赤光
IORI
第1話 乾いた風
トントントントントントントントントントントントントントン、チーン
「レイ。」
聞こえる。
「ね、
数回、小刻みに身体が揺れる。誰かが呼んでいる。
「
「あ、うん。…ごめん。」
"ごめん"?
「大丈夫?」
母が顔を覗き込む。
「うん、ちょっとね。」
嘘を吐いた。ずっと、浸っていたかったから。実感なんて一生ないままでいい。
「やっぱり。…でも大丈夫。これからは、しっかりフォローするから心配し
「ありがと。…ちょっと、風に当たってくる。」
嘘を吐いた。欲深き心を満たすため。誠実で自分かってな選択。
「そう?」
「うん。」
敷き詰められたパイプ椅子から立ち上がり、あの人の面を背にして退席する。斎場を抜け、すぐ目の前の豪壮なエレベーターの前に立ち、下向き三角のボタンを押す。上手く伝わっただろうか。いや、きっと伝わったのだろう。2、3、4、5、6、7、駆け上がってくる。
"チーン"
止まった。扉が開く。ここまで、いや、この先も何もない箱に乗り込む。1階。扉が閉まる。8、7、6、5、4、3、2、立ち止まることなく降下する。
"チーン"
止まった。扉が開く。その奥には人が立っている。待ち人がいたようだ。品格溢れる黒のスーツに身を包む細身の男性。叔父さんだ。思わず顔を上げると、叔父さんは何か言いたそうな顔をしていたが、唾を飲み込み、軽い会釈をしてエレベーターに入っていく。こちらも軽く返し、ホテルの外へと向かう。正直、今はとても話す気分にはなれないので、都合が良かった。
ホテルの外に出ると、あたりは少し陰っていた。何時間ぶりの日光だが、さほど眩しくはない。太陽が背中側にあるおかげもあるだろう。風が吹いた。僅かに肌寒くひどく乾いた風。枯れ葉が舞う。微かに鮮やかさを残す落葉。コンクリートの床を這うように滑る。それを横目に鉄の塊が行ったり来たり。今はなんだか、ものがよく見える。人もそれ以外も。そんな未知の好奇心に駆られ、次から次へ。何を欲すわけもなく、何を求めるはずもなく。ひたすら、次から次へ。どこへ向かっていくのだろうか。ここを越えたらきっと忘れている。今は確かに信じているから不安に変わることはない。裏の角を曲がって、どこか遠く。誰も、誰も。
「・・・っ。」
痛い。落ちかけの太陽であっても、日陰を辿ってきた者には刺激が強すぎる。思わずつぶってしまった目を恐る恐る開く。浮かんでは歪む雲と赤みがかった光。水平線はどこまでも続く。それでも私の脚と足は止まらなかった。差し込んだ好奇心とも言い難い感情を胸に、数段の階段を下って、浜辺へと足を踏み入れる。…右足、左足、右、左。何度も沈んでは這い上がり、そしてまた沈む。ただひたすらに波へ向かい、波も迎え、最後には足場をさらわれていく。ならもういっそ、この身を預けてしまったら?…でも、そうなったらもう、戻って来れやしない。風が吹いた。分かってる。そんなくだらないことはするはずもない。…大丈夫。そう強く、何度も、何度も。
90度身体をひねり、水辺を辿る。傾く陽を見ながら。並行してくれている秋茜を見ながら。"いとおかし"なんて空と一緒に黄昏る。ないものを求め、叶え、また別のものを求め、叶える。勿論、全てを上手くやってきたわけではないが、あまりにも十分すぎたのだろう。それならば、"さようなら"をいって送ってあげるのが筋なのかもしれない。でも、それはあまりに冷酷な気がする。自分だけのために誰かの人生があるわけではない。今更になって、道徳を語れるような者ではないことは分かっている。それでも、それでも。…いや。やめよう。結局は何をいっても独りよがりになってしまう。認めたくないが、仕方のないことだ。元来、人間とは誰しも悪人である。
「おーーいっ!」
誰を呼ぶわけでもなく、聞かせるわけでもなく。ただ八つ当たりを向こうにぶつけた。雫が一滴、頬を伝う。
赤光 IORI @yiori
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