第2話
メモリアル田貫での仕事は一日一回だけの葬儀だ。
狭くて小さな葬儀場なので家族葬が主だ。
それでちゃんと経営できているかは謎だが、葬儀が始まると岬はすぐにかり出されて、スタッフ全員から仕事の流れを教えてもらうだけでなく、合間合間の休憩に田貫に呼ばれて一休みすることも出来ない。
はぁっとため息をついてスタッフ用の椅子に座り、お茶を飲もうとしたら、
「岬くん、まんじゅう買ってきてくれないかな。お茶するときに食べるのだ」
と田貫にお願いされてお茶を飲む暇もなく買い物に行かされる。
茶請けを買ってきた後、
「岬くん、肩がこったのだ。肩を揉んでくれないかな」
「はいっ」
と、仕事に直接関係ないことを頼まれて、田貫の肉厚な背中をもみほぐして、親指が痛くなってくる。そんなこんなで体二つあっても足りない日々だ。
それだけならまだしも。
「岬ちゃん、お供えものの般若湯、ちょーっとだけもらえんじゃろか」
といって、専属導師の三井寺の賴豪が田貫と並んでソファに座り、催促した。
賴豪は初老の坊主頭に短い白髪が生える、出っ歯で赤ら顔の和尚だ。
葬儀の時のきらびやかな衣装と打って変わって、着ている僧衣はほころび色あせていかにも古着といった感じだ。
「賴豪さん、少しは身綺麗にしましょうよ」
と岬が言ってみたら、賴豪がニヤニヤ笑い、
「衣装は田貫がレンタルしてくれるから、ワシはこれでいい。見てくれを気にするよりも要は中身じゃろ」
といいつつ、お供えからちょろまかした日本酒をマグカップでぐいぐい飲み干した。
言っていることは間違ってないかもしれないけど、どうも素行がよろしくない。
「お酒ばかり飲んでると体に悪いですよ。それに、お坊さんって昼間から酔っ払ってていいんですか」
責めるような口調で賴豪に注意してみたけれど、
「岬ちゃん、これはな、酒ではない。仏様がくださった般若湯という長寿の薬なんじゃよ」
と反論してくる。
岬は手を腰に当てて、口うるさく説教する。
「でまかせです! これじゃあ、まるで生臭坊主です」
田貫は田貫で、買ってきた茶請けを口いっぱいに頬張って援護射撃をしてくるのだが、どっちの味方かさっぱりわからない。
「岬くん、本当のことを言ったらいけないのだ。傷つくかもしれないのだ」
賴豪がいかにも傷ついているといったそぶりで、一升瓶を抱え込む。
「おおお、こんなにも熱心に仏に仕えるワシを生臭坊主とな」
田貫はともかく、賴豪に拗ねられて、岬は「むぅ」と黙りこくった。
「二人のことはほっといたらいいのよ」
忙しそうに裏方から香典返しを受付に運びながら、二美が岬に言った。
「はぁ」
「ほらほら、あなたも手伝って!」
岬は慌てて二美の後を追った。
葬儀まであと二時間あるが、やることは死ぬほどあるし、司会役の三三夫はさっきからマイクのテストを繰り返している。
四介は花屋から運ばれてきた花を花壇に飾り付けているし、五郎も遺影の加工で大変そうだ。
今日の葬儀は通夜をご家族の家で行い、葬儀だけメモリアル田貫でおこなう予定で、午前十一時に始まり午後の十三時まで、その後火葬場へ三三太と五郎が付き添って十六時には終わる予定だ。
岬が香典返しを準備している所へ、正面入り口が不意に開いた。自動ドアではないので、通りすがりの人に反応して開いたわけではなさそうだ。
葬儀に参列する方々でもなければ、ご親族でもない。
「はぁい、田貫さんはいらっしゃるぅ?」
軽い巻き舌で挨拶してきたのは、歩いて三十秒とかからない場所に、セントチャペル吉津根という結婚式場を営む、吉津根社長だ。
「いらっしゃいませ、吉津根さん」
いつもの来訪に事務的な声音で岬は挨拶した。
「あぁら、冷たいですねぇ、岬さん」
「冷たくなんかないですよ」
棒読み状態で岬が答える。
吉津根はこじゃれた白いスーツに、紫色のネクタイを締めて、手には木目調の黒いステッキを持っている。鼻筋が長く、すっと伸びていて、見ようによっては美中年だ。
いつも遊びに来るのはいいのだが、忙しいときに限って現れて田貫に嫌味を言って帰って行くのだ。
狐は勝手知ったる他人の家よろしく、事務所のドアを開けて入っていった。
またけんかが始まっては敵わないと、慌てて岬は吉津根を追った。
「はぁい、田貫さぁん」
まんじゅうを食べていた田貫が、その声を聞いた途端、いつになく険しい顔つきをした。
「なんの用できたのだ」
「今日は夜見さんはいらっしゃるぅ?」
「御斎の準備をしてるわよ」
二美が余計なことを言って、田貫に睨まれた。
「それにしても、この事務所、どぉにかなんないのぉ?」
「どういう意味なのだ」
