第1話
「ふざけんな!ビザきちんと確認せんかい!このナリどっからどう見ても神父様やろがアホンダラァ!」
「ふ、ふざけるな!貴様のような神父がいてたまるか!西部へ帰れチンピラめ!」
「あ゛あ゛!?この言葉遣いのこと言うとんのかワレェ!?ええ度胸や!?何が悪いんか400字詰め原稿用紙にきっちりまとめてみんかいこのクソボケゴリラァ!ええ加減にせんとワイのコルトが火を噴くでオルァ!?」
「じゅ、銃火器まで持参しているだと…!?取り押さえろ!やはりこいつはモグリだ!」
「なにすんねんゴルァ!どこ触っとんねんボケェ!そっちがそのつもりなら容赦せえへんぞこのクソハゲ共がァ!?」
「…」
はるばるこの街までやってきたのにこんなろくでもないやり取りに足止めを喰らっている列なす人々が醸し出す殺気を遠目に恐々と僕は眺めている。
せめて検問所を通る時くらい歩き煙草はやめてくださいと忠言してもあの神父が僕の言うことなど聞くわけもない。案の定憲兵に見咎められてビザを提示してからはずっとあの様子だ。すでに15分は続いている罵詈雑言の応酬は激化の一途を辿り、今まさに殴り合いにまで発展しようとしていた。
あ、憲兵に一発殴られてる…あ、二発殴り返した。
それにしても不思議なものであそこまで素行が最悪だといくら常時神父服を着ていてもチンピラのコスプレ程度にしか見られないようで教会組織の品位を貶めることもないようだった。色々と本末転倒過ぎて考えるのも空しいけれど。
でもこのままだと到着早々ブタ箱行きの未来しか見えない。こうしていると直属の上司のサニーフィールド神父の様々な苦悩が偲ばれるようだ。
僕は日陰に座ってあの神父の尽きぬ罵詈雑言と憲兵十把一絡げの不毛な大立ち回りを遠目に眺めつつはあと軽くため息をついた。
と、そんな僕の前に降り立つ人影があった。
「お兄さん、これ落としたよ」
見上げるとそこに居たのはハンチングハットを被った20前後ほどの男だった。少年のように中性的な甘さの薫る顔立ちと声を持ちながらどこか隙を許さぬ佇まいがある。
そんな彼の手に握られていたのは一体どこで落としたのか、僕自身の大事な通行証だった。
「あっ!?ありがとうございます!」
慌てて受け取ると彼はにこりと笑った。安心を誘う人懐っこい笑みだった。
「その神父服、ひょっとしてお兄さん
「え、あ、はい。そうですけれど」
それがあそこのハーブ神父と出会ってあれよあれよと真実を知るに至り、それなりにあぶない暴力機構を備えている組織であることを知って教会組織のそちら側に関与する羽目になったのはつい一年前のこと。
組織内部でも公にされていない真実ということもあり、その裏事情を知る人は市井ではほとんどいない。
「へぇー!そうなんだ!そうするとひょっとしてあそこで騒いでるのってお兄さんの知り合い?」
「…なんのことでしょうか?」
「助けに行かなくていいの?」
………
「…いいえ親切なお方どうぞお気になさらないでくださいあんな神父コスプレしたチンピラ野郎僕は1ミリも存じ上げませんしまさか関係者だなんて可能性は微粒子レベルで絶対に存在しません」
「…お兄さん嘘がびっくりするくらいヘタだね…?そこまで断固拒否されるんだあの連れの人…」
「だから連れじゃないですってば!?」
僕渾身のアルカイックスマイルは見事にスルーされ、慮ったようなため息が彼の口から吐き出された。
「まだ若いのに苦労が多くっちゃあ大変だ…まあいいや、連れの人に伝えておいてよ。”キツネ”に会ったって、ね」
「…え…?はあ…」
キツネ、と名乗った彼はそれだけ言うとさっさと歩いて行ってしまった。
「なにぼーっとしとんねんいてまうぞコラ、ウィステリオ」
「うわァ!?出たァ!?憲兵殴ってたくせにどうやってあの検問所抜けたんですか?!」
「…大人の力を甘く見たらあかんでウィステリオ…?神父様の御威光っちゅうやつやな!あの憲兵のおっさん共が歯噛みする様は見ものやったで!ウハハハハハ!」
ボロボロの神父服姿で高笑いするハーブ神父。
きっと電話か何かでサニーフィールド神父に口添えをお願いしたんだろう…。
「それで何しけた面しとんねん」
「あ…いや、なんかちょっと変わった人に会いまして」
「なんやねん都会で変な奴の一人や二人くらいおるやろ…チッ…これやから田舎のおのぼりは」
「はああ!?西部出身のあなたに言われたくないんですが!?」
「あ゛あ゛!?何抜かしとんねんハゲ!?西部は都会や一緒にすなハゲ!さっさと行くで!あのクソ憲兵の所為で待ち合わせに遅れそうやねん!」
「はいはいはいはい…ああ、そうだ思い出した。その人、”キツネ”って名乗ってました」
「わかったわかった、ほなさっさと行くで」
ハーブ神父は二三歩進んで急に振り返った。
「…ちょお待てや、今なんて言うた?」
「え…”キツネ”って…」
ハーブ神父は反射に近い速度で僕の胸元を掴んだ。
「な、なにするんですか!?」
「じゃかあしいわ!お前財布どこやった!?はよ探せ!」
急に血相を変えたハーブ神父を訝しく思いながらも僕はいつも財布を入れている内ポケットを探った。
「…もう…一体なんなんですか…?って…あ…れ…?」
確かにあったはずの財布は内ポケットに既になかった。
僕は慌てて自分が座っていた地面の周囲を目で探したが、どこを見ても跡形もない。
「な…なんで…?」
「クソッタレが…!"おいた"も大概にせえよあんのクソキツネ…!」
忌々しそうに舌打ちをするとハーブ神父は旋風のような勢いで駆け出した。
「ハーブ神父!?え!?キツネって!?」
「
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