第42話 僕と幼馴染の親友で話をする
〇
僕が日立さんの家を飛び出して、自転車に跨って神社へと急ごうとする。そのとき、
「あっ、あのっ、高浜さんっ」
僕らの家の前にいる小木津さんが、制服姿のまま夏の陽射しに当てられていた。
「小木津さん……」
その呼び止める声で、僕は自転車を止め、片足を地面に着けて彼女と向かい合う。
「……その、茉優は、今」
「日立さんなら、今は家にいないよ。……多分、今頃神社にいるんじゃないかなって思って、向かおうとしていたところ」
「……し、症状は、どこまで……?」
怯えるような口ぶりで、小木津さんは聞いてきた。
「……もう、僕のことも見えなくなりかけているみたいだね」
照り返しが厳しいアスファルトの道路を見下ろして、僕は淡々と答える。
「……そ、そんな……それじゃあ、茉優はっ」
「……多分、日立さん、家にある僕が映った写真を全部、神社に埋めに行っているんだと思う」
「……え? そっ、それって」
「そうすることで、恋忘の呪いが消えることを祈って。……でも、多分それ、うまくいかないんだ」
「どっ、どうしてっ」
「……僕も、同じことをやったから、だよ……」
僕の家に、日立さんを知ることができるものが何もないのは、きっとそのせいだ。そうじゃないと、説明がつかない。
僕が言った瞬間、小木津さんの目が見開いた。ゆっくりと天を見上げて、そして、
「……思い、出したんですね……」
震え切った声で返事をした。嬉しいような、悲しいような、そんな両極端の感情が混ざっているように思えた。
「……まあ、思い出した、というよりかは、僕が日立さんを忘れた理由を思い出したっていうのが正確だろうけど」
「……いえ、それだけでも十分です。……それだけでも、茉優は報われます」
僕は一度自転車から降りて、スタンドを下ろす。
「……日立さんが、報われる? って、どういうこと?」
小木津さんは、ゆっくりと僕の近くに歩み寄っては、カチャとかけている眼鏡の位置を直し、
「……茉優が、高浜さんを想い続けた一年が、報われるって意味です」
僕に告げた。
まだ言っている意味がよくわからない僕は、何も言わずに首を傾ける。それを見た小木津さんは、昔を懐かしむような口調で話を始めた。
「……私と茉優が出会ったのは、私たちが中学二年生の、八月のことだったんです」
それって、日立さんの日記からすれば、僕が完全に彼女のことを忘れてしまった時期なんじゃ……。
「……いつか言いましたよね。高浜さんに。世界が終わってしまったかのように、大泣きした日があった、って」
「……あったね」
「それが、私と茉優の出会いです。つまり、高浜さんと完全に入れ替わりで茉優に関わるようになったんですね」
な、なるほど……。だから、純粋に小木津さんのことは僕は知らなかったんだ。日立さんの親友、って言うなら、僕とも関わりはあっただろうし、それならその親友そのもののことは覚えているだろうし。
「……初めて会ったのは、中学校近くの公園でした。たまたま近くを散歩していたら、茉優の泣き声が聞こえて。……様子を見たら、文字通りです。……文字通り、地面に水たまりができていて」
……どれだけ泣けば、涙だけで地面に水を浮かせられるのだろうか。一リットル? 二リットル? 正確な量なんて知らない。けど。
日立さんの思いの丈を知るには、十分過ぎる話だ。
「そんな茉優を家まで送って、夏休みにあったちょっとびっくりしたこと、程度で終わるかなって思いました。……けど、それで終わるのだったら、茉優は公園で大泣きなんかしたりしない」
……確かに、もう一度、僕と関わり合いになろうなんて、思ったりもしないだろう。それで終わるのだったら。
「休み明け、茉優は隣のクラスの私のところに来て、わざわざ私に手作りのクッキーをお礼と一緒に渡したんです。ちょっと、はにかみながら。……大泣きしている姿しか見ていないので、こんな笑いかたするんだって……、こんな、人を癒すような、笑みを見せるんだって」
小木津さんは、見上げていた視線を下ろして、今度は自分の手のひらをじっと見つめ始める。
「……それが、私には眩しくて。暗い私とは、対照的だなって。そんな茉優を、あんなに大泣きさせた人って、どんな人なんだろうって、疑問にも思いました。……答えは、割とすぐにわかりましたけど」
「直接、聞いたの?」
「いえ。……茉優、週に必ず一回は、あの神社に寄って、お参りしていくんです。月に一回は絵馬も買って。……何をそんなにお願いしているんだろうって思って、絵馬の内容を覗いてみたら、高浜さんのことが書かれていて」
あの絵馬、中学生のときから続けていたんだ……。っていうことは、今までも含めるともう二年近くなる……のかな。
「その習慣を、茉優は決して崩さなかったんです。雪が降っても、雨が降っても、必ず。並大抵な想いじゃ、続かないですよ。……だから、高浜さんがこちらに帰ったと知ったとき、ふたりは結ばれるべきだって、私はっ……」
だんだんと、小木津さんの声が頼りない感じになってきた。いつものはっきりとした物言いが陰ってきて、言葉の端々が潤んできている。
「……だって、両想いなのは確実じゃないですかっ……。高浜さんは茉優に対して恋忘病を発症したっ。忘れる恋があったってことは、高浜さんは茉優のことが好きだったってことですっ。茉優だって、あんなに一途に幼馴染のことを、側にいなかった高浜さんのことを想い続けていたんですっ。二回目くらい、いい思いさせてあげてもいいじゃないですかっ……。なのに……それなのに……今度は茉優だなんて……そんなの、そんなのあんまりですっ……」
小木津さんの心情の吐露に、僕はかける言葉が見つからない。唇を噛み、落ちる雨雫は間違いなく足元に降っている。
「……高浜さん。高浜さんにとって、辛いことを言います。……けど、茉優のこと、思い出してあげてください……。無理なのはわかってます。でも。このまま、このままふたりが引き裂かれるのは見ていられませんっ……。せめて、せめて高浜さん……いえ。たっくんだけでも、ひっくんのことが好きな茉優を、覚えてあげていて欲しくてっ……」
「……後ろ、乗って」
そこまで聞いた僕は、再び自転車に乗って、後ろの荷台を彼女に指し示す。
「え……?」
「……それなら、日立さんを止めないと。日立さんと話せない今、日立さんが持っている写真がないと、思い出そうとすることもできない。……写真が埋められちゃう前に、神社に急がないと」
「でっ、でもっ、ふたり乗りはっ……」
「……神様と喧嘩しているんだ。おまわりさんに怒られることくらい、別にいいよ。ほらっ、早くっ」
「はっ、はいっ!」
荷台に小木津さんを乗せた僕は、人生初のふたり乗りをして、ひとり分だけ重たくなったペダルを踏み込み始めた。
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