「辛気くさいって言うかぁ、暗くて地味って言うかぁ、なんなんでしょ? 華がない感じぃ」
「葬儀社なのだから華よりも誠実さなのだ。吉津根さんの式場は浮ついていて、誠実さが足りないのだ」
吉津根が鼻を膨らませて反論する。
「失礼ねぇ! 結婚式は人生に一度きりっ! 幸せな二人を彩る最高の人生の一場面よぉ! いくらでも華があってもいいのっ!」
「それを言うなら、葬儀も人生に一度きりなのだ! そのときは幸せでも、結婚は上手くいかなかったら離婚して何度も結婚式をするのだから、別に最高の人生の一場面でもなんでもないのだ!」
ギリギリと歯ぎしりしながら、田貫が立ち上がって吉津根とにらみ合った。
「お二人とも落ち着いてください〜」
案の定、ケンカになってしまったと、岬は慌てて間に入った。
「放っておけばいいのじゃ。お互い好きでケンカをする仲なんじゃから」
賴豪が無責任なことを言って、クイッとマグカップの酒を飲み干した。
「忙しいときに限ってやってきて、ケンカするだけならまだしも……それだけじゃないんですから」
毎度のごとく吉津根がやってきてケンカをするのは日常の一部になっているが、問題はそれだけじゃなかった。
「岬さんもうちに来たら良いのよぉ。ウェディングドレスって女性の憧れじゃないのぉ。ラブとドリームを新郎新婦にプレゼントするお仕事なのよぉ。きっと、お若い岬さんにぴったりの仕事場だわぁ」
毎回こうやってスカウトしてくるけど、本心から言っているのか謎だ。
「いえ、私はここに勤めてますから……」
スタッフルームの扉が不意に開き、夜見が入ってきて、いつものポーカーフェイスで田貫と吉津根のやりとりを見て言った。
「御斎の準備ができました」
冷ややかな視線が吉津根に注がれている。
それなのに吉津根の表情は恍惚としていて気持ち悪い。
「夜見さぁん、いつ見ても華のあるお姿っ! 辛気くさい黒い衣装を白い服に着直したら、結婚式場にぴったり! イケメンシェフとして雑誌の表紙を飾るにふさわしいわっ!」
過剰なほどハイテンションで吉津根が叫んだ。それを受けて冷たい凍えるような瞳で、夜見が吉津根に目をやる。
「着直しませんから」
そんな冷たい夜見の態度にまるで気付かない吉津根は、相当な鈍チンだ。
「是非是非ぃ、うちの結婚式場に来ませんかぁ? こんな辛気くさい葬儀社に収まるような器の持ち主じゃないでしょぉ! ユーこそ、人生の門出を祝う立役者にふさわしい人はいませんよぉ!」
吉津根の言葉を無視して、夜見が岬を促す。
「岬さん、手伝ってください」
「はい」
くねくねと悶えながら夜見を勧誘している吉津根を見事に無視して、夜見が岬を手招いた。
「つれないわぁ、夜見さん。せっかくこの吉津根が、夜見さんにふさわしい場所を提供しているというのにぃ!」
傲慢な台詞を口にして、夜見の冷たい視線にも恍惚としている。
「御斎を振る舞うのは私の天職です。あの世に渡る故人に道を示すことが私の仕事ですから」
毎回同じ事を言って、吉津根の申し出を断るのだが、一度だって吉津根には通じたことはない。
「そう言って、謙遜しますけどぉ、本当はうちで働きたいって思っていらっしゃるんでしょぉ?」
しつこい吉津根を無視して、もう一度夜見が岬に声を掛ける。
「さ、岬さん、行きますよ」
「はい……」
岬は背後から聞こえてくる、三人の会話が気になって足を止めた。
結局、吉津根は夜見に無視されて撃沈したようだ。
「つれない人ねぇ。でも、その頑なな心をこのアタクシがいつか溶かしてみせるわよぉ」
ソファに座っている田貫と賴豪が冷たい目で、なよなよと腰をくねらせている吉津根を見つめた。
「元々頑ななわけじゃないから、おまえさんの戯れ言で溶けるわけがないじゃろ」
「そうなのだ。夜見さんの意思を尊重するのだ」
そんな二人に吉津根が悔しそうに下唇を噛んだ。
「いつか、絶対振り向かせてみせますぅ!」
地団駄を踏む吉津根を見ていると、ドア越しに夜見が静かな声で岬を呼んだ。
「行きますよ」
岬は慌ててドアから出て夜見について行った。
「夜見さん、少しは結婚式のお料理を作ったみたいとかないんですか?」
単なる好奇心から、調理室に入った後、岬は夜見に質問した。
「御斎を振る舞うのは私の天職ですから、人生の門出を祝うことに興味はありません。そう言う岬さんは結婚式場に行きたいのではないのですか?」
岬は自分の横でくねくねしながら、式場の飾り付けをしているスタッフや料理を作っているシェフに余計な指図をしているところを想像してみた。
自分のことでもないのに、なんとなくイラッとしてくる。
