第20話 幼馴染も変わらずいつもどおりに体育祭を迎える(改稿済)

 調子は相変わらずなまま、体育祭までのラスト一週間もぼちぼちといった感じに過ごした。少し変わった点を挙げるとしたら、校舎に「ハアゲン」の掛け声がもはや自然発生的に湧くようになるところ。


「ま、これが秋の学校祭になると、掛け声はハアゲンからロイドになるんだけどな」

 ……学祭は北海道銘菓になるんですね。生チョコレート……。


 体育祭前日の四時間目終わり、体育の授業から戻っている途中、光右はすれ違いに時折聞こえてくる「ハアゲン」の掛け声を聞いてそんな話をした。


「校長先生、ポケットマネー大丈夫なの……?」

「どうだか? いい給料は貰っているんじゃないのか? それに、高校卒業したらこの街を出る人がほとんどだって言うから、少しでも地元に残ってもらいたいっていうそういう試みかもよ?」


 事実、街に高校まではあっても、大学は存在しない。一番近い大学でも列車で一時間はかかる。かといって、有力な就職先が多いかと言われるとそういうわけでもない。進学するにしたって、就職するにしたって、札幌だったり旭川といった都市部に流出してしまうのが実情なんだ。


「……ハアゲンやロイドくらいで地元に残ってくれるなら安いもんだね」

「それはそうだな」

 ガサゴソと帰り途中、購買で買ったお弁当を覗きこみながら、光右は僕の先を歩く。


 すると、廊下の曲がり角で、ばったり見覚えのある女子生徒ふたりと鉢合わせになった。

「あ」


 その場に居合わせた四人全員が、全く同じ反応を示す。僕も、光右も、……日立さんも、小木津さんも。


 なかでも、光右と日立さんはとても気まずそうに目線を逸らしあっている。小木津さんは恐らく光右とは初対面なので、「ああこの人が例の」という顔を浮かべていた。


「い、行こうぜ廻。昼休みが終わっちまう」

 十秒くらい膠着状態を維持してから、光右は僕の右腕を取ってふたりの脇を縫うように通り抜けていく。

「えっ、あ、う、うん」


 さすがに鉢合わせただけで怒り散らすような理不尽はしなかったけど、多少バツが悪いみたいで、さっきまで軽かった足取りはやや強引で急ぐものに変わっていた。


 教室に入り、隣同士で席に座ると、

「はあ……まあ普通に過ごしていればああやって日立とバッタリ会うことはあるんだろうけど、正直今は気まずいからあんまり顔は見たくねえんだよな」


 ……ごめん、僕はほぼ毎日顔合わせている。今日に関しては布団の上からダイブするっていう、日立さん曰く一番激しい百の起こしかたのうちのひとつを食らった。あと何種類あるんだろう。


「……そういえば、光右と日立さんには関わりってあったの?」

 お昼の弁当箱を開きつつ、僕は隣の友達に尋ねる。


「いや、文字通り友達の友達だよ。ま、正確に言えば友達の幼馴染、だけどな。廻を介さないと関係なんて何もない」

「へ、へえ……そうなんだ……」

 まあ、それを知ったところで何かがわかるわけでもないんだけど……。


「それがどうかしたか?」

「いや、なんでもないよ……」

「日立も一応言うことは聞いているみたいだけど、そんな物分かりがいい奴でもないから、そのうち何かやらかすんじゃないかって思っているんだけど……あ、廻も気を許すなよ? マジで」


 ……ほんとごめん、気を許す許さないとかじゃなくて、普通に関わってます。そのうちではなくて、今やらかしてます。光右に言わせれば。


「う、うん……」

 なんだろう、あまりお弁当の味を感じないな。ご飯がただのもちもちしたものに成り下がってしまっている。エビフライも、ただサクサクした柔らかいものだし。


「明日の体育祭も終われば、少しは落ち着くだろうし、期末テストも近づくしな」

「……嫌なこと思い出させるね」


「どっちかって言うと俺のほうがテストは嫌だぜ? 赤点とか赤点とか」

「テストが好きな高校生なんてそうそういないと思うよ」


「それもそうだな。まずは、明日の体育祭、頑張っていこーぜ」

「……頑張る量が多いのは光右だと思うけど」

「まあまあ。何が起きるかわからないのがイベントだし。な?」


 割りばしに掴んだ唐揚げを高々と掲げた光右は、景気よく僕にそう宣言した。


 翌日。体育祭当日の朝。いつもよりちょっと早い時間に、それは訪れた。

 心地よく夢を見ながら僕は眠っているはずだった。いや、寝ている間のことなんて覚えているほうがどうかしているので、正しいかどうかはわからないけど。


 それはさて置いて。

 僕が目を覚ますきっかけとなったのは、いきなり夢のなかの僕が呼吸できなくなってしまったから。バタバタともがき苦しんだあげく、絶命したシーンまで覚えているから、夢って奴は性質が悪い。


 僕が死んでから少しして、僕は生き返った。……まあ要するに起きたんだけど、目の前には、


「あっ、たっくんおはよー」

 ニコニコと辺りから花柄のトーンが出ているのではないかってくらい柔和な笑みを浮かべた日立さんが、僕の鼻をつまんでいたんだ。


「お、おばよゔ」

「あははは、たっくん電車の車掌さんみたいー。変なのー」


 そりゃ、鼻つままれて喋ったら鼻声にもなりますよ。なるほど、それで息が止まる夢を見たのか……。心臓に悪い。


「……ちなみに、これは何番目の起こしかたかな」

「えっと、九十七番目だよー」

 了解しました……。


「で……もう学校のジャージ着ているんだね」

 ベッドに片膝をついて、体を僕のほうに乗り出している日立さんは、いつもの制服ではなく学校指定の桜色のジャージを身に纏っていた。一応、登下校は制服でって昨日言われたはずなんだけど……。


「うんっ。だって学校着いたらすぐ着替えるんだよね? それだったらもう着ていったほうが楽かなあって。この上にスカート履いちゃえば楽ちんでしょ?」

「……う、うん。そうだね。楽だろうね」

 どう答えても墓穴にしかならなそうなので、ひとまず同意の声をあげておく。


「んー? なんでそんな反応が鈍いの? あ。もしかして、スカートのなかにジャージ履くと下着見えないとか、そんなこと考えてた?」

「ぶっ……。だ、誰もそんなこと考えてないって……」


 まあスカートで自転車乗ると、何かの拍子に見えそうになることはあるけども。見たことないし。


「もう、たっくんってばエッチなんだからー」

「な、なんでそういうことになるの……? ええ……?」

 朝から鼻の息止められるし、勝手にエッチな人認定されるし……。


「あはは。冗談だよ冗談っ。たっくんはそういう人じゃないもんねっ」

 困惑した僕の反応を見て、日立さんは可笑しそうに口元を押さえつつ笑い、ベッドから降りた。


「ほらっ、そろそろ起きないとっ。それじゃ、私はもう出ちゃうからっ、またねー」


 嵐のように日立さんは部屋を後にする。残された僕は、とりあえずちゃんと学校の制服に着替えて、指定ジャージはカバンにしまってあることを確認して朝ご飯を食べにリビングに降りた。

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