の記憶を呼び寄せる。興奮したマチコは早口で話を進める。昔から説明が下手なマチコの話は理解するのに多少の時間が掛かる。けど、まあ言いたい事は分かった。


 俺達の住む村には言い伝えがある。

 マチコの言いたいのはコレのことだろう。


 夜は世界の形が歪んで狭間が出来やすい時間帯。灯りも無しに自分の背後に影が出来てたら、それは狭間の入り口だ。それを見たなら耳を塞いで全力で逃げろ。


 耳を持って行かれるぞ!!

 決して触れてはならない!!


 満に一つ、影に脚を取られたら……、

 魂が狭間からは出られなくなる。そうしたら狭間の住人と入れ替わる。身体を奪いに向こうの住人が乗り移りにやって来る。


 そしたらもう、逃げられナイ………。

 

「私、昨日それを見たの!!」

「ほほー。そんな作り話本当に信じてんのかよ。」

「本当に見たんだって!昨日!!」


 早く帰ってこない子供を驚かす為に誰か大人が言い始めたんだろ。村には昔から色んな言い伝えとか怖い話が残っている。ジジババが多いとそんな話をよく聞かされた。

 まぁ、そのほとんどは作り話だろうがな。


 「そんなの、ただの作り話さね………。」


 何やら必死のマチコの顔が可愛く見えた。まだそんな事を信じてたなんて、良かったな?



『はぁ……?それってただの作り話だろ?』



 またまた頬を赤く染めるマチコの頭をよしよしと撫でてやった。すると今度は何故か照れた様に恥ずかしそうに口を開いた。




「てっちゃん今日、なんか…………別人みたい。」


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