第19話 幼馴染が悲しげに街の神社にまつわる言い伝えを教えてくれる(改稿済)

 この間のテストのときと違い、日立さんは自分の願いを口にすることはなかった。そもそも本当に願いごとがあるかどうかもわからない。年に数度もお参りに来るほど、彼女が信心深いなら話は別だけど。


 日立さんと並んでお賽銭を放り投げ、ふと思う。

 僕は一体何を祈って手を合わせればいいんだろうか……。


 新生活が無難に、ということは春にお願いしている。実際無難には進んでいるので、これ以上望むもの、そんなにないのだけど……。

 神様に言うことではないかもしれないけど……、今僕が抱いているモヤモヤが、そのうち晴れますように、とでも思っておくか……。


「……よしっ」

 一分くらいしてから、隣の日立さんはおもむろに呟いて、ポケットにしまっていた自転車の鍵を取り出そうとした。


「ごめんね、付き合わせちゃって。じゃあ、帰ろう──わわっ」


 ただ、振り向きざまだったから、日立さんは勢いあまって鍵を放り投げてしまった。美しい弧を描いた鍵は、境内にひっそりと立てられている石碑の近くにまで飛んでいった。


「あちゃー、やっちゃったよ……」

「たまにやっちゃうよね、わかるよ」


 彼女はてへへと舌を出しつつ飛んでいった鍵のもとへと歩いていく。僕もそれについていき、ついでにパッと目に入る石碑の文字を読みだす。

「そういえば、こんな石碑もあったな……」


 所々難しい漢字や、よくわからない言い回しがあるため、完璧に読み下すことはできないけど、大まかな内容なら高校の古文程度の知識で把握することができる。というか、この石碑、作られたのは昭和戦前だし。


「……たっくん? どうかした?」

 周りに生えている草むらをかき分けて、投げてしまった鍵を回収した日立さんは、しゃがんで石碑とにらめっこしている僕に声をかける。


「いや……。なんとなく気になって……」

「……そっか」

 何故か重苦しそうな目でそれを見つめる日立さん。あれ、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。


 確かに、この石碑の内容はあまりハッピーなことではない。

 端的にまとめてしまえば、太平洋戦争中、軍の工場などで栄えていたこの街は、空襲を受けて死者が出ましたよってことが書いてある。北海道空襲はこういう軍需産業が発展していた街が狙われたから、街の大小はあまり関係ないんだ。


「……日立さんって、こういうの苦手なの?」


 何故だろうか、小学校高学年で習う歴史の授業で、クラスのうちひとりかふたりは泣き出してしまうイメージがあるのがこの太平洋戦争あたりのことだ。特に、これを扱ったアニメを見たとき。

 日立さんも同様の理由で苦手意識があったとしても不思議ではない。


「苦手っていうか……。悲しい話が好きじゃないだけだよ。それに、この石碑って、縁切りでも有名でしょ?」


 別にそういうわけでもないみたいだ。ただ、聞きなれない単語が彼女の口から飛び出した。

「……縁切り?」


 すると、日立さんは口を半開きにしてしばらく動きを止めてしまった。


「ひ、日立さん?」

「あっ、いやっ。知らない人もいるんだなーって思っただけ。それなりに縁切りのエピソードは有名だから、つい」

「そ、そうなんだ。ちなみに、どんな話なの?」


 有名な話なら知っておいて損はないだろう、僕は彼女に聞いてみる。

 しかし、日立さんはあまり話したくないのか、意味もなく拾った自転車の鍵をポケットに入れたり出したりを繰り返すだけで、なかなか喋ろうとしない。


「……それとも、結構長くなったりする?」

「いやっ、そんなことないよっ。うん、すぐ終わる、えっとね──」


 渋々といった感じにだけど、日立さんは話し始めた。


 太平洋戦争のさなか、この街には、ある両想いの若い男女がいた。

 戦局が激化するにつれて、国民は戦争に協力していく体制が強化された。それは、軍需工場での従事や、わかりやすいイメージで言えば、軍隊に召集されたりと。


 件の男女も例外ではなく、男性のもとには召集令状が届き、女性は街の近くにある工場で働くことになり、お互い離れ離れになることになった。


 戦争に行って、その男性が生きて帰ることができる保証はどこにもなく、ひたすら女性は心のうちで男性の無事をひっそりと祈るだけだった。


 ただ、男性が戦地に赴いて一年、地元の街に彼の死の報せが届いた。

 それを知った女性はひどく衝撃を受け、悲しんだ。理不尽な運命を恨み、呪った。


 そして、こう思った。


 こんな苦しくなってしまうのならば、いっそのこと、全部捨ててしまえ、と。


 そんな決意を携え、女性は男性にまつわるありとあらゆるものを捨てた。それは、形あるものに限らず、無形のものまで。


 彼の匂いがしみ込んだ肌着に、彼の筆跡が残った手紙まで、何から何まで。

 挙句の果てに、最後は──


「──男性との記憶さえも捨てることにした」

 そこで一息ついた日立さんは、神妙な面持ちで自分の足元をじっと見つめた。


「……結局、女性も空襲を受けたとき工場にいたから、それに巻き込まれて亡くなったって話なんだけどね。これが、この街に伝わる、縁切りの由来」

「……話はわかったけど、それとこの石碑に何の関係が? これは、個人を弔うために作られたものじゃないでしょ?」


「石碑自体に関係はないよ。ただ、女性が男性にまつわるもの、ありとあらゆるものを捨てたのが、この神社だって言われているんだ」

「そういうこと、なんだ」


「だからこの神社、実は別名があってね──」


 夕暮れどき、遠くからカラスの鳴き声がしている。人の気配は僕ら以外にまったくなくて、ほとんど静かな境内で、日立さんは地面から夕陽に染まりきった空を見上げ、続けた。


「──恋忘こいわすれ神社って名前が、ついているんだ」

「こ、こいわすれ……」

 それはまた縁起の悪い……。仕方ない側面はあると思うけど。


「それが、この街が縁切りで有名な理由。……てっきりたっくんも知っているものだと思い込んでいたよ」

 彼女はやや悲しそうに微笑んでは、ゆっくりとした足取りで停めた自転車の方向へと歩く。


「……もう遅いし、帰ろっか、たっくん」

「う、うん……そうだね」


 予想以上に重たい話になったし、まあまあ時間も使ってしまった。僕も家に帰らないと心配される時間なので、それからはポツリポツリと適当な雑談だけをして、家路へと急いだ。








※この物語はフィクションです。本作中に登場する街(=廻たちが暮らしている街)は架空のものであり、実在する地域とは一切の関係はありません。

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