ガンズ・オン・グレイブ
藤原埼玉
プロローグ
大切な人の傍にいたいと願うことは間違っているだろうか。
そのために血や罪を重ねることは間違っているだろうか。
「おはようございます、イサキお嬢様」
「ふわ…おはよう、ジュージ」
帝都に来て早いもので1年が経った。
「あの、ジュージ…」
お嬢様は寝間着のまま、おずおずと私に話しかけてきた。
「一昨日言ってた学校の友達がうちに来たいって言ってるんだけれど…だめ?」
「もちろん、いいですよ」
「本当…!?」
お嬢様はまだ何か言いたげにしていたので私は手元の洗濯物を干す手を止めてお嬢様が続きを言い出すのを待った。
「あのね…それでジュージにはお父さん役をやってもらおうと思ったんだけど…だめ?…難しかったらお兄ちゃん役でもいいんだけど…」
一瞬、思考がフリーズする。
お父さん?役?客を招くのに役が必要となるのだろうか?
そういえば最近お嬢様がよく見ているドラマは家族を扱ったものが多い気がする。
きっと自分などには伺い知れぬ機微があるのだろう。
…本番までにあのドラマをもう何度か見返してみるとしよう。
「わかりました…不肖ながら善処しましょう」
「やったあ!」
お嬢様はその場で飛び跳ねんばかりに喜ぶ。その様に自然と笑みが零れた。
「お嬢様、明日ジュージは早朝から留守にしますのでくれぐれも戸締りには気をつけてくださいね」
「そっかあ…探偵の仕事も大変だね」
「ええ…でもそれももうすぐ終わりです…」
「終わり?」
「はい、今の仕事が終われば大きな報酬が入ってきます」
イサキお嬢様はしばらく呆けたようにしていたが、無言で私に近寄ると裾にしがみついてきた。心底嬉しくて堪らないようだ。
「本当に…?」
「ええ、本当です」
なぜか泣きそうな顔で笑ったイサキお嬢様は俯いたまま言った。
「あのね…笑わないで欲しいんだけど…夜に一人で待っているのが…怖いの…ジュージが二度と戻ってこないんじゃないかって…わたしは…ただジュージには元気でいて欲しいんだ…」
かつて親類のほとんどを失った大陸三大宗教組織の
余りに強大な力や権力はしばしば多くの不幸を呼び込む。
幼くして余りに重い業を背負った彼女がそのような考えになるのは当然と言えるが同時に胸が締め付けられるような想いがあった。
イサキお嬢様の暗殺を企てた組織に私が所属していたことをイサキお嬢様は未だに知らない。私が未だに暗殺を生業として生計を立てていることも知らない。私は極めて個人的な理由で組織を寝返り今日までイサキお嬢様と二人だけで生き抜いてきた。
それらは決して知られてはならない。
「…笑いませんよ」
「本当?」
「本当です。それにジュージは絶対に居なくなりません」
「…本当?絶対?」
「ええ、本当に絶対です」
「…うん!…身支度してくるね!」
洗面所へ向かうイサキお嬢様を見送った私は洗濯物を干し終えるとテーブルの上の”仕事道具”の入った紙袋のずしりとした重みを確認した。
…それにしてもなんという皮肉だろう。
お嬢様の笑顔。言葉。共に過ごす時間。
かけがえのないものが積もれば積もるほどに今まで殺めてきた命の重さや、自分が犯してきた罪の恐ろしさを知る。
だがたとえ連綿と続く咎人の修羅道であれ、
目の前でイサキお嬢様が笑顔でいてくれるのならば。
たとえすべてを犠牲にしたとて、これ以上の僥倖などありはしないのだ。
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