第3話 閉鎖世界へ通り道
ピッ、ピッ―――
私は彼が借りようとしている本のバーコードを読み取り、貸し出せる状態に登録変更をする。彼は本好きの大学生なのだろう。定期的に小説を借りに来たり、読みにきたりするが、ある周期で歴史書などを借りていく。
「はい、ではこちらの3冊は再来週の金曜日、19日までにお戻しください」
始めのうちは誰に対しても、テンパってカミカミだった私も、今や好きな相手を目の前にしても淡々とマニュアル通りに流暢に話せる。マニュアルは感情を塞ぐ扉だ。彼を目の前にしても動揺することもないし、変なところがないはずだ。
(可愛げがあった方がいいのかも知れないけれど)
女は愛嬌なんて言葉があるが、私にはそんなことはできない。
「わかりました」
本を手渡す。手は触れることなく、彼はその本たちを鞄に仕舞おうとする。1冊は純愛の恋愛小説、もう2つは推理小説だ。すらっとした細身で高い身長。私より白い肌。そして、目線を落とした彼の目を見ると、長いまつげの先に、明るい茶色のキラキラした瞳があった。
「あの、聞いてもいいですか」
「はいっ、なんでしょうか」
彼と目があったことに加えて、無限に広がる質問に私はドキッとしてどうようして、声が少し裏返ってしまった。
(はっ、恥ずかしい・・・)
顔を中心に熱を帯びている気がする。顔が赤くなっていなければいいが。
「おすすめの本ありますか?」
「えっと・・・どのジャンルの本をお探しですか?」
少しテンパったが、いつものテンプレートに戻す。
「推理小説をよく読むんですが、違うジャンルの作品も読んでみたいと思ってまして、橘さんが読んでほしいって思う本を読んでみたいんです」
真っすぐ見つめる瞳。名前を始めて呼ばれて喜んでしまう私は単純なのだろうか。
図書館員としてのおすすめを聞かれるというのはたまにある。そして、結構責任が重大で、はまっている本があれば紹介するのだが、そういった本がない場合この質問はとてもめんどくさい。ただ、今日はなんとしても応えたいという気持ちで、心と頭がぐるぐるしていた。
「あっ、あの。今度でいいので。この本返す時までに何かあったらでいいので、教えてください」
「・・・はい」
私は困っていた顔をしていたのだろうか、それともテンパった顔をしていたのだろうか、彼は気遣った言葉を残して、爽やかな笑顔で図書館をあとにした。
私は登録画面を見る。
―――神谷雄平。私の今恋している男の子の名前だ。
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