リバイバル・アーミーズ

羽生零

残酷な魔術

 風の魔術ってのは残酷なもんだ。人の体がスパスパ切れて、死体の造形はそりゃもう無残だ。けど、火の魔術で焼け爛れたり火ぶくれを起こした死体よりかはマシかもしれない。一番綺麗な死体はたぶん石化だ。氷の魔術も、凍らせたりするぶん見た目は綺麗だが、溶けると死体がぐずぐずになるから駄目だ。

 ちなみに、この戦場に綺麗な死体を作れるようなヤツなんて一人もいない。

 みるみるうちに目の前に展開していた小隊一つ、ミンチやステーキになって一塊の肉だ。

「……も、もう、もう嫌だ! もういやだああああああああああ!」

 うるせぇ。と、思ったのが他にも何人かいたらしい。俺から一人二人ぶんほど離れたとこで、散々人を爆破して一番無残な死体を作ってたヤツが俺を含めて何人かにぶん殴られる。貴重な戦力だ、殴り殺されることは無い。頭と腹と、足と肩に何発も食らえば喋る気力も無くなる。ただ、年が若いせいか、ぐずぐずと鼻をすすりながら泣き言を呟いている。

「なんで……転生したら勇者になれたり、ハーレムルートに入れたりするんじゃねーのかよ……なんでだよぉ……」

 そのうち泣き言は聞こえなくなった。誰かがその、死体にたかるハエみたいな声がうざったくなったんだろう。殴りつける音と、ぬかるんだ地面に何かが倒れる音だけが聞こえてきた。その頃にはもう俺は前を向いていたから、その若造がどうなったのかは知らない。ただ、不思議と湧いた同情心だけはそいつに向けておいた。


 若いと意味も無く夢を見るもんだ。けれど、どうせ夢だ。前世のものは、記憶だろうが空想だろうが、全部夢だ。早く夢から覚めろよ。現実には出てきやしないんだ。



   ▼



 俺たちの国は戦争をしている。俺たちはそこで兵士として働き、他国の兵をぶち殺して、そこそこ良い金をもらっている。

 単純明快な人生に慣れるまでに、何年かかっただろうか。

 昼間の若造を思い出しながらそんなことを思う。若造はとびきり若くて、俺たちの部隊で『若造』と言えばまずあいつのことを指す。若造が来てからまだ一ヶ月。大人しい性格だったんだろう、一ヶ月もよく何も言わずに従軍したもんだと思う。

 俺がこっちの世界に来たのは、いまから確か五年前だ。

 つまり五年前、俺は死んだってことだ。

 俺たちの部隊はみんな、死んで転生して、この異世界に来た。例外は一人もいない。死んで転生した者は、前世の経験値や才能がそのまま魔力の多さや強さに変換されるんだとよ。けれどこの世界の魂を使ったんじゃ、世界の理だか何だかがおかしくなる。だから別世界の魂を引っ張ってきて、そして兵士に仕立て上げるって寸法だ。

 どうやって兵士にするかだって? そんなもん決まってる――『死にたくなければやれ』だ。拒否してそのまま死んだやつもいるらしい。けれど俺みたいに、死ぬのを拒否したやつもいる。そういうヤツの大半は、死ぬと思ってなくて死んだヤツだ。事故死もあるし他殺もある。中には自殺したけれど、もう一度死ぬ勇気が無いとかいうヤツもいた。まあ色々だ。

 俺は、事故死だった。

 雨の日。高速道路で車を走らせていた。急いでて、時間が無かった。女に早く会わなきゃならない、それだけのために俺は、カーブでハンドルを取られ、スリップを起こして反対車線に飛び出し、別の車にぶつかって死んだ。

 俺が死んだ後、元の世界で俺がどういう扱いをされたかなんて知りようがない。ただ、転生した俺は、生前とは比べられないくらいの美形に転生していた。前世の、黒髪を脱色して染めた金色とは比べものにならない艶があるマジモンの金髪に、カラコンじゃ表現できないアイスブルーの目。転生者はみんな美男美女揃いだ。最初は戸惑ったが、鏡を見て感じていた違和感は、いまはもう無い。

 だからといって前世の俺を忘れるなんてことは無かった。けど、元の世界に戻りたいとも思わなかった。戦場にいたいわけじゃない。ただ、元の世界は所詮、戦争の無い世界という程度の認識で、戦場から遠ざかることができるなら、元の世界だろうがこの世界の別の場所だろうがどこでも良かった。未練は無い。強いて言えば、フった女みたいに、強烈に思い出には残ってる。


 女と言えば、この軍で唯一に近い娯楽が女だった。


 俺にとってはって話だ。けど、同じ気持ちのヤツは多い。

 俺たちは北から攻め寄せる敵国と戦っている。前線基地は町から5㎞ほど離れたところにあるんだが――その町も軍人相手に商売をするような気合いの入った狂人一歩手前みたいな連中が作った場所だった――そこから女を派遣してもらえる。死だけじゃ人間に手綱はつけられない。基地の中には、遊技場や運動場があるが、一番手っ取り早く、そして一番気持ちよくなれるのがセックスだ。男も女も人を当たり前のように人を買う。第二の人生で、明日死ぬかもしれないとなれば命の価値も薄い。孕ませたり孕んだりするのもよくある話だった。刃傷沙汰も珍しくない。それでも、慰安所が閉鎖されることは無かった。戦争で職を失ったのか、それとも元から職に就けないようなのが働いているのか、セックスが好きでやってるのかは分からないが。

