3 華麗なる決戦

 翌週から、4限のチャイムが鳴るや否や、私は小銭を掴んで購買部へダッシュするのが日課となった。購買部に着くや、私はあらん限りのカレーパンをひっつかみ(といってもその時点で残っているのは5個くらいだが)中等部の生徒がまだ群がっているレジに突進した。そして人並みをモーゼの如く割って鼻息も荒く、会計係のおばちゃんに小銭を渡す。


「カレーパン、4個、計480円、お買い上げ!!」


 ……もちろん、陸上部の方も大人しくしていたわけではない。やや遅れて駆け込んできた上級生が私の頬を押しやって、カレーパンを握りしめ、レジへと駆けていく。パンの取り合いにこそならないものの、その俊敏な動きにはさすが正規の陸上部、といった迫力があって、パンを求めに来た周囲の生徒をひるませるのには、十二分であった。

 こうして、購買部を舞台にそれはそれは醜い、はた迷惑極まりない乙女の争いが繰り広げられた。



 月曜日

 陸上部 5個 第二陸上部 4個 

 火曜日

 陸上部 4個 第二陸上部 5個

 水曜日 

 陸上部 6個 第二陸上部 6個

 木曜日 

 陸上部 5個 第二陸上部 4個



 生徒会室の前に貼られたスコアに全校生徒が注目している。学業にきゅうきゅうとなっている高等部の生徒達からすれば、我々の闘いは格好の娯楽だった。


「へぇ、やるじゃん、前田さん!第二陸上部。1個差なんて」


「いよいよ今日が決戦日ね、がんばれー、前田さん!」


「……前田さん、なんだか日々顔がカレー色になってきたわよ。カレーパンの食べ過ぎじゃないの?」


 学校への道すがら、顔なじみになったばかりのクラスメイトが、やんやと私に無責任な声援を送る。


 ……まったく、みんな、他人事だと思って面白がって……。


 当の私は、顔がカレー色……いや土気色になるほど神経衰弱気味だというのに。おかげで今日は通学定期を忘れるわ、切符を買おうとすれば小銭をぶちまけるわ、ろくなことがない。だが、それも今日で最後だ、あの部活と縁を切るための闘いも今日までだ。そう思いながら、私はよたよたと学校の門をくぐった。


 そうこうしているうちに、金曜の4限の終鐘が鳴った。最終決戦である。

 私は、チャイムの音を聞くや反射的に、礼もそこそこに、教室を飛び出した。周りから見ればそれはもはや滑稽なパブロフの犬であるが、私に周囲を見回す余裕はとっくに失われている。とにかく、今日獲得できるカレーパンの数に私の高校生活がかかっているのだ。これが人の目を気にしていられようか。今日で逆転せねば私に未来はない。


 私はいつものように購買部に全力で滑り込むと、カレーパンの棚に視線を投げた。見ると、すでに棚に残っているカレーパンは僅かではないか。現時点で1個負けているのだから、これは全てのカレーパンを回収しなければ……!焦る私。パンに手を伸ばしながら、同時にポケットの財布に手を伸ばす。


 そのとき。はっ、と私は息をのんだ。慌てながら財布の中身を確かめる。

 残額は……102円。絶望的に足りない。そうだ…今日、駅で切符を買ったんだっけ。そしてメインの財源である定期券Suicaは家に忘れてきた。……なんてこったい。これでは今日、私は、ひとつもカレーパンを買うことが出来ないではないか!呆然とする私の横を、陸上部員がすり抜けていく。


 しかし、その瞬間。


「助太刀!」


 その声の方向を見ると菅野さんの姿があった。


「今日の4限は物理だったのよ、おかげで理科室から中庭をショートカットして来られたわっ!」


 そう言いながら、菅野さんは陸上部員を華麗なタックルではねのけるや否や、棚から残り4個のパンを素早く手にし、私の方を見てニッと笑うと、身を翻しレジへと向かった。

 この人、ラグビー部の方が適性、有るんじゃないか。


 ……でもなかった。


「させるかっ!!」


 今度は、はねのけられた陸上部員が素早く立ち上がると、菅野さんの足先に自分の足を突き出した。たまらず横転する菅野さん。その手からパンが2個転げ、陸上部員は床に落ちる間際にそれを華麗にキャッチすると、レジに向かって歩み行く。

 そして、余裕綽々と会計を済ませ、高々とパン2個を頭上にメダルよろしく恭しく掲げてみせた。


 そして、陸上部員は高々と宣言した。


「勝った……!」


 私はへなへなと床に崩れ落ち、呟いた。なんてこったい。これで私の退部は、叶わない。


「負けた……」


 さぞかし、菅野さんも悲嘆しているであろうと思い、その方向を見ると、そんなことはない、なんと、彼女は悠然とレジで買い物をしているではないか。


「菅野さん!もうカレーパン買っても仕方ないですよ!こっちが2個買っても、あっちも2個買っていますって!結局1個差!意味ないですって!」


 が、菅野さんはレジにて不適な笑いを見せると、ゆっくりと勝ち誇る陸上部員に歩み寄る。


「……ふふ、どうかな」


 そして、高々と掲げられたパンをぐっと指さすと、叫んだ。


「そのパンの表示を良く見なさい!!」


 見るとその2個のカレーパンとおぼしきパンのパッケージには、果たしてこう記してあった。


120


 ……しばしの沈黙のあと、陸上部員が悲鳴を上げる。


「なんで新作のパン、よりによって今日出すのよ!おばさん!しかも同じ価格で!紛らわしいったらありゃしない!」


 しかし百戦錬磨の購買部のおばさんは、動じない。おばさんは悠然とのたまった。


「そんなこと言っても毎月第三週の金曜日は新作デーなんだから仕方ないでしょ」







 ……こうして、カレーパン戦争は、我々、第二陸上部の勝利で幕を閉じた。

 よって、私は晴れて、第二陸上部を退部し、改めて陸上部の門を叩いたのだった。


 のだが……。




「……」


 私はその翌々週、ぶすっとして第二陸上部の部室に居た。


「ははっ!そりゃそうでしょ。陸上部に今更入部したいって言っても、あれだけ自分たちをコケにしたくるみちゃんを入れるわけがないじゃない。塩まかれたっておかしくないわよ」


 菅野さんの笑いは全く悪魔の笑みそのものだ。だが、全く事実は言うとおりだったので、私は反論しようもない。


「こんちはー!あれ?くるみちゃん?さては陸上部あっちに振られたなあ~?じゃあさ、3人でとりあえずケードロでもやろうよ。予算も取れたことだし」


 今日も遅れてやってきた吉田さんが、キャツキャと私に笑いかける。菅野さんは途端に破顔し、いそいそとジャージに着替え始めた。


「ケードロ、やろうやろう、さあ、くるみちゃんもおいでよ、体を動かすのは楽しいぞお」


 ……私は思わずぼやいた。


「ああ、インターハイでケードロ、正式種目になるよう署名活動でもしよう……」



                                   【完】

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華麗なるっ!第二陸上部 つるよしの @tsuru_yoshino

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