【短編】王位継承戦争

NAOKI

王位継承戦争


 後の世に「泰平たいへい王」と呼ばれるリチャード国王は、争いを好まず、芸術を愛し、そして凡庸ぼんようであった。

 本来は、先王の子息の内、長兄にして王位継承権が1位であったヘンリー王子が国王の座につく予定であったが、半世紀ほど前に繰り広げられた魔王討伐戦争において、ヘンリー王子が戦死したことにより、繰り上げの形で弟のリチャード王子が玉座ぎょくざに着いた。


 国民も当初は新王に対して懐疑的であったが、折良おりよくリチャード王の治世は押しなべて平穏であり、民衆から大きな不満も出ることなく、今日こんにちまで平和な時代が続いていた。


 悪いことは重なるものである。

 今年に入り、リチャード王が体調を崩し寝込んでしまったため、高齢ということもあり、いよいよか、という噂が宮廷を駆け巡る。そんな時に、国境を接する魔人の国が王国に攻め込む準備をしているという報がもたらされた。



 急ぎ、リチャード王は寝所に諸王子を集め勅命を下した。


「アルバート、ブライアン、そして、チャールズ。各々おのおのに軍を率いて魔人の国に赴き、魔王を討伐することを命ずる。攻め込まれる前に先手を打つのだ。見事、魔王を討ち果たしたものが次の王となろう」



 リチャード王にしては先制攻撃とは珍しい。

 普通であれば徹底した専守防衛を選ぶはず。


 しかし、言葉の通り事情は別にある。

 死期を悟った王が、魔王討伐戦争をもって次代の王を選定することにしたようだ。

 言うなれば、今回の討伐は王位継承戦争なのである。



 ***



「これって辞退できないのかなあ」


 チャールズ王子は側付そばつきのエリオットに愚痴ぐちる。


「チャールズ殿下、そのような戯言ざれごとはお止め下さい。国王陛下が下された勅命でございます」


「分かってるけどさあ・・・」


「それに、失礼を承知で申し上げますが、殿下にとっては、またと無い好機でもございます」


「好機って言われても・・・。だって、俺は国王になんて成りたくないし」


「殿下はまだ若干15歳。王位というものに現実味がないのは分かります。ただ、15歳ともなれば既に成人です。ここは御覚悟を決めて、立派に初陣をお飾り下さい」


「・・・戦争とか面倒くさいし。こんな事しなくても、皆、アルバート兄さんが次の国王ってことで、文句なんか言わないでしょう」


「年功からすればそうでしょう。ただ、王位となれば国の大事です。最も相応ふさわしいと思われる人物を国王にいただくのが、国にとっても最良でございます。それを魔王討伐でお決めになるというのが陛下のお望みでございます」


 エリオットとしては、そう進言せねばならない。

 普通に見れば長兄であるアルバート殿下が王位を継承するのが最善の策であるというのは分かる。

 明朗快活で武勇に優れ、周りを顧みずに猛進する悪癖あくへきはあるが、民衆の人気も高い。


 片やチャールズ殿下は、父王の血を最も色濃く受け継いでしまったのか、性格はおっとりとしており、とかく面倒ごとを嫌う。剣術の稽古や狩猟、野駆けなど嫌々で、もっぱら室内で本を読んだり音楽を聴いたりしている。


 現国王の例があるので、周りもチャールズ殿下が国王として向いていないとまでは言わないが、二代続くといささかという雰囲気である。


 民衆にしても、得てして英雄を好むものであるから、アルバート殿下が討伐で手柄を立てて、王位に着くのが最も無難だろう。


 しかし。

 宮廷に努める侍従の間では、アルバート殿下の傍若無人な振る舞いは目に余るという風聞も聞こえている。アルバート殿下の側付きが、無理難題を押し付けられて右往左往しているところも度々たびたび見かける。


 ならば次兄のブライアン殿下であれば、という話も出そうなものだが、これが全く無い。卑屈で愚鈍ぐどんと言われるブライアン殿下を王位にと、推挙する者など誰もいない。


 エリオットとしては、この宮廷の、いわんやこの国の安寧あんねいを期待するに、チャールズ殿下に王位に着いていただくことが最良なのだ。



「だってさあ、戦争なんて、最悪、死ぬかもしれないんだよ。嫌だよ、そんなの・・・」


 平時では目をつぶれるが、ここに至っては、この優柔不断な性格も癇に障る。

 イライラしながらも、最大限の忍耐力を発揮して、エリオットはひざまずく。


 チャールズ殿下、何卒、ご決断を。



 ***



 アルバート王子の元に、各地の戦況が続々と報告されてくる。


「アルバート殿下。東方軍のブランアン殿下が、魔王配下のアザゼル軍に強襲され敗走していると」


「なんと、アザゼルごときに敗走とは・・・」


「援軍はどうされますか」


「不要だ。こちらも手一杯だ。一兵たりとも割くことなど出来ない。王家の名誉にかけて、自陣で最後まで戦い抜けと言っておけ」


「御意」


 伝令は下命を拝し、足早に立ち去っていく。


 ブライアンの無能めが。日頃から何かと自分の待遇に不満を言ったり、国民からの人気があると、この私に嫉妬しているようだが、ならば自身で手柄を立ててみろ。何も出来ずに文句ばかり言っているから愚か者と言われるのだ。


