第2話・始まりも突然に

 やがて、弥吉に手を引かれながら貴之が行き着いたのは、大きな屋敷だった。テレビ以外では見たこともない様な豪邸に、目を真ん丸にして固まる。先を歩いていた弥吉は、それを知らずに進もうとして、クンッと強制停止させられることになった。不思議そうに振り返り、少し首を傾げると、弥吉は合点がてんがいったのか簡単に説明をした。


「俺たち船頭が暮らしてる屋敷だよ、船頭は大所帯だからな。あと、向こう岸には死神の屋敷がある……全く、ヘマしやがって…新人の世話でしわ寄せがくるのはコッチなんだよなぁ」


 大きな川の向こう側を睨みながら、弥吉は深いため息を吐く。そして再び止まっていた足を動かし、歩みを進めた。和を感じさせる巨大な門をくぐると、すぐ目の前に巨体がそびえ立っていた。まるで裏社会のお偉いさんの様な風格を持っているその人物は、弥吉の言う通りなら船頭長らしい。貴之が目を白黒させていると、低く落ち着いた声で言葉が紡がれた。


「すまんな、間違えとは言え、我等がお前を殺したも同然だ……」


「いえ…特に思い残した事もありませんし…それで僕はどうなるんでしょうか……?」


 ここまでの流れを振り返って貴之が思ったのは、どうやら手違いで死んだらしいこと、恐らく生き返れないだろうこと、そして此処ここで何かしらの役割を与えられるだろ事だ。緊張と不安で口内がカラッカラに乾いてしまっている貴之、船頭長はポリポリと頬を掻いて、ふところから紙の束のようなものを取り出して、目の前に差し出した。


「…これは?」


「船に乗せた人間の名前を書く仕事をして欲しい、人手不足でな…お前の記憶を見たところ、真面目で几帳面、仕事も手を抜くことなくコツコツ取り組んでいたようだからな…生き返れはしない、かと言って死ぬ予定ではなかったイレギュラーだ、あの川も渡れない。そこでだ、我等の一員になってはくれないか?」


 この突然の申し出を断る理由が、貴之には無かった。家族は既に存在せず、生きていた頃は仕事に仲間という認識は持っていなかった、それが、いま目の前にいる人物からは、〝我等の一員に〟と望まれている。おそおそるだが、貴之は差し出されている分厚い帳面を、シッカリと受け取った。すると、帳面の表紙に青い炎が浮かび、複雑で美しい花のような紋様が浮かび上がったかと思えば、一瞬だけ手の甲に激痛が走った。反射的に帳面から手が離れて貴之の視界に入ったのは、両手の甲に、帳面にあるのと同じ紋様が浮かんでいる。落とした帳面を拾い上げて、説明を求めるように目の前の人物を見上げる。


「正式に名書ながくとして、船に乗る者たちの名前をしる帳番係ちょうばんがかりに任命されたということだ、宜しく頼む」


「宜しくお願いします」


 深々と頭を下げる貴之の様子を見て、流石の船頭長も驚いたらしい。死ぬ筈ではなく、それどころか行きも帰りも出来ず、ひたすらこの場所で帳面に死者の名前を記入するだけの仕事を、なかば無理矢理に任せられたというのに、文句の一つも発することなく引き受けるとは…。


「驚くほど素直な者だな、弥吉」


「ですねぇ……あ、そうそう、お前もう人間じゃないからな?その帳面と契約した時点で……妖怪みたいなモンになったと思っとけばいい。生者の世界に行くのは、百鬼夜行の時くらいだ」


「あ………はい」


 こうして、罪を犯すことなく真面目に生きてきた青年、小鳥遊 貴之は、生者の世界と死者の世界の狭間はざまに存在するこの場所で働くことになった。

 

永遠えいえんに─



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Welcome to the Dead 江戸端 禧丞 @lojiurabbit

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