「私も遠慮します。この仕事、まだ天職かわからないけど、すごくやりがいがありますから」
夜見が静かに岬に言った。
「私はあなたはがこの仕事を続けることに反対です。あなたはこの仕事には向いてない。私と反対に天職ではないです」
「そんなことまだわからないじゃありませんか」
夜見はそうやっていつも岬が葬儀社に勤めることに反対する。
岬も思わずイラッときて反論してしまう。
「ほら、盛り付ける手が止まってますよ」
岬はふんっと鼻を鳴らすと、夜見がお手本に盛り付けをした料理を見ながら、黙々と準備を続けた。
料理の盛り付けが終わり、一休みしようと事務所に入ると、すでに吉津根は帰った後だった。
賴豪が未練たらしく一升瓶の中に少し残った酒をマグカップに注いでいる。
「吉津根なら結婚式の打ち合わせがあるからと帰ったのだ」
「もう二度と来るなと言っても勝手にまた来るじゃろうなぁ」
田貫がまんじゅうを頬張りながら頷く。
「そうなのだ。いつもいつもこうして営業妨害をして帰って行くのだ。とんでもなく迷惑なのだな」
田貫は怒りの余韻がまだ残っているらしく不機嫌そうにのたまった。
「おお、岬ちゃん。般若湯を持って来てくれんじゃろうか」
顔を赤くして御機嫌の賴豪に、岬はさっきまでの苛立ちもあって冷たく答える。
「賴豪和尚、飲み過ぎじゃないですか?」
賴豪はそんな岬の態度も気にせずに催促を続ける。
「般若湯はありがたい神水なのじゃから、飲み過ぎと言うことは全くないのじゃ」
岬はため息をつきながら、スタッフルームの隅に置いてある一升瓶を手に取って、事務所に戻った。
ひと月もここで働いていると、何がどこにあって誰がどんなことが好きなのかわかってくる。
田貫は近くにある和菓子屋のまんじゅうが大好きで、賴豪は日本酒の一升瓶を何本も飲み干す酒豪でもある。
いっそのこと、賴豪じゃなくて酒豪に名前を変えたらいいのに、と岬は思った。
それに賴豪の普段着と言えば古ぼけた僧衣で、豪華絢爛な僧衣を、いつも田貫から借りている。賴豪曰く、質素堅実な生活がよろしいのだそうだ。金があったら酒に化けるだけじゃないかと岬は睨んでいる。
「もうこれくらいにしてくださいね。体に悪いですよ」
岬が心配になって賴豪に忠告した。
「心配してくれてありがたい。じゃがな、神水は……」
と言いかけたとき、受付のほうから大きな声が響いた。
「田貫! 田貫! 大変なのよぉ! 早く来てぇ!」
どう聞いても吉津根が田貫を呼ばわっているではないか。
「何事なのだ?」
受付で叫ばれると本日の葬式に支障を来す。慌てて田貫と岬が受付へ飛び出した。
「なんですか」
「なんなのだ?」
吉津根が、白いタキシードを着た男性と白いウェディング姿の女性と一緒に、うろたえていた。
見ると、床にタンカが置かれて、そこに初老の男性が青ざめた面持ちで寝かされている。
「どうしたんですか?」
慌てた岬はタンカの男性と受付前でオロオロしている男女に目をやった。というか、なぜここに連れてきたのかがわからない。
「息をしてないのよぉ! 田貫ならどうにかできるんじゃないのぉ?」
「なんでなのだ!」
「だから、葬儀社でしょぉ、死体の扱いには慣れているはずよぉ!」
吉津根の訳がわからない言葉を制して岬が叫んだ。
「その前に救急車!」
「葬儀社でならともかく、結婚式場に救急車が来たら外聞が悪いでしょぉ。葬式屋の田貫がどうにかしなさいよぉ」
吉津根の動転ぶりを目の当たりにして。岬も混乱してきた。
「葬式なら田貫でしょぉ? ユーがなんとかしてよぉお」
「確かに亡くなった方を扱うのは慣れてるのだ、けど、死んだ直後の人間をみるなんて出来ないのだ。医者に診せるのだ!」
「でもでもぉ」
吉津根が何でごねているのか不明だが、岬はそのやりとりを見つつ、だんだんと意識がぼんやりとしてきた。すごく眠たい……。立っていることすら出来そうになく、膝がかっくんと折れた。
「岬くん!」
田貫と賴豪の声が遠くから聞こえてくる。
「娘はおまえなんぞに渡さんぞ!」
すぐ近くから男の声がした。岬は眠気と戦いながら、その声が自分から発せられていることに気付いた。
まるで何者かに取り憑かれたように、体が勝手に動く。
「どこの馬の骨かわからんヤツを婿に迎えるわけにはいかん! ましてや我が家の宝物をくれてやるわけにはいかんぞ!」
「お父さん……?」
ウェディング姿の女性がタンカの上の父親と、岬にオロオロと視線を向けている。
「どういうことなの? なんで、お父さんの声がこの子から聞こえてくるの?」
この場にいる全員が混乱しているようだ。
