「君を呼ぶ」

小箱エイト

「君を呼ぶ」

君がいなくなって半年が過ぎた。

家の電話はいつも呼び出し音だけ。

永遠にそれが続きそうで、 

10回鳴らして切ることが習慣になってしまった。

携帯電話が嫌いな君を恨めしく思ったところで、

たいして変わりはなかったかもしれないね。


職場も入院先も、とうに君は離れて、

いったい何処にいるんだい。

お隣さんも、首を横にふるだけだったけど、

もうひとりの友達も、途方にくれているけれど、

僕はまだ 術(すべ)を探っているんだよ。


家の表札はそのままに、

たまっていた新聞はいつのまにか片付けられて、

空っぽになったポストが、カタッと揺れたような気がして、

風の仕業だったとわかると、急に寂しさに襲われる。

玄関の扉も、カーテンで覆われた窓も、

キッチリと閉ざされて、家じゅうが無言を貫いている。

あきらめきれずに、またもどって、

呼び鈴を押してみるけれど、 

カチッてボタンが、ぎこちなくへこむだけ。


友達の友達からはじまって、 

偶然、君が越してきたのは一昨年(おととし)のことだったかな。

古い一軒家に一人住まいの君は、

時々秘密めいた表情に戻ったね。


毎朝定時に、僕の家を通り過ぎて行った君。

目覚めて間もない歩道の上を、靴音を響かせて、

君はさっそうと胸を張り、バス亭へと向かうんだ。

僕が窓を開けると、

さっと手をかざして、行ってきます、のポーズをとる。

涼しげな目元が揺れたね。 

そんな君が眩しくて、頼もしくて、誇らしかった。


スーパーの帰り道、偶然逢って一緒に歩いている途中、

なぜか、うまくいかない恋の話になってしまって、

君の家が見えても、僕の昂ぶりはおさまらなかった。

君は気にせずそのまま通り越して、 

僕の家も通り越して、まわり道を二周したね。

両手がふさがって、涙をふくことができない僕と、

ずっと一緒に歩いてくれて、

電柱の灯りがついて、お互い慌てて家に戻ったね。


いつでも会えると思っていたから、

いまだってそう思っているけれど。


陽が落ちてから、君の家の前に立って電話をかける。

窓に明かりは灯らず、

表札はそのままで、

ポストは空っぽで、

呼び鈴のボタンは鈍く、

玄関の扉は閉ざしたまま、

呼び出し音10回でやっぱり切る。


もしかして君は何かと闘っているのかい。

もうしばらく時間がかかるのかい。

僕はこのとおり、いつでもここにいるから、 

君を待ち続けてもあぐねることはないよ。


新しく出来たパン屋には、

君の好きそうなフライボールがあったよ。

君がよく飲んでいたバーボンソーダ、

僕も飲めるようになったんだよ。


たわいのないことでいい、話をしよう。

君の声が聴きたいから、 

呼び出し音は10回までと決めているんだ。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「君を呼ぶ」 小箱エイト @sakusaku-go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