 ともかく、無くならないのはこっちとしてもありがたい。部隊にいる女の方が、いや男だって慰安所の女よりかは顔が良かったが、誰も彼もが大なり小なりまともじゃない。もし何かあったら魔術が使えるせいでとんでもない殺し合いになる。そんな危ない橋を渡るのはごめんだ。

 顔はそう良いもんじゃない。けど、相応の扱いをしてやりゃ普通の女でいてくれるぶん、商売女の方が部隊の女よりも何倍もマシだった。



 その日も部屋に女を呼んでいた。背が小さく、右手には奇形があった。手首から先が潰れたように無くなっている。女はそれを気にしていなかったし、俺も気にしなかった。抱ければ良かったし、抱き心地はよかった。おしゃべりというほどではないが、町の様子を一言二言話したりする、落ち着いた小声は気に入っていた。何度か名前を指定して呼んでいたから、お互い顔見知りだった。

 もちろん、本気になるなんてことはない。

「ねえ、前世の記憶があるって本当? 前世に残してきた女って、覚えてるもの?」

 だから、あまりおしゃべりじゃないその女からそう尋ねられたときは、単純に少し面倒だなと思った。が、まあつっけんどんに突き放して黙るようなことでも無い。普通に喋った。

「記憶はあるさ。けどまあ、覚えてるだけだ」

「どんな人だったの?」

「どんなって? まあ、年は若かったよ。よく話す女で、執念深くてな。俺に何度も『奥さんと別れて』ってうるさかった」

「浮気してたんだ」

「まあな」

 あの日、俺が死んだあの日も『すぐ会いに来て! でないと私たちのことを奥さんにバラすわ』って言ってたんだったか。だから車のアクセルをあんなに踏み込んで――その結果が異世界転生とかいうファンタジーめいた結末だ。ま、結末のさらにその先は、単なる血なまぐさい殺し合いしか無かったが。

「どっちの方が好きだったの?」

「あ? 嫁とその女か。さあなぁ、いまじゃ分からないよ」

「男の人ってそうなのね。女が一番だなんて、口先だけ」

 今日はいやに突っかかってくる。とはいえあんまり批難した感じでもなく、淡々と事実だけを言われてるような雰囲気だから「そうだな」とだけ返しておいた。

「女は執念深いのかしら、みんな」

「お前は女なんだから、分かるだろう」

「分からないわ。私、あなたが一番じゃないもの。執念深かったら、あなたのこと好きになったり、嫌いになったりするでしょう?」

 苦笑する。商売女としてはそれで正しいんだ。容姿がどうあれ、きっと向いてる性分なんだろう。

「商売なんてそんなもんさ。好き嫌いじゃなくて金で全部決まるんだ。これは商売だ、だろ?」

「うん。私、あなたよりお金が大事だわ」

 素直なのは好きだった。思っていたよりこの女のことを、俺は気に入っていたのかも知れない。追加で金を払う、と言えば女は喜んで相手をしてくれた。



 そういう会話をして二、三日が経った。

 手酷くやってやったおかげか、次の戦闘が始まるまで結構な時間が空いた。基地の中は束の間の平和に少し弛んでいた。元々寄せ集めの集団で、規律はあまり厳しくない。各個人の部屋や遊技場、運動場は人で賑わっている。

 俺は遊技場に向かおうとしていた。ただその前に、起こしに来て遊技場に連れて行けと言っていたヤツがいたので、起こしに行こうとしている。朝の八時。起床時間は決められてないが、前世で働いていた時間にいつも目が覚める。元豆腐屋やパン屋はもっと早起きだし、夜勤のヤツは遅く起きてくる。

 俺みたいな時間帯に起きてくるヤツは珍しくもなく、材質が剥き出しになっているような灰色の廊下には、色んなヤツが歩いている。全員が転生者だ。こんなに転生してきたら、いつか俺のいた世界の人間はいなくなるんじゃないかと思うことがある。話したことがあるヤツはだいたいみんな、同じ場所、地球から飛ばされてるようだった。不思議なことに、どの地方――たとえばアメリカだろうが、日本だろうが、スペインだろうが、ブラジルだろうが、エジプトだろうが――から飛ばされても、この世界の言葉をみんな話せるようだった。原理は知らない。便利だとは思うが、前世のことを知っても、もう海外の知識も役に立ちゃしない。

 色んなヤツがいる。けど、元の世界とはみんな見た目が違う。みんな美男美女の異様な光景の中、一人だけ、そんなでもない見知った姿があった。右手首から先が無い。この前買った女だ。ある部屋から廊下へと出るところだった。首を傾げる。この廊下に面してる部屋は女子が多い。つまり女子寮だ。女子寮に男が入っていいのかという問題だが、男から女に転生するヤツも珍しくないので、寮の区分けもかなり便宜的だ。それで無くとも人の入れ替わりが激しい。空いた部屋に男が放り込まれることもよくある。