「お義父さん、死んだんじゃなかったんですか?」
花婿がうろたえている。
「俺は生きとるぞ! 勝手に殺すな、この馬の骨!」
岬は自分の体が勝手に動くのがわかった。花婿につかみかかる自分がいる。でも自分じゃないという乖離感がある。
花婿の胸ぐらに掴みかかり、怒鳴り散らしている。
「お父さん、やめて!」
花嫁は花婿から離れさせようと岬の体にしがみつく。
受付前は大パニックだ。
騒ぎを聞きつけた三三太や二美もやってきて、暴れる岬を押さえつけた。
「放せぇ、放さんか!」
「とりあえず事務所に連れていくのだ!」
田貫の言葉に従って、吉津根と田貫がタンカを担ぎ、賴豪が岬を取り押さえて、その場にいるもの全員が事務所に入っていった。
「ともかく参列者のみなさんに見つからなくて良かったのだ」
と田貫が床にタンカをおろして呟いた。二美が田貫に、
「葬儀は四介と五郎に任せてるから大丈夫よ」
と耳打ちしている。
「それなら良かったのだ。でも、問題はこれなのだ」
と、タンカの上に寝かされている男性に目をやった。
タンカの上に横たわる新婦の父親は、微動だにすることなく目をつむっている。
けれど、今は父親のことを構っている場合じゃなかった。
目の前には大暴れして賴豪に押さえつけられている岬が大問題だった。
岬はようやく自分に死んだはずの父親の魂が乗り移っているのかしれないと悟った。問題なのは、父親が死んだことを認めていないことだった。
多分、目の前にいる花婿しか目に入ってないのだろう。ギャーギャーと騒ぐ割に娘のことなど眼中にない様子だ。
「これはなかなか簡単には成仏しそうにないのう」
岬を押さえつけている賴豪が困り果てた声音で呟いた。
「賴豪和尚、念仏を唱えたらどうなのだ? 何か変わるかもしれないのだ」
「うむ」
賴豪が頷いて、まずは般若心経を唱えた。酒を飲んでいても、さすがは坊主だ。つっかえることもなく念仏を唱えている。
「なにをごにょごにょ言っているんだ? うるさいぞ!」
岬の中の父親が大声を上げた。
賴豪は知っている限りのいろんな宗派の念仏を唱え続けたが、まるきり効果がない。
「そんなに俺が死んだと思いたいのか! 馬の骨ともしらん若造に娘をやるくらいなら怨霊になっておまえに取り憑いてやる!」
「お、お義父さん……」
花婿が絶句した。
「おまえにお義父さんなどと呼ばれたくもない!」
なすすべもなく体を乗っ取られた岬は、一生、この魂に体をとられるのかとヒヤヒヤする。誰か助けてと祈ったとき、スタッフルームのドアが開いた。
「騒がしい。何事ですか」
眉根を寄せた夜見がドアから顔を覗かせた。
「夜見くん!」
なぜか夜見が来たからには丸く収まると、みんな喜んだ。
「岬くんの中の魂を引っこ抜くのだ」
「父親には素直に成仏してもらわにゃならんじゃろう」
「夜見さぁん、お願いしますぅ」
田貫と賴豪、吉津根が懇願するのを見て、夜見はクールな面持ちで言い放った。
「ちゃんと役所の手続きを済ませて葬儀をおこなったらいいではないですか」
「俺は死んでないぞ!」
岬の口が勝手に叫ぶ。夜見さん助けて! と、自分の体の内側で岬は祈った。
「では、御斎でもごちそうしますか?」
案外すんなりと夜見が提案した。
「御斎、だと?」
いきなりの提案に父親が聞き返した。なぜ、死んでないぞと主張する自分に御斎を食べさせるのだろうというふうに戸惑っている。それが岬には嫌というほど伝わってきた。体だけでなく感情もシェアしているようだ。
けれど、その戸惑いもすぐにかき消えた。
「御斎がなんだか知っているぞ。御斎に肉は使えないだろう? 俺が好きなのは、ロールキャベツだぞ? 御斎でロールキャベツが作れるか? それとハンバーグも唐揚げも好きだぞ?」
それを聞いた花嫁が涙目になる。
「全部私の得意料理じゃない」
「母さんが死んで以来、おまえに母さんの代わりをさせてしまって本当にすまないと思っている。こんなすごい娘はいないぞ? 俺を励まして、自分の哀しみを隠して、一生懸命に家族のために自分を犠牲にしてきたんだ。娘が一番幸せにならないと気が済まない。それをおまえみたいな馬の骨に騙されて、嫁ごうとしている。俺はもっとすごい金持ちで娘に苦労なんぞ一切させない男を選んでるんだ!」
ていうか、それこそ父親の偏見で、押しつけがましくて、娘が本当に幸せになるかなど度外視している。岬は操られながら思った。
「お父さんがそうだから、彼のこと秘密にしてたのよ!」
とうとう花嫁が言い返した。
「なんだって!」
岬の中の父親が驚愕した。
「俺はおまえによかれと思って……」
