『悪夢長屋』
八「……なんだ?随分と人集りが出来てんな。今の時期、祭でもあったっけか……まあいいや、聞いてみよう。おーい、おーい!!何やってんだ?」
熊「は、八っつぁん!?八っつぁん、なのか」
八五郎「やあ、熊さんじゃないか。そうだよ、俺は八五郎だ。いや、別にこれといった用事はないんだが、なーんか妙な人集りが目に入ったからよ。何かあったのか」
熊「何かあったのかって、八っつぁん。そんな呑気な話じゃねえ。あんた、本当に八っつぁんなのか」
八「いや、だからそうだと言ってるだろ?熊さん、なんか様子がおかしいぞ」
熊「そうだよな……俺が八っつぁんを見間違えるはずはねえんだ……。八っつぁん、よく聞いてくれ。八っつぁんの、あんたの、死体が出てきたんだよ」
八「俺の、死体が?ははは、なーに言ってるんだよ熊さん、そりゃあお前さんの見間違えだ」
熊「……いや、俺に限って八っつぁんを見間違えるはずはないんだ。あれは確かに八っつぁんだったんだ……しかし。ああ、確かにこれは……生きてる人間の手だ……八っつぁん、あんたは、生きてる!!」
八「だ、だからそうだと言っただろ?どうだ、その死体ってやつを俺に見せてみろ。俺じゃねえってこと、確認してやら」
八「ははーん……確かにこれは、……俺に似てるな。っていうか……俺の……俺の死体……だな……」
熊「だから言ったろ?これは八っつぁん、あんたの死体だよ」
八「う、うわああああああああ!!??おおお、俺が、し、死んでる!!??でで、で、でも、でも!!だったら!!だったら!!おめーさんと喋ってる俺は!!俺は一体誰なんだよ!?」
熊「分からねえ。分からねえが……俺は今……嬉しいんだよ……八っつぁんのこと……また殺せるってことがよ!!」
八「熊さん!?いい、今なんて」
熊「だから言っただろ?俺が八っつぁんを見間違えるはずはないんだって。八っつぁん、あんたを殺したのはこの俺だよ。新しく手に入ったドスの切れ味が試したくてなぁ……。いやあ、八っつぁんは良い奴だよ。試し斬りのゴザの方から、また殺されに来るんだからよぉ!!」
八「や、やめろぉぉぉぉあああああ……」
熊「八っつぁん。八っつぁん」
八「血……血が……たくさん流れて……死ぬ……」
熊「八っつぁん!!」
八「ひえぇ!!うわあああく、熊さん!?頼む、もう殺さないでくれ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
熊「八っつぁん、何寝惚けてやがるんだ?」
八「ね、寝惚け……?」
熊「ああ、ひでえ魘されようだったな」
八「魘され……ってことは、俺ァ今、夢を見ていたのか!なんだ夢か、びっくりしたなぁ……。いや、悪い夢を見たもんでな」
熊「そりゃ悪い夢も見るってもんだよ、ここ長屋の廊下だぜ?真昼間から廊下から化け物みてぇな叫び声がするってんで、お前んとこの女将さんが怯えてたぞ」
八「はは……心配かけて悪ィなぁ……ところで俺は一体どうして、長屋の廊下なんかで寝てたかな……。……そうだ思い出した。ご隠居が。ご隠居が熊さんに用があるって言うから探してたんだよ。なんか渡すものがあるとかって」
熊「ご隠居が、俺に?さて何の用だかな……まあいいや。とにかく行ってみるよ。ご隠居も八っつぁんが寝ちまってる間に待ちくたびれてるだろうからな」
八「ただいま、帰ったよ」
妻「あらおかえりなさい、もうどこへ行っていたの?廊下から化け物の叫び声がして大変だったんだから」
八「そりゃ俺だよ、化け物で悪かったな。いや、ここに来る途中廊下で寝ちまったみたいでよ、そしたらひでえ悪夢を見たんだ」
妻「そうなの……大変だったわねぇ。でも、それほど魘されるような夢って、ねえあんた。一体どんな夢を見たんだい」
八「別に人に話すほどの夢じゃねえよ」
