最終話 彼女はやっぱりクリスチャン(仮)

 新学期が始まっても、僕らのお付き合いは順調に続いた。

 休みは毎週のようにデートに行ったり。

 あるいは、お互いの家に遊びに行ったり。

 お互いに勉強を教え合ったり。


 そんな日々が続いて、気がつけば、3学期の終業式が終わっていた。


「4月からはクラス、別なんだよね……」

「仕方ないよ。光君は理系コース、私は文系コースだから」


 うちの高校では、3年生で理系と文系コースに分かれることになっている。

 理系研究者を暫定的に目指す僕は、当然ながら理系コースを。

 世界の諸宗教について調べてみたいらしい彼女は文系コースに。


「でも、雪ちゃんなら理系コースでも全然行けると思うんだけど」

「それはそうなんだけど。宗教学は文系の学問だし」

「もう、クリスチャン(仮)ですらないよね。それ」


 宗教学は、各地や各時代の宗教を横断的に研究する学問だ。

 その中にはキリスト教も含まれるけど、あくまで一つでしかない。

 だいたい、各宗教を相対的に比較しようという学問だ。

 言い換えれば、各宗教に対して一歩引いた目線が必要とも言える。


「ということにしとかないと困るし。それに、聖書の教えは私の役に立ってるよ」

「えーえー。まあ、雪ちゃんは役に立ててるでしょうとも」


 良い風に言えば、教えを柔軟に解釈。

 悪く言えば、自分の信条に合う教えだけをつまみ食いしている。

 それが、雪ちゃんの態度に対する率直な印象。

 とはいえ、それを実践出来てるところは、やっぱり凄いのだけど。


「あ、でも。私には隣人愛りんじんあいはないからね?光君愛だけ」


 急に甘えた調子になって、肩を寄せてくる雪ちゃん。

 付き合って実感したのだけど、彼女は独占欲が強くて、嫉妬深くて、

 そして、とても甘えたがりだ。


「いやいや、今でも困ってる人が居たら誰でも助けるのは、十分隣人愛だと思う」

「そうかなー。人として当然のことをしてるだけだと思うんだけど」


 そういう部分が一部男子を勘違いさせる要因なんだろうけど。

 僕と付き合ってからも、雪ちゃんの親切ないしおせっかいは続いた。

 受験を控えてノイローゼ気味になった子の話を長々と聞いてあげたり。

 (なお、相手が男子だったので、僕も同伴した)

 身近に困っている相手を助けることに一切の躊躇がない。

 (仮)だと嘯いてはいるものの、そういうところは博愛主義だな、なんて思う。

 

「まあ、そういうところも好きになったんだけど」

「あ、そういえば!」

「どうしたの?」

「私、まだ光君から、私のどこを好きになったのか、聞いてない!」

「あ、あー。そんなこともあったっけ」


 まずい。これは、言わなきゃいけない流れだ。


「逃げようとしても駄目。言ってほしいんだけど?」


 じーっと、逃さないとばかりに見つめられる。


「わかったよ。まずは……茶目っ気があって、可愛いところかな」

「そうなんだ。そんなに、可愛い?」

「うん。それに、色々からかわれたのも、恥ずかしかったけど、嬉しかったな」

「あれは気を引こうとしてたんだけど、ちゃんと伝わってたんだ」

「さすがにね。あとは……やっぱり、枠にとらわれないところ、かな」


 たぶん、一見些細で、でも、僕にとっては重要なところ。


「枠?クリスチャンなのに神を信じてないところとか?」

「それもあるけど……仏教でも道教でも、科学でも。なんでも」


 良いと認めた部分は吸収し、自分の血肉としているようなところがある。

 口だけじゃなくて、ちゃんと実践してるところも、真似出来ないと思った。


「それは、光君にも言えると思うんだけど……でも、私達、似た者同士なのかも」

「似た者同士、かな?」

「だって、光君だって、全然、枠にとらわれてないように見えるよ。逆に、そんなだから、女の子に勘違いされたりするんだろうけど」

「だって、困ってる人に男も女もないでしょ」

「だから、そーいうところ。いい点でもあるんだけど」


 そんな事を話しながら、僕らはいつも通りに仲良く下校したのだった。


 クリスチャン(仮)な彼女は、今日も僕に新しい顔を見せてくれる。

 

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クラスの聖女様に「君は神様を信じる?」と聞かれたけど僕は無神論者 久野真一 @kuno1234

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