エピローグ カゲトの銀の剣

 レイトの街を闊歩する。視界の端には値切り交渉しようとする人や喧嘩をする人など様々だ。しかしどんな特徴を持っていたとしてもカゲトが守るべき人々であり、守りたいと思っている人々だ。その思いはジャーナルメタル率いる鋼の団襲撃を退けた時から強くなっていった。


 修練場に顔を出すと顧問のシルダが珍しく椅子に座っていて修練を眺めていた。そのポニーテールの女性はカゲトに気づくとゆっくりとたちがあり、ポニーテールを揺らして近づいてきた。カゲトはぺこりとお辞儀をする。


「カゲト……団長って呼んでほしい?」


「シルダさんにもそのままカゲトって呼んでほしいです」


「シルダさんにも?あと1人はだれかなー?」


シルダはからかうように言って笑った。カゲトは目を逸らすようにして呟く。


「コ、ココ……」


「ふーん……」


シルダはニヤニヤが収まらなそうな顔だ。カゲトは困った人だと言うような目線を送る。しかし困った人ではあるがカゲトにとっては大切な恩人の1人である。剣の腕はカゲトは2年経った今でもかなわないと感じていた。だからといって腐っているというわけではない。彼のネガティブはここと出会ってから少しずつ良くなってきている。


「シルダさんはなぜここに?」


「顧問だもん。顔出さなきゃまずいでしょ」


「1年ぶりくらいに見たんですが?」


「評議員だもん。忙しいの」


 シルダは半ば流すような態度だが至って真面目だ。カゲトばため息をついてシルダの隣に座った。どしんと音を立ててカゲトの体重が不思議に増しているようなのをシルダは感じ取った。


「……なんか重いもの持ってる?」


「盾です。新しく買いました」


 カゲトは腕につけた小さな盾を見せた。派手な模様は入っておらず、塗装もされておらずシンプルな外見だが機能はばっちり超優秀だ。てから離れてもすぐに戻ってくる上に軽く、扱いやすい。彼は自慢げにそれを見せ、そのあとすぐにうっとりと盾を見つめた。


「ココちゃんとこの?」


「はい、そうです。ココはあの遁走劇からいっぱい学んで……いっぱい考えて……前に進んでいます。できることをやっています。盾専門の武器屋として」


「いいね。進んでる。でもカゲトも進んでるよ?」


「俺が団長になるようにしてくれたのはシルダさんじゃないですか」


「でもそれを承諾したのはカゲト自身。ネガティブな前の君だったら受けなかったと思うな」


 するとシルダはベンチからたちがあり、騎士団のロッジの前に立てかけてある木剣置き場まで向かい、木剣を一振り持ってきた。カゲトが驚いてそれを見る。


「心は前に進んだよね?技術はどうかな?」


 シルダはいたずらっぽく笑う。カゲトば再びため息をついて立ち上がる。しかしその頬は少し緩んでいた。ネガティブな たしかに前に進めていると感じたのだ。皆を守り、引っ張り、体を張ってきた。自らをこの国の盾と化してココと別れてからも戦ってきた。



 立ち上がった時レイトの街の修練場にけたたましく声をあげて誰かが駆け込んできた。首都フィーチュールの修練状では一般人が入れないので首都ではあり得ないことだ。しかしカゲトは駆け込んできた人に見覚えがある。白衣をはためかせ、修練場にズカズカと入ってくる魔法医者レイナーは奇異の目で見られていた。


