Welcome to the Dead

江戸端 禧丞

第1話・終わりは突然に

 薄暗く、不気味な広い空間がどこまでも続いている。バーゲンセールに並んでいるのかと思うほどの、長蛇の列、終わりが見えない。

 それが何列もあり、男は首を傾げた。彼、小鳥遊《たか

 なし》貴之たかゆきは、大手通販会社の子会社である工場で、寮住まいをしながら毎日懸命に働いてきた。基本的に何にも執着がない彼は、好きな人もいないのに、人好きのする容姿や性格のせいで、すでに恋人なりパートナーなりは居るだろうと噂されていた。が、それすらどうでも良かったのだ。好きな人も、夢もない、ただ働くだけの毎日にも文句はなかった。


 そんな風に忙殺される日々を送りながら、突然起こったこの事態に頭の中は大混乱だ。見も知らぬ場所に、いきなり突っ立って何らかの行列にならんでいる。であれば寝た記憶はないが、きっとこれは夢に違いない、と理解した。身体が連日の残業で疲れていたのかも知れないと。


 こうなれば夢とは言え、普段は特別何かに興味を持ったりしない貴之でも、もっと周りを観察してみようという好奇心が少し湧いてきた。まずは近くから──薄暗さが視界を悪くしていたが、よくよく目を細めてみると、前に並んでいるのは白髪で背中が曲がった、血まみれでヨボヨボの老人。ギョッとしたまましばらく固まっていた貴之だが、今度はゆっくり後ろを振り返った。そこに立っていたのは……視点が定まらず、ブツブツと言葉にならない何かをずっと呟いている肥満気味の男。そして、不意に貴之が見てしまったのは、その手に斧が握られている事だった。


 貴之は腰を抜かして、砂利が敷き詰めてある地面にへたり込んだ。血だらけの斧に、気がおかしくなった様な男、血だらけの老人、一体どうして自分がこんな夢を見てしまっているのか。顔面蒼白になり立ち上がれないでいると、遥か前の方から、聞き心地いい男性の声が聞こえてきた。


「ぉーい、おーい、あれ?誰もいないのか?誰が座らせたんだ…ちゃんと立たせとけよなー……って、アレ???んんん?…アンタ、もしかして自分の名前言えるか?」


 声の主は、白い着流しをサラリと着こなし、赤黒い羽織りを肩に掛けており、美しい妖精のような見目麗しい人物だった。最初は面倒臭そうな表情でやって来た彼だったが、貴之を一目見て首を傾げた。これは何なのかと思いながら、口を開く。


「ぇ…と、小鳥遊 貴之ですけど…」


「……あぁぁ…全く、イレギュラーじゃーんっ!!千年に一度の異常事態発令は恒例行事ってか!?何やってんだ死神共は……」


 彼の言っていることの意味はサッパリ分からないし、自分が名乗った瞬間に突如として項垂れるのも意味が分からない。どうすればいいのかと男性を見上げていると、手を差し出された。


「ちょっと来い、俺は船頭せんどう弥吉やきち、ほら手ぇ出しな。この列は、アンタが並ぶような列じゃあないんだよ。悪いな、色々とコッチの手違いで…まぁ、取り敢えず来てくれ」


 貴之の中では、不思議な感覚がフワフワと行き着く場所もなく彷徨さまよっていた。夢にしてはリアリティーにとんでいるのだ、それは自分の前後にいた血まみれの老人や、血まみれの斧を持った肥満気味の男、差し出された手の温もり。もしかすると、これは夢ではないのかも知れない、そう思えるほどに全てが生々なまなましい。立ち上がり手を引かれながら、貴之はあの列への疑問を口にした。


「…あそこの列は、どんな人達が並ぶ列だったんですか?」


「あぁ、人間を殺した連中が並ぶ列だよ。で、その奥は動物、手前は殺された連中、この辺は自殺した連中、あとはまぁ…色々だ。死者が船の前で待たされてるのさ」


「──船、ですか?」


「そっ、生きてる人間はよく三途の川とか言うだろう?その川が、この先にある。アンタ、ホントは死ぬ筈じゃなかったみたいなんだけどな、ちゃんと死んでるヤツは、ここじゃあ口をきけない。行くべき場所に着いて、やっと口がきける様になるんだよ」


 なるほど…と頷きながら、自分が死んだという事実には納得し切れないでいた。それでも、この薄暗い洞窟どうくつのような空間は余りにリアルで、何処どこまでも続く長い列や、それらの並びを整備している和服姿の人物たちは、そこに確かに存在していると感じずにはいられなかった。

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