ハナハミ
2121
ハナハミ
「こんにちはー!」
快活な声が開け放った式場に響き渡る。爽やかな風と共に入ってきた声の主は、両腕にたくさんの花を抱えていた。
「こんにちは、
ここは結婚式場。彼はフラワーショップ日向の店員で、これから会場を花で飾ってもらう。
花男くんと呼ぶ彼は人間ではない。
一際目を引くのはその頭だった。彼には頭と呼べる部分がない。代わりに白いシャツから覗く首から色とりどりの花が花束のように咲いていた。
彼は“花の人”と呼ばれる種族であり、同じ種族は日本にはもう二人しかいないらしい。
見た目は異様だが、性格は明るいいい子なので今では馴染んでいる。
私、奥山いろはは装花担当に当たっていて、花男くんと指示書通りに花を飾っていく。
今日は誰かの結婚式ではなく、披露宴会場で料理の試食会が行われる。結婚式は料理の味も大事だから、今日は料理にスポットを当てたイベントなのだ。
試食会なので、装花はいつものような早朝ではない。装花を終える頃には、バイキング形式のデザートも用意が終わりかけていた。うちの式場は料理はもちろんデザートにも自信がある。
「可愛いケーキですね。クッキーも美味しそう」
花男くんがバイキングの一口サイズのケーキを見て言った。
「今年のテーマは花だから、季節の花をモチーフにしたデザートなんだ。食用花をあしらったデザートもあって……」
一口サイズのレアチーズケーキの上に寒天で紫色のランの花の閉じ込められている。そのケーキについて説明しようとしたけれど、言葉を止めた。
“花の人”は希少な種族で、花や体は万病に効く薬になるという言い伝えがあると聞く。そのせいで凄惨な事件が起こり、海外では絶滅の危機に瀕しているのだとも。
このデザートはもしかして、同族を食べられているような状態なのではなかろうか……?
「食用花、いいですねぇ! 市場でもよく見かけます」
人知れず考え込んでいたのに、本人にあっけらかんとそう言われたものだから、拍子抜けしてしまった。
「市場にあるんだ」
花男くんは、花についてとても詳しい。食用花のことなんてもちろん知っているだろうけれど、そんなに明るく言ってしまうとは思わなかった。
「嫌な感じは、しない?」
「花は咲いてしまえば、あとは枯れてしまうだけのもの。ゴミとして燃やされるくらいならば、いっそ人が食べて栄養になるのも一つの素敵な花の終わりだと思います。人が花の美しさを“食べたい”と思う気持ち自体を、僕は否定しませんよ。
それに店長も家でよくブロッコリーとかアスパラとか菜の花を食べていますからね。野菜としても成り立っている以上、受け入れるしかありませんしもう慣れました」
きっと顔があれば、苦笑いでも浮かべているような物言いで彼は笑った。
「それともいろはさんは、僕を食べたいとでも思っているんですか?」
彼が小首を傾げると、ガーベラが揺れる。
そんなこと、今まで考えたことが無かった。
花男くんの花は、いつも綺麗で可愛くて、装花の花よりもイキイキとしていて……。
「た、食べてもいいのなら……?」
気付けば、そんなことを口にしていた。
「え」
「へ?」
一歩、二歩と、花男くんは後退る。
これは、明らかに身の危険を感じている動きだ。
「……帰ります」
「ねぇ、待って!? 多分誤解があると思うんだけど!!」
「いろはさんはこれでも食べてて下さい!」
花男くんは私の口にレアチーズケーキを押し込んで踵を返しそそくさと帰っていってしまった。
「……お前何食ってんの?」
「これには深い訳がありましてですね」
通りがかった同期の桐山が、立ち尽くした私に怪訝そうな視線を向けている。
「一部始終見てたけど、さすがにどうかと思うぞ」
「見てたんじゃん。私もさすがに返しを間違えたなと思ったよ。恐がらせてしまったな」
もぐもぐと口の中のものを味わっていると、部長が通りがかる。
部長の視線は、大皿の一欠片無くなったチーズケーキを見て、次にもぐもぐと口を動かす私に注がれる。
「奥山、お客様に出すものを食うんじゃない!」
「すいません!!」
瞬間、怒号が飛んで私はびくりと肩を震わせ、反射的に謝って目を瞑る。
恐る恐る目を開けると、部長は怒っているのかと思いきや、心底呆れたとでも言うような顔をしていた。
「けどこれには、訳がありましてですね……!?」
「どうせお前がいらんこと言ったんだろう」
「そうなんですけど……!」
「さすがに一個減ってる状態じゃ最初に来たお客様に不振がられるからな……どうすべきか」
「一列食べれば良くないですか? いただき」
「あっ先輩!」
こちらの様子を窺っていたのだろう。突然現れたミキ先輩はレアチーズケーキをぱくりと口に入れてしまった。
「お前は……!」
「部長もどうぞ?」
レアチーズケーキを目の前に差し出され、怒る気持ちも失せたらしい。盛大にため息を吐いて、部長もチーズケーキを受け取って食べてしまった。
「あーくそ……美味いな」
「それはもう、うちの式場の専属パティシエ自信作なので?」
「今後は気を付けるように」
そうして部長は受付の方へと去っていく。
桐山もチーズケーキを食べれば、一列分を誤魔化すノルマはあと二個になった。
「花男くんに謝らなきゃな……」
「大丈夫でしょ。彼も冗談だって分かってるだろうし」
「一列分食べればいい、なんて大胆なことするとは思いませんでした」
「あんまり食べる機会無いから食べたかったんだよね」
そうしてチーズケーキはもう一切れミキ先輩の口に吸い込まれてしまうのだった
ハナハミ 2121 @kanata2121
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます