第21話 幼馴染の親友が変化に対して目ざとすぎる(改稿済)

 いつもより軽い荷物を抱えて、僕は家を出た。変わらず日立さんは自転車を止めたまま家の前に立っている。

「あ、たっくん来た来たー」

 僕も自転車を押して日立さんのもとに近づくと、わざとらしく手をスカートの裾に向かわせて、隠すような素振りを見せる。


「いや、だからそういうつもりはないって……」

「えへへ、でも、もしかしたら私が一回家に帰ったときにジャージ脱いだかもしれないってこともあるかもしれないよ?」

「……学校行こうか」


 しばらく押し黙った後、僕は力なく自転車のサドルに跨った。

「うん、そうだねっ」

 それから自転車で並んで登校し、途中で小木津さんと合流する。小木津さんは、日立さんの姿を見るなりすぐに、

「……茉優、ちょっと太った?」

 と違和感を口にするあたり、さすが親友と言ったところだろうか。ちょっとした変化にも気づいてしまうようだ。


「特に、なんかウエストが大きくなっている気が……」

「ちょっ、ちょっと陽菜乃ちゃん、何言っているの、そんなことないよそんなことっ。下にジャージ履いているだけだよ」

「……なんだ、私はてっきり茉優がお菓子を食べすぎて太ったのかとばっかり」


「わ、私を何だと思っているの? 陽菜乃ちゃん」

「デザートを少し我慢しなきゃって言った一分後にパフェ食べちゃうような子」

「も、もー。陽菜乃ちゃんの意地悪―」


 恥ずかしくなってしまった日立さんは、自転車を押す手とは反対の手で小木津さんの肩をポカポカと優しく叩く。

 ……ああ、なんか小木津さんの幸福指数が上昇しているのがわかるよ。すごいほっこりとした表情しているし。


「どっ、どうして陽菜乃ちゃん叩かれているのに嬉しそうな顔しているの? ま、まさか陽菜乃ちゃんって」

「そんなはずないわ。ちょっと表情筋が緩んだだけ」

 ……切り替えも早いことで。そういうところもさすが小木津さんか。


 周りを歩く生徒も、イベントで浮ついていたり、はたまたハアゲンへの意欲を高めていたりしている雰囲気のなか、僕ら三人はリラックスしたムードで、朝の雑談をしていた。


 体育祭は朝のホームルームだけ教室で行い、あとは一日中グラウンドだ。

 六月の中旬とは言え、やはり外に出ると暑い。東京ほど湿度は高くないので、嫌な暑さではないけど、それでも暑いものは暑い。


 ほどほどに熱せられたグラウンドの砂の上に敷かれたビニールシートは、さほど断熱効果は強くないみたいで、お尻は長い間座っているとそれなりに痛くなってきそうだ。


 開会式が終わると、すぐに競技が始まる。忙しなく生徒たちが移動を始めたり、応援のために持ち込んだうちわだったりメガホンだったりを叩いたりして、早速空気は盛り上がり始めている。


「さてさて、出だしの玉入れでつまずくかつまずかないかで、ハアゲン獲得の難易度が大きく変わるんですが、果たしてどうなるかな」

「……いきなり僕の隣にぬっと現れないでよ……ドキっとするし……」


 ビニールシートの上で体育座りをしてぼんやりとグラウンドを眺めていると、急に光右が横に場所を取ってきた。……いきなり何かが起こると胸が跳ねる。

 僕の出るドッジボールは次の次なので、まだしばらくはゆっくりしていられる。光右の種目の綱引きも、この玉入れの次だ。


「……そんなに玉入れ重要なの?」

「まあ、出だしはどんなものでも大事って言うだろ? あと、これとリレーは四位と一位の差がとてつもなくデカい」

「そ、そうなんだ……」


「他の競技は基本、四位まで決めないからなー。四クラスのトーナメント方式だし。ま、それゆえに大概どのクラスも玉入れは力が入るもので」

 光右がそこまで言うと、耳にスターターのピストルの乾いた音が鳴り響いた。それと同時に、観客席であるこのビニールシート周りが一気に歓声に包まれる。


「うわっ」

 って僕が反応してしまうほどには。

「これでもまだ一年だから静かなほうだぜ? 学年が上がれば上がるほど地鳴りになるって話だし。体育祭の伝説に、リレーの応援に稲葉ジャンプ取り入れたら震度1くらいはあった、っていう話があるくらいだから」

「さ、さすがに震度1は盛り過ぎなのでは……?」


 この街、伝説とか言い伝えとかその手の話多すぎじゃないですか……? そういう地域性みたいなのってあるのかな……?

 しかし、一年生でこの盛り上がりだとするなら、とてつもない音量の応援がなされたとしても、不思議はないようにも思えてきた……。


「多分、次の二年の競技中、普通に会話はできないと思うから、そのつもりでいたほうがいい。なんだったら、鼓膜の在庫の確認もしておくべきかもな」

「え、ええ……? そこまで?」

「ははは、鼓膜は言い過ぎかもしれないけど、多分、廻も大きな声を出さないといけなくなる。雰囲気的にな」


 ない眼鏡をカチャリと押し上げるふりをした光右は、目の奥をキラりと光らせて戦況を見つめる。

 ……目の色を変えてみんなが臨んでいる体育祭は、まだ始まったばかりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る