 東方の劣勢を聞いて気になったのか、アルバートは従者に訊ねる。


「チャールズの方は戦況はどうなっている」


「はい。西の平原でマモン軍と対峙したまま、既に3日、双方、動きがないとのことです」


「うむ。チャールズのことだ、戦略なのか怠慢なのか分からんが、まあ良かろう」


 どいつもこいつも役に立たないと苦々しく思う。

 アルバートは出陣してから、既に魔王軍の城を3つ落とし、2度の会戦でも勝利している。勝利どころか、勢いに勝るアルバート軍は、徹底した敗残兵狩りを行い全滅させている。

 王国にあだなす者は絶対に許さないという宣言でもある。


 馬のいななきが聞こえたと思うと、別の伝令が陣幕を上げて、飛び込んでくる。


「アルバート殿下。ベルゼブブの軍が、進行方向正面の街に軍を集結させているとの連絡がありました」


「距離はどのくらいだ」


「歩兵で一昼夜といったところです」


「近いな・・・。直ぐに出陣だ。魔王軍の集結が完了する前に攻め込む。騎馬軍は大回りをして街の背後から強襲せよ。深追いはしなくとも良い、時間を稼げ。その間に、歩兵は正面から進軍。到着次第、長弓兵を左右に展開して包囲し攻撃する」


「御意。すぐに進軍の準備にかかります」


「急げ。準備が出来たものから出立してよい。敵はベルゼブブの軍だ、強い。決して功を焦って先攻することがないよう言い伝えよ」



 翌日の早朝には全軍が揃った。

 騎馬軍は、集結に遅れた一部の魔王軍を夜を徹して掃討した。アルバートの判断は適格で、相当の軍を減らしたはずだ。


「アルバート殿下。街には住民がおりますが如何いかがされますか」


「多少の犠牲はやむを得まい。住民とて魔人だ、気にしていては始まらん」


 アルバートは幕舎を出ると、馬に跨り、全軍の中心へと進む。左右へと馬を走らせ、出来る限り多くの兵に自分の姿を見せる。正面に戻り、隊からやや距離を開け、全軍を見渡すと、大声でときの声を発する。


 敵は魔王最強の軍。この戦いに勝てば我々の勝利は間違いない。

 王国の誇りにかけて、死を恐れずに敵に立ち向かえ。


 全軍、出陣! 魔人どもを一人残らず殲滅せよ!!



 ***



 アルバートとチャールズは魔王のにいる。


 ベルゼブブの軍が敗れると、魔王軍は全軍退却を始めた。西方でチャールズと対峙していたマモン軍も一戦も交えることなく退却した。


 チャールズは戦わずして勝利を得たことに大満足していたが、エリオットはひどく落胆していた。


 負けてはいないとは言え、戦功の殆どはアルバート殿下のものである。とすれば次の王位はアルバート殿下に決定したも同然だった。


 こうなるとエリオットに残された選択肢は2つしかない。

 引き続き宮廷に仕えながらアルバート殿下の横暴に振り回されるか、地方の領主にでもなるだろうチャールズ殿下に随伴して自分も都落ちするか。

 エリオットは、元々貧乏貴族の五男にして、実家に帰るわけにもいかず、分け与えられる領地も無い。



 広間の両脇には魔王軍幹部が整列しており、正面の玉座には魔王が座っている。

 もはや生きているのも不思議と思われるほどに痩せこけた魔王が口を開く。


「アルバート、見事な戦いぶりであった。特にベルゼブブ軍との戦いでは、住民の犠牲などに躊躇ちゅうちょすることなく街ごと殲滅せんめつするなど、他の者には容易には真似できまい。誠に王に相応ふさわしい。もはや抵抗はせぬ、予を討ち果たすが良い」



 何を戯言たわごとをとアルバートは前に進み出る。大剣を抜くと両手で柄を握り、腰の位置に構えて剣先を一気に突き出す。剣は真っ直ぐに魔王の体を貫き、全身に鮮血を浴びる。魔王の口から黒い霧状の塊が立ち上ると、中空で反転していアルバートの口からその体内へと侵入する。アルバートは毒でも飲んだかのように両手で喉を抑えて悶え苦しんでいる。


 やがて、肌は青紫色に変わり、気付くと頭部に2本の短角が生えていた。


 これにて儀式は終わった、と魔王は最後の声を絞るように呟く。


 「我が名はヘンリー。我が甥のアルバートよ、予の後を継ぎ次の魔王となるのだ」


 そう言うと魔王は絶命した。

 周囲の魔王軍幹部が一斉にひざまづく。

 新王様、ご即位おめでとうございます!


 王国軍の者は、皆な呆気にとられている。


 確かにリチャード陛下は言っていた。

 見事、魔王を討ち果たしたものが、と。


 アルバート殿下がならば、次のはチャールズ殿下ということか・・・。


 誰でもない、最後に勝ったのは私だ、とエリオットは心の中で歓喜した。

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