「良いも悪いも、お父さん、私はこの人を愛してるの! お父さんが勧めてくる人なんてみんなお父さんにおべっか使ってる人ばっかり! 二人きりの結婚式をするつもりで打ち合わせを吉津根さんとすることになっていたのに、お父さんてば押しかけてきて文句を一方的に言って! 私の意思なんかまるっきり無視してるじゃない!」
親子げんかが始まってしまった。
見かねた田貫が声を掛ける。
「まぁまぁまぁ、今はお互い置いておいて。病院に電話して、お父さんの看病をするのだ」
「でも心臓が止まってるのよぉ!」
吉津根が取り乱して叫んだ。
「まずは病院なのだ! ご遺体をいきなり持ち込まれて大迷惑なのだ!」
「俺は死んでない!」
あっという間に事務所は阿鼻叫喚と化した。
スタッフ用の椅子に座り、静かにそれを見ていた夜見が、落ち着き払った態度で口を開いた。
「とにかく、みなさんおなかが空いたのではないですか?」
気付けばお昼はとっくの昔に過ぎている。
「そうじゃな、ここは落ち着いて飯でも食うに限る」
「そうなのだな……親子げんかもいい加減にして、ここは一休みとするのだ」
「では、しばらくお待ちください」
といって、夜見がスタッフ専用のドアから出て行った。
父親に体を乗っ取られた岬は、自分が手伝わなくても大丈夫なのだろうかという思いと、こんな急なことに対応できるのだろうかという好奇心に心を揺さぶられた。
「御斎で肉が出せるわけがない。どうせ、湯葉だのがんもどきでごまかすに決まっている」
腕を組んで偉そうに父親が言った。
確かに野菜しか使えない料理で、肉らしいもの、肉と間違えそうになるものが作れるかわからない。それでも、夜見ならなんとか出来るんじゃないか、と岬は体の奥底に閉じ込められつつも感じた。
「本当に野菜だけで肉が出来るか、見張ってないとな!」
父親がそう言って夜見を追いかけて廊下に出た。
田貫と吉津根、賴豪も心配して付いてくる。調理室が押しかけてきた四人でいっぱいになった。
夜見は彼らの目にも動じず、冷蔵庫から、袋を取り出した。それを水で戻し、すりおろした山芋と米粉、みじん切りにしたタマネギを混ぜる。ハーブのスパイス、塩こしょうをかけ、こね始めた。
豚牛ミンチはもちろん、卵も牛乳すら使わない。
フライパンに米油をひき、ハンバーグのタネを揚げ焼きにしていく。
同時に下ごしらえしたキャベツをゆでて、残ったタネを包む。深い鍋にそれらを並べて、干し椎茸で取った出汁、ドライトマトとトマトピューレ、ハーブを混ぜて煮込んでいく。
焼き上がったハンバーグの油を切り和皿に盛りつけ、油分を拭き取ったフライパンでソースを作り、仕上げにハンバーグにかけた。
その傍らで、何やら茶色の塊を水で戻しつつ味付けをした、一口大の塊をじゅわっと油で揚げていく。
さっきから調理室全体に、口から涎が自然と出てくるくらいおいしそうな香りが充満している。田貫の胃袋がギュルルと大きく鳴った。
紺色の絵付けをした和皿に、彩り豊かなパプリカのマリネとレタスにあつあつのハンバーグ。深皿にはロールキャベツがトマトソースとともに盛り付けられて、湯気が立っている。揚げたての茶色い塊はどこをどう見ても鶏の唐揚げにしか見えない。
いつもとは一風変わった御斎に、そこにいる一同が目を見張って涎を垂らした。いい匂いにつられたのか、花嫁と花婿、三三太に二美も廊下から顔を覗かせている。
「いい匂いだわぁ。一口お相伴にあずかろうかしらぁ?」
吉津根が図々しく手を出したところを、田貫がぴしゃりとその手を叩いた。
「これはお父さんが食べる特別あつらえの御斎なのだ! おまえの食べるものではないのだ!」
「なによぉ、叩かなくてもいいじゃない!」
吉津根が叩かれた手をさすりながら文句を言った。
「さぁ、これがあなたに手向ける御斎です」
席を勧められた岬は素直にそこに座り、箸を持った。見ただけではこれが肉を使っていない料理には見えない。匂いも見た目も普通のハンバーグにロールキャベツ、唐揚げだ。
疑り深そうに、岬の体の中にいる魂がハンバーグを箸で切り分けて口に運んだ。
じゅわっと肉汁のような旨みとコクが広がり、デミグラスソースと混ざり合って、思わずご飯が欲しくなる。歯ごたえも味も申し分なく挽肉の食感だ。
ロールキャベツのキャベツもとろりと柔らかく煮え、箸だけで二つに割くことが出来る。割いた断面から、肉汁のような出汁がしみ出してきて、ホワンと湯気が立った。
「嘘だ! この目で肉が使われてないのを見たぞ?」
父親が驚きに目を見開いて声を上げた。驚きつつも、箸を止めず、ロールキャベツを口に頬張る。
