第3章

第27話 幼馴染がまた神頼みしに行く(改稿済)

 体育祭が終わって、土日を挟んで、次の登校日。この日も例によって朝の目覚めは日立さんの100の起こしかただ。

 今日は寝ている僕のあごをくすぐるという方法。直接的なのである意味すぐに僕はベッドから起き上がった。


「あ、起きたー。おはようー、たっくん」

 相変わらず頬を緩めて優しい笑顔で僕を出迎える日立さん。

「おはよう……日立さん」

 夏服に移行になってから、こう目覚めにいきなり健康的な白い腕と柔和な笑みを見せられると、わかってはいてもドキッとしてしまう。


 季節が移ろうまでは、制服は冬服だったので、これがまあシングルヒットだったわけだけど、それにちょっと肌の露出が増える夏服になるとダブルヒット、みたいな。……制服において露出が増える、という形容が適切かどうかは知らないけど。


 僕がもぞもぞとベッドの上で伸びをしたりあくびをしたりしているうちに、日立さんは蝶が飛ぶような足取りのなか、

「それじゃ、私は先出ているねー」

 少し鼻のあたりを気にするような素振りを見せつつ、彼女はそう言って部屋から出て行った。


 例によって自転車で並んで登校して、途中で小木津さんと合流。近くなった定期テストの話など、取り留めのない話をして校門にたどり着き、僕らは別れた。


 そして、僕がひとり教室に入ると、

「お、高浜だ。おはよーっす」

 僕の姿を見つけた佐和君が、軽い表情で挨拶を交わしてきた。


「お、おはよう……」

 彼の姿を見るのは、体育祭で怪我したとき以来だろうか。佐和君はとても嬉しそうにニコニコしつつ、僕のもとに近づいては、フレンドリーに話しかける。


「聞いたぜー? 神立がコケてバトン落としそうになったのをうまく回収して、一位守り切ったんだってな。保健室でハアゲン貰ったときにリレーメンバーが言ってた。ありがとな。代わりに走って、ハアゲン獲ってくれて」

「……い、いや……別に僕は」


 光右以外とはあまり強い関わりはなかったから、こうやって話すとちょっとばかし緊張もしてしまう。答えに淀んだ僕は、もごもごと口を動かすけど、うまく言葉を発することができなかった。


「……そういえば、体育祭の借り物競走で高浜、一年生のなんかほわほわした女子に借りられていたけど、その子とはどういう関係なん?」

 そんな僕を見た佐和君は、ちょっとだけ口元を緩めてニヤリとさせ、体育祭でのことを興味津々といったふうに尋ねた。


「あっ、確かに。それ気になるわ」「高浜帰宅部なのに後輩に知り合いいるの気になる」

 それに同調したクラスメイトも何人かいて、僕がしどろもどろになってどう答えればいいか困っていると、


「あー、あいつは廻の隣の家に住んでいて、昔から仲が良いんだよ」

 すかさず光右がフォローに入って、僕の代わりに説明した。


「ってことは、幼馴染ってやつ? それで今も仲良いとか、うらやまかよー」

「そういうことになるよなー」

 光右は多少気まそうにしつつも、そう話を合わせる。


 ……光右も、無条件で日立さんを貶すつもりはないみたいだ。ただ、あまり長いところ彼女の話を続けたいわけではないようで、

「そういえば佐和、足の怪我はどうよ。大丈夫なのか?」

「んえ? ああ、軽いねんざで済んだよ。ちょっと安静にしてればまたすぐに部活の練習出ていいって話だから、大したことねえよ」

 と、何気ないように話題を逸らした。


 そうこうしているうちに、朝のホームルームが始まるチャイムが鳴り響き、それと同時に先生が教室に入って、僕の近くにできていた人だかりは蜘蛛の子を散らすように消えていった。


「……私とのこと、噂されちゃったんだね、たっくん」

 放課後。僕と日立さんは自転車に乗りながら話をしていた。僕が朝にあった出来事を話すと、ちょっと困ったふうにして、日立さんは眉をひそめてみせた。表情も少し冴えないし、あまり喜ばしいこととは思っていないのかもしれない。


「神立先輩はなんて言っているの?」

「……光右は、ただの幼馴染だって、言っている」

「そっか」


 僕がそう答えると、やや悲しそうに目を細めた日立さんは、しかしなんでもないと、首をブンブンと左右に振って、ぎゅっと唇を嚙みしめる。

「……あ、そうだ。またちょっと神社寄っていっていい?」


 ちょうど神社がすぐ近くに迫ってきたタイミングで、日立さんは横を向きながらそう言う。凛とした表情は横断歩道の手前で置いてきたようで、いつもの人懐っこい笑みを彼女は浮かべていた。


「う、うん……いいけど」

「定期テスト近いし、この間みたいに悲惨なことにならないように前もってお願いしておかないとねっ」

 は、はい……。そうだね。余裕があればそれなりに効果があるかもしれないね。

 歩道から折れ曲がって境内に入る。自転車を停めて、本殿の前にふたりして並んで立つ。


 古びた賽銭箱に、五円玉を一緒に放り投げた。日立さんは、思いつめるような、そんな真剣な顔つきで目をつむって両手を合わせている。

 ……こ、今度のテストも悪かったらお小遣い減っちゃったりするのかな……。


 彼女の性格なら、そんなことでも真面目に神様にお願いしそうだけど……。

 とりあえず、僕もテストが上手くいくように、と簡単に心のなかで呟いておいた。


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