『霹夢の蹇』

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、傍観者の野次馬どもめ!通りすがりこそ野次馬の本懐!!これから学校だろうがこれから出勤だろうが時間の許す者はその限り楽しむといい!!さあさあお立ち会いお立ち会い(笑)お前らの目には何が見えている?聞いて驚け見て驚け、俺が殺した人間だ!!人間っていうのは見掛けよりもすこーし頑丈に出来てるんだ、想像するよりも骨があって仕留めるには骨がいる……なんてなはははははは、その目にしかと焼き付けよ!今日のワイドショーも雑談の話題も俺のことで溢れるがいいさ!!記念撮影でもSNSで拡散でもなんでもござれ!!これが!!刺された!!人間だ!!!!!」

「……ってな具合にさ、僕を刺したあと、お前が大声でこう喚いて、で、僕は、衆人監視の中で倒れ死んでるっていう、そういう夢を見たんだよ」

「またそれは……俺に怨みでもあるのか……?」

「いや、多分、僕が殺される夢の中でたまたま、日比野が殺人鬼役になってしまったってだけだと思うんだけど」

「うーん……いや、お前が『俺に殺される夢を見た』って言うの最近多すぎるだろ」

「それがなぁ、なんかそんな夢ばっかり見るんだよ……ここ最近寝ても寝てもこんな悪夢ばっかり見るし、身体が休まってる気がしない」

「そうか……なんか、そういう病気って調べれば出てきそうだよな」

「えー、でも病気なのかなぁ?これで病院行って『気の所為です』とか言われたらなんか、大袈裟に騒いでるの恥ずかしいだろ」

「病気を『気の所為です』で済ませる方が悪いんだよ。だってよ、お前は夢の中でしっかり意識を持っているんだろ?で、起きてもそれを覚えてる。普通のことではないだろ」

「でもまあ明晰夢ってあるじゃん?あれを見やすくなっただけ……みたいな……」

「まあ確かに悪夢をよく見るってだけで病気になるのかは分からないけど……でもよかったよ。こういう悪夢のこと深刻に悩んでなさそうで」

「……!!はぁ…………そうだよ、まさにそういう悪夢だよ……どうしたかな……最近、こんな夢ばっかり見るな……」

「あらやっと起きたの?今日の予定は?」

「母さん……今日は、特に何も……それに、ちょっと体調も悪いかな……」

「そんな家に閉じこもって陽の光も浴びてないから体調も崩すでしょう。少し散歩にでも行ったら?そうだ!!お使いしてきてちょうだい。ちょうど卵と牛乳が切れちゃったのよ」

「あーそう。じゃあ、食卓のところにお金置いといて。後で行くから」

「あーごめんごめん。今日はお母さん細かいの持ってないのよ。今度返すから、今日は自分のお小遣いで行ってちょうだい」

「前もそうだったじゃん……僕いまアルバイトできてないし、僕もあんまり手持ちないんだけど」

「あら、そう……。……やっぱり、食い扶持っていうのは少ない方がいいかしら……」

「まっ、待って。殺す、つもり?」

「なっ、何を真に受けてるのよ、冗談冗談」

「あんまりよくない冗談だと思う、冗談ならもうちょっと笑える冗談を言ってよ……」

「笑えることだけが冗談かなぁ!?」

「日比野!?な……なんで日比野、ここに居んだよ」

「サプラーーーーーイズ!!」

「……驚きはしたけど、だから、だからなんでここに」

「緊張と緩和っていうのはエンターテインメントの基礎なんだよ。ずっと俺が絡んだ悪夢ばっか見てんのもそのうち飽きるだろ?だから『日常』パートを挟むのさ」

「なんで悪夢にお前が出て来るのは前提なんだよ」

「夢診断によると夢の中に出て来る同性の友人は自分の内面を表す鏡と言われていて……」

「そういうスピリチュアルなこと聞いてるんじゃないんだよ。僕は、どうやったら起きられるんだよ」

「起きられるまで時間潰してればいいんじゃないかな」

「なんだよ夢の中で時間潰しって……何なんだよ……!!これは夢なんだよなぁ?……」

「夢だよ?夢に決まってるじゃないか。だから安心して怖がってればいいんだよ」

「……矛盾」

「さあ、……どうする?今回はどうされたい?」

「さっさと……さっさと夢から覚めたいんだよ!!なんかお前に殺されると起きられるだろ?早く、早く、一思いに!!さっさと!!」

「夢から醒めてもまた夢なら起きるまで楽しめばいいのになぁ。エンターテインメントにしちゃえばいいのになぁ。今回はどうしようか……さっきそのまま母親に……っていうのもまた一興だったかもしれないけど、今回は手っ取り早く」

「……!!……はぁ……夢だよなぁ。今日は……今のところ、2連続、悪夢。はーぁ……一体何なんだこれは。今は?夢か?んーと……母さんに買い物頼まれて、ん?でも日比野とは会って……うーん……手首でも切ってみるかぁ。……痛って。あー痛ってぇあーあー血出てる……あ、ってことは、今、夢じゃな、……あ?」

「よ、おはようッ!!」

「…………夢かよ」

「まあそういうことよ。お前なにそんな物騒なもん持ってるんだよ。夢か確かめるなら頬をつねるくらいにしておけ?てかさ、つまらなくなってきたんだろ?俺に刺されてはいおしまいって、飽きたんだろ?だからさ、悪夢の場面ってのにもレパートリー、欲しくないか?」