「なんなんだ? 湯葉でもないし高野豆腐でもない」
そう言いつつも箸が止まらないらしく、とうとう唐揚げにも手を伸ばした。歯ごたえも何もかもが、肉としかいいようがない。和風出汁の利いた唐揚げに、父親は心の底からうなった。
「美味い!」
そう言って次から次へと御斎を口に頬張っていった。
「夜見さん、本当に肉を一切使ってないのかな?」
田貫が不思議そうに夜見に訊ねた。
「使っていません。今は便利なもので、大豆から作った疑似ミートがあるのです。それを味噌や出汁で戻して肉の代わりに使うのです」
「へぇ、疑似ミートか。そりゃ、ワシも後で食わせてもらおうか」
「いいですよ。別に作っておきましょう」
そんなふうに話している三人の傍らで、岬ならぬ父親がもぐもぐと食べ続けている。
皿に盛り付けた御斎が一つ残らず、父親に取り憑かれた岬の胃袋に収まった。
「さぁ……成仏するのじゃ」
賴豪がぼそりと呟いた。みんな固唾を呑んで岬を見つめている。
岬の中の父親が、そんなみんなの視線に気付いて振り向いた。
「成仏? 俺は死んでないぞ」
といった途端、ポンッと音を立てるように、岬の頭のてっぺんから白い光の球が飛び出してシュッと横にスライドして消えた。続いて金色に光る小鳥も岬の体から飛び出した。小鳥のほうは天井を抜けて上へと飛び去っていった。
「今の光は……?」
花嫁が呟いたとき、事務所のほうから、男が叫ぶ声が聞こえた。
「なんだ! ここは?」
「お父さん?」
驚いた花嫁が事務所へ駆けつけると、タンカに寝かされていたはずの父親が、何がどうなったかわからない様子でたたずんでいた。
「お父さん、大丈夫なの!」
駆け寄ってきた娘に向かって父親が首をかしげる。
「何がだ? それと、おまえ、その服……結婚でもするのか」
花婿も花嫁の後ろについて、事務所に入った。
「お義父さん!」
「なんだ、こいつは?」
不思議なことに、先ほどまでのことを父親はすっかり忘れているらしい。
「お父さん、この人は私の旦那様になるひとよ」
「旦那……ということは……おまえ、本当に結婚するのか?」
「そうよ!」
けれど、先ほどまでの頑なな態度ではない。ずっと仏頂面だった父親が笑顔を見せた。
「なんだか、よくわからんが、おまえが選んだ男だ。きっとおまえを幸せに出来るな」
その言葉に花嫁と花婿は顔を見合わせて微笑んだ。
「なになにぃ、丸く収まったのぉ?」
吉津根が驚いている。
「夜見さん、あの男性は夜見さんの御斎を食べたんじゃなかったのかな?」
田貫も不思議そうにしている。
「御斎は死者の手向けに供される料理ですが、蘇りに関しては私の範疇を超えています」
「それより、岬ちゃんは大丈夫なんじゃろうか」
賴豪の言葉に慌てて田貫たちは調理室に戻った。
岬は調理室のテーブルに突っ伏すように気を失っていた。
気がつくと、岬は薄暮の中に立っていた。見渡す限り岩と砂の光景が広がっている。
先ほどまで、調理室で御斎を食べていたはずなのに、いつの間に、こんな場所へ来てしまったのだろうか。
暑くも寒くもないこの場所に、誰か自分以外の人間はいないか探して、見回す。
それらしき影はなく、岬は自然と歩き出した。しばらく歩いていると、豆粒のような小さな影が見えた。岬は急いでその影に向かって走って行った。
まさしくそれは人影で、どこに向かっているのかとぼとぼと歩いている。後ろ姿から察するに、男の人のようだ。
岬は勇気を出して話しかけてみた。
「あの……」
すると、男性は驚いたように振り向いて、岬を見た。途端に、安心したようにほっと息をつく。
「びっくりした」
「驚かせてすみません。あの、ここはどこですか?」
「さぁ? 気がついたらここにいて、歩き回っていたし……」
「なにもないところですね……」
相変わらず薄い灰色の岩や砂の荒野が眼前に広がっている。
男性は白い服を着ていた。まるで経帷子のように襟を左前にして帯を結っている。
これって夢なのかもしれない。そんなふうに思っていると、
「君は何でそんなに金色に光っているの?」
と訊ねられた。
「金色?」
「そうだよ。すごく目立つ。金色に体を塗っているか金色の服を着ているのか……すごく目立つ」
大事なことなのか、男性は同じ言葉を二度口にした。
言われてみて初めて、岬は自分の両手を眺めた。いつもの自分自身だ。金色になんて光っていない。
「え? 普通ですけど……」
「それが普通なの? じゃあ、僕も金色に光り出すのかな……」
男性はやる気のない様子で呟いた。
「どこに向かって歩いてるんですか?」