妻「あらそう。あれだけ長屋の人に心配をかけておいて、夢の内容のひとつも言えないの。はぁ、情けない人。……で、その夢ってのは。こんな夢かい?」
妻「ちょいと!あんた!!いい加減に起きなさい!!」
八「ひえぇ!!??また殺される!!」
妻「何を意味わかんないこと言ってるのよ!あんたはここ最近あっちで寝るわこっちで寝るわ。夜な夜な女遊びでもしてるんじゃないでしょうね?」
八「馬鹿野郎、俺はそんなことしてない!訳も分からねえまま、気付いたら寝ちまってるんだよ」
隠居「こらこら二人とも。喧嘩はよしなさい」
妻「ご隠居さん!?……ゴホン。そうは言いましても、最近の亭主はどうも様子がおかしくって」
隠居「分かってる、分かってるとも。八っつぁんは最近妙なところで眠ってるからね。まあ許してやりなさいな。八っつぁんはね、疲れているんだよ。もしくは、狐にでも、憑かれているんだよ?」
八「ご隠居までっそんなふざけたことを!!俺はそんなふざけた理由で寝てるんじゃねえんだよっ」
隠居「悪かった悪かった。少し度の過ぎた冗談だったな。申し訳ない。でも安心しなさい。八っつぁんは今、起きてるんだから」
八「ご隠居……」
隠居「まあ、嘘だけどな」
熊「八っつぁん。八っつぁん」
八「っ!!……く、熊さん。俺は……俺は今……恐ろしい、夢を……今……」
熊「そうか。混乱してるところ悪いな」
八「っ!!夢……また夢……どうして……!!どうしてこんな夢ばっかり!!」
妻「うるさいわねぇ……私は今寝てるんだよ」
八「あ……あぁ、悪かった……すまない……」
妻「あんたばっかりそこかしこで寝てばっか。それなのに私のことは夜中だろうが起こすっての?自分勝手もほどほどにして……。一生寝てなさいな」
妻「ちょいと!!あんた!!また寝てるの!!??ふざけるのも大概にして!!!!」
八「あ……あぁ……俺は……また……」
妻「廊下の次は土間で寝て!!少しは私の面目も考えてよー!!!!」
熊「落ち着け、落ち着けって。どうした」
妻「熊さん……亭主のこんな姿……これ以上長屋の人に見せられません……!!ちょいと!!あんた!!いい加減にして!!!!」
熊「やーめーろーって。そんなに叩いちゃ可哀想だろ。落ち着けって。八っつぁんをいじめていいのは、俺だけだ」
八「……!!………………………………。夢、か」
熊「……おはよー。八っつぁーん。熊だけどよ」
八「ひっ……ひい……ひいぃ……また……またこれも……どうせ……どうせ……!!」
熊「八っつぁーん?いないのか?」
八「……ははは、はは。い、いるよ」
熊「なんだいるんじゃねえか。開けてくれよ」
八「い、今。開けるよ。…………おはよう、熊さん」
熊「あーやっぱり顔色悪いな。何かあったろ」
八「は、はは……いや、ここんとこずっと、悪い夢を見るもんでな」
熊「なるほどな……お前んとこの女将さんが、お前の様子が最近おかしいって言ってたもんだから心配になって見に来たんだよ。大変だな」
八「ははは、はは、悪いね、心配かけて……。………………ところで、熊さん。あんた今、……ドス、持ってねえか」
熊「なんで八っつぁんがそれを知ってるんだよ。ドスって程のもんじゃねえ。ご隠居に新しい剃刀を貰って……」
八「……。は、ははは、ははは……」
熊「な、なんだよ八っつぁん。返せよ」
八「俺は、俺は、……。もう、たくさんなんだよ……」
熊「な、何してるんだよ八っつぁん!!やめろ!!」
八「安心しろ、どうせ夢だ」
Lonely walking in the Sky with Diamonds 蜜売家一門 @mayakuMenschenhandel
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