第14話 少しだけ気にしていた彼女

「で、雪ちゃん。今日はなんで、黙想してるの?」


 教室に踏み込んで声をかけると、彼女はゆっくり振り向いた。


「自分自身の未熟さを反省してたところ」

「未熟さ?」

「そう。あんな中傷、スルーするのが正解だって。わかってるのに」


 そう言う彼女の瞳は怒りで燃え上がっているように見える。


「朝は平気そうな顔してたけど、やっぱり気にしてたんだね」

「他のは別にいいんだけど……「ビッチ」はムカついた」

「またピンポイントな。他のところはいいの?」

「美人なのを鼻にかけて……も不服だけど。気にしても仕方ないから」


 そう言って、再び黙想に戻る雪ちゃん。


「また黙想?無理に怒りを抑えなくてもいいと思うけど」

「特定しようがないから。割り切るしかないよ」


 淡々と続ける雪ちゃんだけど、声は割り切れていないように見えた。


「もし、ビッチ言った相手を特定できるとしたら、どうする?」


 僕だけが怒っても仕方ないけど、彼女ももし何かを望むなら……。

 そう思って、聞いたのだけど。


「私は、どうしたいのかな?」

「いや、君の気持ちだから、聞いてるんだけど。ぶちのめしたくない?」

「別にぶちのめしたくはならないよ。不毛だよ、とくらいは言ってあげたいけど」


 彼女の声は至って驚く程平静で、掛け値無しの本音を語っているように見えた。


「"誰かがあなたの右の頬を打つなら,左の頬をも向けなさい。"の精神?」


 聖書中にある、マタイの福音書にある有名な一節だ。

 様々な解釈があるけど、悪人に悪いことをされても、その悪人に対しても

 愛をもって接しなさい、という意味で解釈されることが多い。


「私はそこまで博愛主義者じゃないよ。その誰かさんを愛するのは無理」

「なら、なんで……」

「言って変わる相手なら書き込まないでしょ?スルーするのが最善手」

「そこはやっぱり達観してるよね」

「そうかな?でも、なんで、こんな事書いたのかなっていうのは興味があるよ」

「興味があるっていうのは?」

「なんでこんな事書くのかなって気持ちを知りたい。ただ、それだけ」

「実は、その相手に心当たりがあるんだけど、どうする?」


 そう言って、雪ちゃんの様子を窺う。 


「ちょっと、話してみたいかな」


 返ってきたのは、ただそれだけの答え。

 

 その言葉に、やっぱり彼女の価値感の独特さを実感した僕だった。


 さて、僕がぶちのめす選択はなくなったのだけど。

 彼女が話してみたいというのだから、場所はセッティングしなきゃなあ。

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