ここがどこかわからないなら、目的地を聞いておこうと思った。
「だれかにまっすぐ歩きなさいっていわれてきたように思うんだけど、まっすぐ歩けてるかどうか……道もないしね」
岬は前方を見透かした。
「何もないですね。案内板とかがあればいいのに」
「本当にそうだね。困ったな」
とにかく歩いて案内板なり、他に人がいないか探すのが先決なように思えた。
「とりあえず進んでみましょう」
二人は何もない空間をてくてくと歩き続けた。
次第に辺りがもやに包まれてきた。
「これじゃあ、前に何があるかわからないですね」
岬が隣に目をやると、そこには誰もいなくなっていた。
「あれ?」
さっきまで一緒にいたはずの男性の姿を探してみるけれど、もやはさらに周囲を包み、前も後ろも全くわからなくなってしまった。
立ち止まって途方に暮れていたが、このままここにいても仕方がないと思い、岬は再び歩き出した。
気付けば、周囲に黒い影が集まってきている。最初は岩か何かの影かと思ったが、どうも違うようだ。
何やらうめき声すら聞こえてくる。
その声を聞いて、岬の背筋に寒気が走った。まるで痛みに苦しむようなうめき声だ。
黒い影は徐々に増えてきて自分に向かって近づいてくる。
それはさっきまで一緒にいた男性のような、穏やかな存在ではなさそうだ。捕まったら最後どうなるかすらわからない。
急に焦りが生じて、岬は早足になって黒い影がない方向へ進み始めた。けれど黒い影は四方八方からやってくる。
逃げようがないと思ったとき、隣から声がかかった。
「岬さん」
ぎょっとして岬は飛び上がらんばかりに驚いた。振り向くと、そこには黒衣の夜見が立っていた。
「夜見さん……?」
ここはどこですか、と聞くまもなく、夜見が岬の腕を掴んだ。
「何でこんなに世話を焼かせるのですか」
「世話を焼かせるって……知らないうちにここに来てたんだからしかないですよ!」
岬は少しむっとして答えた。
「無意識にこんな場所に来るほうが悪いのです」
「こんな場所って……?」
夜見にはここがどこなのかわかっているようだ。
「だいたい、何も知らずにここに来るなんて無謀ですよ。ただでさえ、すぐに取り憑かれやすいのですから」
「取り憑かれるって、なにがですか!」
とそこまで言って、少し前の記憶が蘇ってきた。
「あ……」
ほら見ろと言わんばかりに、夜見が冷たい目で見下ろしてくる。この人は、自分のことが嫌いなのかな、と岬は感じた。
夜見が平坦な声で告げる。
「あなたは、魂を導く先触れなのです」
「魂を導く先触れ……?」
「死を知らせる先触れとも言われている存在なのですよ。そんなあなたがこんな場所に来たらどうなるか……」
「どうなるんですか」
相変わらず夜見が無表情に答える。
「あの世に、いや、もっと酷い場所に引きずり込まれてしまうでしょう。それだけあなたの光は亡者にとってまばゆく目立つのです」
その言葉に耳を疑って、岬は聞き返す。
「亡者って……ここ、あの世って事ですか?」
すぐには受け入れがたいことで、訝しく思った。
「いえ、ここはまだ此岸です。ぎりぎりこの世と言うことです」
「じゃあ、死んだわけじゃないって事ですよね?」
岬はなんとなく安心して胸をなで下ろした。これは夢なんだなと、強く感じた。
「この世と言っても、あの世に行けずに彷徨っている亡者のいる場所ですから安全とは言いがたいです。なにしろ、いつきが一番好む場所でもありますから」
「いつき……」
一ヶ月前に岬の前に現れた赤錆色の服を着た男のことが思い浮かんだ。
「そうです。魂を地獄に連れていく存在です。そんなものがいる場所にあなたはいるのです」
岬の背筋がまた震えた。
「じゃあ、なんで、夜見さんもこんな所にいるんですか」
「あなたがなかなかこの世に戻ってこないから心配してるんですよ。自覚もないまま、この世とあの世の境を彷徨っていたら、いつきに見つかってしまって地獄に引きずり込まれるでしょう。それなのに、あなたときたら、手間のかかる……葬儀社の仕事なんてやっているからです。どうせやるなら他の仕事をしなさい」
またも、仕事のことを言われて、岬はむっとして反発した。
「夢の中でまで反対することないじゃないですか! やっと仕事に慣れてきた所なんですよ! この仕事をようやく楽しく感じてきたんです。夜見さんに嫌われようが、この仕事を辞めるつもりはありません!」
岬が興奮して叫んだのと同時に、周りを囲んでいた黒い人影が手を伸ばしてきた。
岬の空いたほうの腕を人間の手とは思えない茶色くただれた手が掴んできた。ぬめりを持った手の感触も相まって、岬は思わず叫んでいた。
