ぼくのかぞくはしにました

よるにまわりみち

暖かな春の中で

 父親と母親が死んでいる。




 朝食を食べ終えることなく、机に向かい合ったまま伏して死んでいる。




 十にも満たない少年の意識は、両親の死という現実を受け入れるよりも早く途切れた。











 電話の着信音で少年は目覚めた。


 時計を見ると午後十三時。日付は変わらず四月三日の土曜日。


 リビングの光景は何一つ変わっておらず、冷めきった両親の死体があった。




 両親の携帯電話が鳴っている。おそらく勤務先からだろう。


 鳴っているのだから、電話に出なければいけない。


 少年は両親の携帯電話に手を伸ばした。











「勝手に出たらだめでしょ?」


 その手が、後ろから優しく包まれた。


「大丈夫。もうすぐこの電話もかかって来なくなるわ」


 少年よりも一回り年上の、パジャマを着ている女性が後ろにいた。


「……お姉さん?」


 少年の頬に、女性の黒い髪が触れた。


「ええ、お姉さんよ」


 女性はその端正な顔立ちで、ニコリと微笑む。


「心配しないで。あなたが心配する必要なんて、ないんだから」


 少年は、彼女が誰なのかわからなかった。


「うん、わかった」


 ただ、首を縦に振った。











「おとうさんも、おかあさんも、死んじゃった」


 二階の自分の部屋で、少年はベッドに腰掛け独りごちた。


「ええ、死んでしまったわね」


 女性は隣に座り、少年の肩を優しく引き寄せた。


「どうすればいいのかな」


「悲しくはないの?」


「悲しいけど、泣きたくならない」


 一階のリビングから着信音はもうなく、二人の会話を邪魔するものはなかった。











「ねえ、どうすればいいのかな」


 少年は肩で女性の温もりを感じながら、見上げて聞いた。


「そうねぇ……」


 女性はしばらく考え、肩をすくめた。


「何もしなくていいと思うわ。今はあなたが落ち着くことが優先だもの」


「僕は落ち着いていないの?」


「ええ、そうよ。人間は、自分が何を思っているかなんてわからないものなの」


 女性の表情は、窓からの逆光で見えなかった。





「どうして、おねえさんは僕を助けてくれるの?」


「そうしたいからよ。何かをやりたいと思うことに、理由は必要かしら?」


 女性は即答した。


 少年はそんな彼女が好きになり、抱きしめられた両腕から暖かさを感じた。











「ごめんなさい。おとうさん、おかあさん」


 何もしないことにした少年はリビングに降り、何もしないことを両親の死体に詫びた。


 こういうこともしないつもりだったが、それは自分の中の何かが許さなかった。





「大丈夫?」


「……だいじょうぶ」


 両手を広げた女性に少年は抱き着き、しばらくの間声を出さずに泣き続けた。


「二人に別れを済ませたのね」


 少年は首を縦に振り、大粒の涙を床へ落とした。











 泣き終えた少年は、泣き疲れた少年は、自分が朝起きてから何も食べていないことに気づいた。


「ほら、そこにパンがあるでしょう?」


 女性は、両親の死体のある机の上を指差した。


「食べましょう? 食べなければ、このあと何もできなくなってしまうわ」


 両親が食べるはずだったパン。


「あれはおとうさんとおかあさんのだよ」


「別れは済ませたから、大丈夫。でも、他の料理はだめよ。それはもう二人のものだから」


 少年は納得し、パンへ手を伸ばした。











 空腹が紛れた途端、先ほどとは違う活力が体が満たした。


 こんなにおいしいものを最後に食べられなかった両親に、少年は同情した。





「元気が出たわね。でも、外出はだめよ? そこまでの体力はないのだもの」


 少年は頷き、階段を上がり自分の部屋へと戻った。


「パンは、おいしいね」


「ええ、おいしいわ。幸せの味がするもの」


 少年は初めて笑い、微笑む女性と顔を合わせた。











「ねえ、お姉さん」


 少年は自分の部屋の掃除をしながら呟いた。


「僕はこれから、どうすればいいかな」


「今はこの部屋と、二階の掃除をする時よ。机の上が散らかっているもの」


 女性は手を止めた少年へ注意し、机の上を指差した。


「危ないものもあるの。キチンと掃除しないとだめよ」


 語尾を強め、腰に手を当てた。


「それにとても臭うわ。掃除が終わったら窓を開けて換気しないといけないわね」


「でも、まだ春だから寒いよ」


「手伝ってあげるからやりなさい。私は少し準備をしてくるから、あなたは学校の宿題でもしてなさいね」


 少年には臭いがわからなかったが、掃除と宿題の日記を終わらせることにした。











「おねえさん」


「そうね、準備はしてあるわよ」


 二階の掃除を終えた少年を、彼女は部屋の前で出迎えた。


「お別れは済ませたわね」


「うん」


 手を合わせた。


 温もりが伝わり、暖かくなった。





「でも、最後の仕上げが残ってるわよね」


「うん」


「あとはあなたが仕上げてお終い。さあ、いってらっしゃい」











 女性と別れ、リビングへと戻った少年は。


「死体はこうしなくちゃいけないよね、おねえさん」


 晴れやかな表情でマッチを擦り、火を放った。





 炎は徐々に燃えていき、家具を、床を、死体を、ゆっくりと燃やしていった。


 死体を見られたくなかった。


 だから、燃やした。





「おねえさん。次はどうすればいいかな」


 炎が揺らめく中、少年は困っていた。


 彼女と別れてしまい、この先どうすればいいのかわからない。


 こうしている間も、じりじりと火が少年を飲み込もうとしていた。











「ああ、そうか」


 少年は思い出した。


 恋しい温もりがどこあるのか、もうわかっていた。











 少年は階段を駆けて二階を目指した。


 目指すは、自分の部屋の向かいの部屋。











 そこでは、さっきまで少年といた女性と同じ顔の女性がいた。



 ベッドの上で眠るように死んでいた。











「姉さん。僕はちゃんと殺せたんだね」













 少年は叫んだ。












「ああ姉さん! 苦しまずに死ねた姉さん!」

















 四月四日日曜日

 以下、焼け跡より発見された日記





















『僕はどくを使って家族をころしました』


『人をころしたらどうなるのか気になったからです』


『やりたいと思ったからやりました』


『よくなぐられていましたがころしたらけっこうショックでした』



















『自分で作ったどくですが机の上はそうじしました。でもまだにおうかもしれません』


『宿題といっしょにやりました』



















『昨日の夜に寝ているねえさんの口にどくを入れました』


『ねえさんのくるしむすがたは見たくなかったのでそういうどくにしました』


『くるしまずにころせたと思います』

















『朝早くおきておかあさんが作りおきしていたおかずにどくを入れました』


『ぼくのぶんはないのでかんたんでした』


『でもぼくはパンが好きなのでパンには入れませんでした』


『もう1かい起きたらころせていました』


『うまくいっていたからうれしくて気をうしなってしまいました』



















『し体が見つかるのがいやなのでもやします』




















『どうすればいいのかまよったらおねえさんが教えてくれました』






















『まだわかれを言ってませんでした』


『さようならおねえさん、ありがとう』
















『あたたかくてだいすきです』

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