 とはいえ、あの右手の無い商売女が出てきた部屋には、確か女がいたはずだった。まあ、女が女を買うなんて珍しくも無いことだろう。実際見たのは初めてだったが。

 気を取り直して別の部屋に行く。遊技場に誘うのは、さっき言った元男で女に転生したヤツだった。同じ日本出身というのが効いたのか、隊の中では比較的仲が良い方だ。性別が変わっちまったせいで色々悩んでたらしいが、いまはだいたい立ち直った。ただ、いまの姿で孤立するのがどうにも嫌らしく、誰か見知ったヤツがいないと基地の中を歩き回れないらしかった。


「戦場では気楽なんだがなぁ」


 遊技場に行く道すがらでそいつが言う。艶のある黒い長髪が揺れている。女の髪型が分からないから、伸ばしたままにしているらしい。適当に切ってもどうせ美女だから、髪型なんて気にしなくてもいいだろうに。――それはそれとしても、戦場で気楽というのは確かにそうなのだろう、見てて分かる。

「戦果一番の言うことは違うな」

「戦果はともかく、殺せばいいってだけなら、人の目なんて気にしなくていいんだがね……」

 こいつは三年前にここに来た。人を殺すのはその時からすでに平気だった。まともな人間じゃなかったのかもしれない。前世のことは知らないし、どうでも良いから聞いてなかったが。ただ、戦場以外でも殺しのにおいには敏感だった。部隊内で切った張ったの騒動がある前、必ずこいつは、大なり小なり嗅ぎつけている。もしかしたら傭兵とかそういうもんだったのかもしれない。日本にはそういうのはいなさそうなので、ヤクザ者の『先生』みたいなもんだ。何故か、素性を大して話しもしないのに『先生』と呼ばれて受け入れているので、そうなのだろう。

「そういえばあんた、色々探られてるね」

「……あ? そうか?」

「気を付けろよ」

 そんな『先生』にそう言われると、少し恐い。が、いまさら死ぬのが何だと思い直す。どうせ一回死んだんだ、二回死ぬのも変わらないだろう。


 遊技場に行くと、そこにはもう先客が幾人もいた。日本出身が多いが、何人か中国人もいる。そういう時にやるのは決まって麻雀だった。


 賭け麻雀をやったところで止めるヤツは誰もいない。景気よく負けて、財布の中は空になった。賭ける分だけしか持ってきていなかったから別に良い。次は勝つからな、今日の倍額払わせて元を取ってやるとか何とか言いながら、部屋に戻った。麻雀は途中でお開きにしたが、それ以外にも昼食と夕食を挟んでボードゲームだの何だのをやって、時刻はあっという間に夜になっていた。

 部屋に戻ると、さっきまでは大勢でいたのに一人になった反動か、何となく人肌寂しくなった。電話を取って慰安所に連絡を入れる。誰でも良かったので、指定は入れなかった。すぐそちらに向かわせます、という言葉を聞いて電話を切る。

 しばらく待つとドアベルが鳴った。覗き窓から外を見ると、一人の女が外に立っていた。頭にはつば付きのキャップ帽を被っているため、顔はよく見えない。意外と早かったなと思いつつドアを開ける。中に入ってきた女は無言で頭を下げた。無愛想だと思ったが、まあいい。顎のラインがすっきりとしていて、結構な美人かもしれない。顔の美醜はさほど気にしてないが、美人を抱いて悪い気がする男はいない。

 女をベッドに誘った。先に電気を消すように言われた。どうやら顔を見られるのが嫌いらしい。それならそれでいい。顔の判別もよくつかないまま事に及んだ。



 事が終わってすぐのことだ。

「ねえ、あなたに前世の記憶はある?」

 何を当たり前のことを、と思う。この部隊の人間はみんな前世の記憶があるんだ。不審に思いながらも「あるよ」と言うと、

「そう。私にもあるのよ」

「……なんだって」

 転生者か、と問いかける前に、畳みかけるように女は言った。

「私、ずっと待ってたのよ。あなたのこと」

「……まさか。おい、冗談だろ?」

 執念深い女だ、と言った自分の言葉が思い出される。その顔までも鮮やかに脳裏に蘇った。まさか――

「あなた、いま誰の顔を思い浮かべたの?」

「いや、それは」

「私はずっと待ってたのよ――夜中にこっそり出て行った、あなたが帰ってくるのをね!」

 途端、体にかけていた白いシーツが、暗い室内にぶわっと舞い上がるのが見えた。為す術もなく俺はシーツや、枕や、スタンドライトや、デジタル時計とかの小物と一緒に、洗濯機に放り込まれた洗濯物のように室内をぐるぐると回った。耳元で風が轟々と音を立てている。風の魔術だ。俺はそれをよく知っている。それがとても残酷な死をもたらすことも。


 ――風の魔術ってのは残酷なもんだ。人の体がスパスパ切れて、死体の造形はそりゃもう無残だ――。

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