「いやっ!」
離れようともがき、茶色い腕の力がなくなったと思ったら、ぼとりと砂の上に腕が落ちた。その腕がまるで生きているかのようにもぞもぞと動いている。
「うわっ」
気持ち悪くなった岬は思わず退いた。
背後にいるはずの夜見が消えて、鳥の羽ばたきが聞こえてきた。見ると、それは岬を覆うほど大きな鴉で、三本の蹴爪で周囲の人影を蹴散らしている。
思わず唖然としているうちに、蹴爪に蹴られた人影がどんどん崩れ落ちていく。
「上に向かって飛びなさい!」
夜見の声が聞こえた。それを合図に、岬は腕を広げて空に向かって砂を蹴った。
ふわりと体が軽くなったと思ったら、そこで意識を失った。
ついさっきまで自分の体が重力も感じないほど軽くなったのに、いきなり地面にめり込みそうなくらい体に重みを感じて岬は意識を戻した。けれどすぐに目を開けるだけの気力がない。
うっすらと開いた瞼が捕らえたのは、黒いカナリア。
濡れ羽色の翼が美しいカナリアが、夜見の肩に止まっている。
田貫と夜見が何やら岬について話していることに気付き、岬は耳を澄ました。
「毎回思うのだけど、あの金色の鳥はなんなのだ」
岬の視界には夜見しか見えないが、夜見の目の前には田貫がいるのだろう。
「あれは岬さんの魂です。すぐに取り憑かれてしまうのも巫女体質だからです。この世に未練を残してさ迷う魂を、体に取り憑かせ先触れとして導き、あの世へと連れていく役目があるのです」
「じゃあ、あれもこれも岬くんがあの世に導いたおかげなのかな?」
「岬さんだけでは無理でしょうね。あの世へ渡れるよう、きちんとおもてなしをすることも大事ですから」
「夜見さんと岬くん両方が必要という訳なのだな? でも今回は違ったみたいなのだ」
「今回は行くべきところが自分の体だった、だから仮死状態から蘇ったのでしょうね。ただし、死期が延びたと言うだけです。岬さんも蘇りを経験したことがなかったせいであのまま此岸まで飛んで行ってしまったのでしょう」
「死期が延びただけなんて……それも嫌な話なのだ」
「とにかく、岬さんが目を覚まさなければ、また魂を探しに行かねばならないですね。こんなことになるから、自覚なく亡者の案内などしてはいけないのです。これからもこんなことが続けば、いずれ岬さんはいつきに捕らえられてしまいます。岬さんがいれば魂を簡単に地獄へ引きずり込むことが出来ますから。いつも口を酸っぱくして、違う仕事、死を扱わない仕事に就けばいいと勧めてきたのに」
「でも、魂をあの世に導けるなら、それは岬くんの天職なのだ。そのために生まれてきたのだ。岬くんがいればアタシの会社はウハウハなのだ」
岬は目を閉じたまま二人の話を聞いていた。自分が魂の先触れであることはさっきまでのことで理解できた。迷える亡者がいれば自分の体に取り憑かせて、魂をあの世へ導くのだろう。
あれは夢ではなかったのだ。夜見が自分の傍らに来たのも、大鴉が化け物を蹴散らしたのも。もしかすると自分たちを襲った化け物も、元を正せば彷徨っている亡者なのかもしれない。
いくら、この仕事が自分の天職だと考えていても、いつもこういうふうに魂がこの世の際に行くとなると、少し躊躇してしまう。
今回は運よく夜見が迎えに来てくれたから良かったけれど、本当にいつきに見つかって捕らえられてしまったら……。
それを考えてぞっとした。
「岬さん、起きているのでしょう。狸寝入りなどしていないで、早く起きてください」
何もかも見透かされているようで、岬はばつが悪くなりながら目を開けて体を起こした。
すでに吉津根や花嫁花婿の姿がなかった。
「花嫁さんたちは?」
「セントチャペル吉津根に戻ったのだ」
「おお、ようやっと目を覚ましたのじゃな」
いつもの面々が、自分を囲んでいた。
「すみません……」
「謝る必要などないのだ! 岬くんがうちにいる限り、うちはボロ儲けなのだ」
「岬ちゃんを金儲けに使うのはいただけんなぁ」
人のことは言えないはずの賴豪が苦笑いを浮かべた。
「賴豪和尚は酒さえ飲めたらそれでいいと思っているだけなのだ」
「ううむ、酷いことをいいおる」
そのやりとりを見て、岬は思わず笑ってしまった。
夜見が無表情で自分を見ている。さっきまで肩に止まっていたカナリアはいなくなっていた。
あのカナリアはなんなのだろう。大鴉も。夜見まであの場所に来ていたことも不思議でならない。
一体自分は何者だろうと、岬は悩んだ。今すぐに出せる答えではなかった。
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