 シルダはカゲトに耳打ちした。


「誰?」


「レイトの街で診療所をやってるレイナーさんです」


 レイナーはキョロキョロとあたりを見渡してカゲトを見つけると一直線に向かってきた。カゲトはそのものすごい勢いに少し後退りする。



 「カゲト君!君の活躍聞いてるよ!街を守っとてくれてありがとう!」


「レイナーさんこそいつも怪我を治してくださりありがとうございます」


 2人は握手するとレイヤーがすぐに話し出した。


「そうだあの娘!ココさんはどこだい?」


「こ、ココは元の街でで武器屋やってますけど……」


それを聞くと顎が外れるかと思うほどレイナーは口を開け、目を見開いて驚いた。いちいちオーバーでハキハキしているのは元からだ。


「なんと!ココさんはレイトの街の人じゃなかったのか!」


「そ、そうです。ココに何かようなら伝えておきましょうか?」


 それを聞くと今度は懐からありえない量のレポートをばさりと取り出し、ベンチに置いた。その暑さは膝下ほどにまで及ぶかと思うくらいだ。


「な、なんです?これ」


「ココさんにお礼を言いたい。彼女が言った心の怪我と怪我の治し方について調べてみたのだ」


 心の怪我、ココが自分の加害に対する過剰とも言える恐怖を形容したものだ。その分野のプロからしたら間違っているかもしれないが彼女にとってはそう形容するしかなかった。


「で、でもココは克服とまではいかないでも、前には進んでますよ。武器屋として……ちゃんとやってます」


 レイナーはビシッとカゲトを指さした。


「それなんだよ。俺の考えでは心の悩みというのは大小、そして個人差がある。しかしココさんの場合前には進めたんだろう。けがを直すまではいかなくても、前には進めた。加害に恐怖しながらも、武器屋として仕事をするべく、自分なりに考えて僕にガントレットを売って見せた!」


「そ、そうですね」


「だから僕は心について調べまくったのだ!心に何か引っ掛かりがあっても、心が思うように動かなくても、前に進むことはできる、これを証明するためにね」


 今度はレイナーは懐からココの売ったガントレットを取り出した。ちゃんと手入れをしているようだ。そして粉のためを思ってか戦いにつかったような傷跡も痕跡もなかった。


「結論から言うとまだ何も証明できてない。心が思うように動かなくても前に進めるなんて綺麗事かもしれない。しかしココさんはやって見せた。僕はね、そう言った新しい学問をつくろうとかんがえている」


 猪突猛進。魔法医者として問題があるかもしれないような性質を抱えるレイナーはカゲトにとって素晴らしく見えた。モンスターの治療もすべきだと平野にテントと道具のみで飛び出していった時と同じだ。


 カゲトは彼の考えを聞いて少し笑った。同じじゃないか、と。ココが前に進もうとしたおかげで、カゲトもレイナーも前に進もうとしている。あるいは進んでいる。そのことに気づいたのだ。


「いいと思います。俺もネガティブだけど少しは前にも進めてるんです。心に矛盾を抱えていても、前に進める。俺たちが、ココとそのお客さんが一番知ってるんじゃないんですかね」


 レイナー目を大きく見開き、ニカリと笑う。そしてレポートを再び仕舞い込み、それだけ言いたかった、と言い残し走り去っていった。


「なぁに?あの風みたいな人」


 レイナーの勢いに気圧され気味だったシルダは椅子にちょこんと座っていた。平気平気、といつも余裕のある彼女の珍しい一面だ。


「あの人はココの俺を除いた一番最初のお客さんですよ。ガントレットを売ったんです」


「へぇ……なんかココちゃんの周りって矛盾した人が集まるね?」


 カゲトは思い返してみた。自身はネガティブゆえに自分の目標と違うことをやろうとしていた、レイナーは魔法医者と言う精密さが重要な仕事を勢いで進めているような気がする。そのほかにもカカシに剣をくわえさせたり、モンスターに農業を教える人などいろいろ集まっていた。彼らの共通項は矛盾なのかもしれなかった。


「……でも矛盾していても俺の知っている限りでは前に進んでますよ」


「ココちゃんが一番すごいのかもね?」


「ココはズゴイやつですよ。矛盾を抱えながらも前に進んで。なんというか……コーヒーにミルクを混ぜても美味いって感じですかね」


「ははは、面白いね」


 シルダは矛盾とは程遠かった。国の剣としてまっすぐ進んできたのだ。しかしいろんな進み方があることは知っている。


「あ、そうだすみません、シルダさん!」


「俺この後防衛任務でした!」


 カゲトは急に思い出して焦った。シルダはいいよいいよ、と練習試合は今度ということになった 


 カゲトは銀の剣を腰にしっかりとつけ、腕にも盾を設置して走り出した。


「気をつけなよ!」


「はい!」








 



 

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武器屋のストラグル遁走劇 キューイ @Yut2201Ag

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