第15話 ただ説き伏せる彼女

 その翌日の朝。僕は、


「ちょっと休み時間に話があるんだけど。風間さんと僕が」


 時折話す仲である、山崎雅美やまざきまさみさんに、

 少し強い口調で言う。


「話って……?何、光君?相談?」


 そう言う声は震えていた。

 たぶん、裏サイトの事だと直感したのだろう。


「裏サイトに書かれていた悪口の件」

「なに?センコーに告げ口するつもり?」

「しないよ。大人しく話を聞いてくれるなら」


 言ってて、思いっきり悪人の台詞だなと思った。


「わかった、わよ。行けばいいんでしょ。行けば」

「そう言ってくれて助かる。じゃあ、次の休み時間に」


 それだけ言って、雪ちゃんの元に足を運んで、


「話し合いには応じてくれるみたい」

「ありがと、動機だけでも聞けるといいんだけど……」

「また、ずれたことを言うんだから」


 昨日の怒りはもう収まっているらしく、今は「何故」を知りたいだけらしい。

 つくづく、超然としてるなと思う。


「"智恵ある者に怒りなし。もし吹く風荒くとも、心の中に波たたず。怒りに怒りをもって報いるは、愚か者のしわざなり"」

「それも聖書の言葉?」

「ううん。ブッダが言ったっていう言葉」

「つまり、怒りに怒りをぶつけてもどうしようもないってことだよね」

「そうそう。最近は出来るだけ、実践しているつもり」

「仏教の教えまで混ぜたら、もう全然クリスチャンじゃないね」

「言ったでしょ。クリスチャン(仮)なんだって」


 初詣の時に、弟君が言った「彼女は変人」という言葉の意味を実感する。

 たぶん、普通の高校生でそうそう居るタイプじゃないだろう。


 変な子に惚れちゃったなあ、と思うけど、まあ仕方ないか。


 次の休み時間。僕と山崎さん、それと雪ちゃんは空き教室で対峙していた。


「で、何なの?恨み言でも何でも聞くわよ。趣味が悪い事くらいは自覚してるし」


 意外にも、山崎さんは、そんな言葉を告げたのだった。

 ぶちのめしたいと思った相手だけど、悪い事を言った自覚があるなら、

 そして、この潔さがあるのなら、そう悪い人じゃないのかもしれない。

 ビッチ呼ばわりとか諸々含めて、僕としては許せそうにないんだけど。


「まず、ビッチ呼ばわりは訂正して欲しいかな」


 そこ。そこなの?雪ちゃん。


「訂正って……。男子たちにいい顔してるのは事実でしょうに」

「いい顔って……まあ、いっか。で、私が他の誰かと付き合ってるのでも見たの?」

「見たって……見たことはないけど」

「じゃあ、なんで、憶測で物を言うの?」

「授業ついてけない子に、放課後付き添ってたりとか。で、告白されたらお断り」

「善意で面倒見ただけなんだけど。それで、私に責任を押し付けられて困るよ」

「善意って……それだけで、接点の無い子にあんな丁寧に接することが出来るの?」

「教えるのって、自分のためにもなるんだよね。それくらいの事が凄いの?」


 雪ちゃんの圧が物凄い。完全に山崎さんが気圧されている。

 それでいて、声を荒らげない辺り、両親を論破してきたというのも納得だ。

 その後も、延々、雪ちゃんによる逆問い詰めが続いて、ついに相手も。


「……わかったわよ。ビッチは訂正するわよ」


 しぶしぶ、というか、疲れた様子でそう言ったのだった。


「それならいいよ。でも、結局、なんであんな書き込みをしたの?」


 雪ちゃん。既に、相手の精神力が消耗してるところに、それは良くないと思う。


「なんで?それを、あなたが言う?」


 何かが癪に触ったらしく、相手がワナワナと震えている。


「私、被害者だし。それくらい言ってもいいと思うんだけど」

「私の光君を奪ったくせに!」


 その声に一瞬、場がしーんとなった。


「え?」

「え?」


 僕も雪ちゃんも一瞬、何がなにやらという表情。

 わけがわからない。


「えーと、僕は、山崎さんと付き合ったことはないと思うんだけど」


 一体、何を言ってるんだろう。


「だって、だって。いつも、私にだけ親切にしてくれるじゃない?」

「たとえば?」


 特別、彼女に親切にした記憶がないのだけど。


「私が掃除当番で残ってた時に、手伝ってくれたり」

「そりゃ、もう一人が逃げてたからね。気の毒に思っただけ」

「私が体育で怪我をしてたときに、保健室に連れて行ってくれたじゃない」

「そりゃ、目の前に怪我人が居たら、それくらいするでしょ、普通」

「じゃ、じゃあ……!前にデートしたときは」

「デート?応急処置のお礼をしたいって言ってたし。断るのも失礼かなって」

「光君?普通の女子は、そんなお礼で男子をデートに誘わないと思うんだけど?」

「ええ?だって……」


 雪ちゃんの目が怖い。

 それからも色々例を挙げられるのだけど。

 しかし、どれも僕としては当然の振る舞いをしてただけなんだけど。


「とにかく。僕なりに誠意を持って接してたつもりだけど。誤解させてごめん」


 何はともあれ、誤解を招いたのは事実。

 ただ、ムカついてるのは事実なので、嫌味を込めての「ごめん」だ。


「もう、いいわよ。一人で勝手に勘違いしてたのが馬鹿みたい」

「気を落とさないでよ。きっと、僕なんかよりいい人が見つかるって」


 ということで、僕と雪ちゃんをめぐる、いざこざは幕を閉じたのだった。


「光君ってさ。私に超然としてるって言うけど。あなたも大概だと思う」

「そうかな。あれは実際ムカついてたんだけど」

「あの子が勘違いしてたのを一から十まで説明してたの、あれ、泣きかけてたよ」

「でも、誤解を放置するのも良くないでしょ」

「光君もどこか頭のネジが外れてるよね。今、はっきり理解出来たよ」


 そんな事を言われてしまった僕は困惑しかない。


「それは、不本意なんだけどな」

「でも、そんなところも光君の一面なんだね。よくわかったよ」


 そう、どこか笑顔で言われたのが印象に残ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る