第16話 幼馴染の拒否反応がまあまあ鋭い(改稿済)

 帰り道、双方からせっけんの制汗剤の香りが漂わせて、僕らは自転車を漕いでいた。

「うーん、久しぶりに体動かして疲れちゃったー、今日はぐっすり眠れそうだよ」

「ドッジボール、練習はどう?」

「まあまあかなあ。ボールはある程度避けられるんだけどね、なかなか当てられないんだよねー」


 自転車に乗りながら、「よっ、ほっ、はっ」とか言って上半身だけ動かす素振りをするからなかなか怖い。

「ま、前ちゃんと見ないと危ないって……」

「ごめんごめん。そもそもちゃんとボール投げられないんだよね、すぐ地面に着いちゃう」


 ……典型的な女の子投げでもしているのだろうか。まあ、小木津さんが見たらそれすらも癒しになる、とか言い出しそうだけど。

「……ドッジボールだから、逃げに徹するのもありだと思うよ……。当たらなければ、ボールは外野の人に渡せばいいだけだし」

「あっ、それもそうだねっ。たっくん賢いなー」


 当たったときはどうするんだって話だけど、もうそれは置いておこう。日立さんが納得しているならそれでいい。

「たっくんのほうはどう? 同じドッジボールだよね?」

「えっと……こっちもぼちぼちかな。でも、僕もあまり強い球投げられないから逃げに徹したほうがいいかな……」


「へえ、たっくんもあまりボール投げるのは得意じゃないんだ」

「得意じゃない……うん、得意じゃないね」

 自転車で風を切りながら続いていた雑談は、交差点の信号待ちで一瞬止まる。

 

「……あ、あのさ。日立さん。一個、聞きたいことがあるんだけど……」

「なに? たっくん」

 変わりない柔和な表情を彼女は僕に向けていたけど、続けた僕の一言で、それは僅かながら凍りついたようにも思えた。ほんの、少しだけど。


「僕が転校した理由って、覚えている?」

「……き、急にどうしたの? たっくん。そんな昔のこと」

 ……思ったより反応が硬い……? 日立さんなら「うん、覚えてるけどそれがどうかしたー?」くらいのノリで返すかと思っていた。


「……いや、今日小木津さんに聞かれて」

「ひっ、陽菜乃ちゃんがっ?」

「え……?」


 さらに、らしくなく鋭く刺すような声が彼女から出された。言った本人の日立さんも驚きを隠せず、パクパクと金魚みたいに口を開け閉めしている。

「ほっ、ほらっ、だって転校って言ったって色々な事情があるだろうし、そんな容易く聞くようなことじゃ」


 それを取り繕うかのように、早口で日立さんはまくしたて、今言ったことのフォローを必死に入れていた。

 やがて信号が赤から青に切り替わり、僕らはまた自転車を前に進め始めたけど、心なしか日立さんのペースがさっきよりもちょっとだけ遅くなっている気がする。少しだけ、後ろにつくような形になっている。


「……教えて、くれないのかな」

 時間にして、多分十五秒くらいだろうか。それくらい長い間、日立さんは黙ったまま、僕の背中でひたすら自転車のペダルを回していた。


 やがて、硬いチャックを開くみたいに、日立さんはゆっくりと、

「……どうして?」

 質問に、質問で返した。普段は歯切れよく、快活に話す印象が強い彼女が、このときばかりは言いたくないと、口を重く閉ざす。


「……僕が、日立さんのこと忘れているのと、何か関係があるのかなって」

「別に忘れてるままでいいよっ。無理して思い出す必要なんてないし、今別に困っているわけじゃないでしょ? なら、それでっ」

「……そ、そう……なら、まあそれでも……」

 かと思ったら今度は強い語気でそう話して、


「……そんなことよりさっ、最近駅前のショッピングモールに新しいアイスクリーム屋さんができたんだって。今度放課後に行かない? たっくん」

 いつもの柔らかい口調に戻して強引に話題を変えた。


 ……ここまで日立さんが強い拒否反応を示すなんて……。光右のそれに近いものを感じる。余程、思い出したくないことだったのだろうか。

「う、うん……。都合がつけば、僕はいつでも……」


 それからも家に着くまでの数分間、僕と日立さんは取り留めのない話をしていたけど、どうにも日立さんの反応が気にかかってあまり会話に集中することができなかった。




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