「要らない」

「なーに遠慮するな、お前はどうせ夢に居るんだよ。夢から醒めるまではエンターテインメント!!」

「お前、現実でそんなにやかましかったか……?」

「現実じゃねえから人が違って当たり前だろ。そうだな……今回は言い立てでもしてみるか?なんだよその顔。たまにはこういうのもいいだろ?はは、シチュエーションプレイだよ、マンネリ解消にはうってつけだろ?」

「夢にマンネリ化とかあるのかよ」

「おい、旅人。ここを知って通ったか、知らずに通ったか。明けの元朝から暮れの晦日まで、俺の頭の縄張りだ。知って通れば命は無し、知らずに通れば命は助けてやるがその代わり、身ぐるみ脱いで置いて行け。嫌じゃ何じゃと抜かせば最後の助、伊達には差さぬ二尺八寸段平物をうぬが土手っ腹にお見舞い申す」

「身ぐるみ脱ぐ。勘弁しろ」

「はー釣れねえなぁ。雑にサゲるなよ。こっちは今すぐにでもお前を斬ることも刺すこともできるんだ。命乞いの一つでもやってくれよ付き合い悪いなぁ」

「いやもう、さっさとしてくれ。もっとこう、簡略化してくれ、夢が長引くのは嫌だ……」

「ほーん、命乞いならぬ殺し乞いか。またそれも面白いけど……今お前は夢の中に居るんだよ。やろうと思えばお前次第でなんでも出来るはずだろ?」

「もうこりごりなんだよ!!」

「そうか?俺はお前の退屈な夢の中にグレイトでクールなエンターテインメントを!!」

「だからそういうなんかアツいのがうるさいんだよ!!」

「そうかぁ……お前はノーマルなんだな……」

「夢の過ごし方にノーマルとかあるのか……」

「仕方ないな。今回はお望み通り、一発で」

「……あ、またこういう夢かぁ……もう何なんだ、何回醒めても同じような場所だし……一体目が覚めてどこにいたら正解なんだ?……そうか、毎度毎度同じような場所で起きて、で、ぼーっとしてるうちに日比野がやって来て、エンターテインメントがどうのとか喚くから……そうだな、日比野に会わないうちにちょっと、場所を変えてみるか……?……ん?……あれ、うご、けない……?やっぱり、この場所が、固定なのか……?」

「もっとよく見てみろよ!!」

「ひッ……日比野……な、なんだよ、何したんだよ」

「胴切りだよ〜!鈴ヶ森からの胴切り!!はは、物騒だなぁ」

「胴切りって……っ!!ぁぁぁああ!!上半身しか、ない……」

「お前まだ夢から覚めてないからな。胴体真っ二つにされたらさすがに衝撃がデカいみたいで、意識失ったからさすがにやりすぎたかなぁと思ったら、はは。まだ同じ夢の中だ」

「お願いだからもう……頼むよ……起きさせてくれ……」

「なんでだよ。俺はお前の退屈な夢にサプラーイズを……」

「うるさいんだよ!!はやく、早くその段平物だかなんだかで首でも叩っ斬ってくれ!!頼むから……起きたいんだよ……」

「上半身しかないから土下座も出来ねえでやんの!……いや、いやーこれはサプラーイズ……!!下半身はちゃんと正座してるのか!!上と下合わせたらちゃんと土下座してるんだな、いいなそういう無様なの好きだよ!!お望み通り!!た〜がや〜!!!!」

「……。ああ……」

「まーた寝てたのかお前は。さすがに寝てるお前置いといて俺が飯食ってるって勿体ないだろ?だから俺はお前が起きるまで待ってやってたんだぜ」

「おう……先食ってて良かったのに」

「いやいやいや。申し訳無い気持ちで飯食うのは嫌だろ。お前もなぁ、寝る子は育つとは言うが、大学生にもなって寝てばっかいても育つのは横幅だけだぞ。まあ、これから飯食って、正当に横幅増やすんだけどな?」

「そ……そんなこと言ってもな……眠いものは眠いから」

「まあ気持ちはわかる。なんかなーやることに追われてると急に眠くなったりするよなー。試験前とか、レポートの締切とか。ほら早く頼みに行くぞ」

「いいんだよ、『日常』パートをやらなくて」

「は?」

「次はどんなサプラーイズなんだ?」

「えっと、どうした?」

「なら今度は僕からサプラーイズ!!」

「あ」

「はぁ……。ふーんてめえがずっと僕を刺してた感触ってのはこんな感覚だったのか!まあ、どうせ夢から醒めてはお前に会うんだ、次の夢のエンターテインメントでも考えておけよ………。……んだよ……おい、どうしたんだよ。なんか文句でもあんのか?不意打ちで仕返しされるのもサプラーイズ!!だろ!?僕なりの!!エンターテインメントだよ!!………………みんな血相を変えて、どうしたんだよ……?人殺し人殺しって、……それは、こいつのことだろ?僕は数え切れないほど同じことされてるんだ、それに対して僕はまだ1回目!!何が悪い?これは僕の夢なんだよ、僕が僕の夢でやることをなんでてめえらに指図されんだよ!!……ああもううるさいな……何なんだよ……、うるさいなうるさいなうるさいな!!……まあ、これも……、夢、だもんなぁ……!?」

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