第17話 幼馴染がアイスを自然に食べさせ合ってくる(改稿済)

 体育祭の準備や練習が着々と進んでいき、次第にちょっとずつではあるけどクラスには馴染んできたんじゃないかと思う。光右以外にもちょくちょく話すクラスメイトとかはできてきたし。ただ、光右が僕と日立さんを引き離す理由、僕が転校した理由についてはなにひとつ進展させることができなかった。


 ……まあ、冷静に考えて中三の夏という中途半端な時期に転校をするなんて、何か理由があって然るべきなんだけど、僕はそれをなぜかはっきりと覚えてない。

 父親の仕事の転勤かと言われるとそうではないことは確かだ。だって、東京に引っ越したのは僕と母親だけだったから。


 別に東大に行きたいから超進学校に行きたいとか、そんなこの街で抱くにはちょっとばかしスケールが大きい夢を持ったこともないし、地元が嫌になったわけでもない。第一、後者に関してはそんな理由で転校なんてできないだろう。


 ……じゃあ、何か別の要素が絡んでいるのだろうけど、それを掴むことを、僕はまだできていない。

 体育祭まで、あと一週間。


「──たっくん? たっくんってば。アイスの味何にするの?」

「えっ、あっ、ごっ、ごめん、じゃあ僕は……ソーダ味にしようかな」


 半袖の制服に身を包んだ僕と日立さんは、先日した約束通り、駅前のショッピングモールに新しくできたアイスクリームのスタンドにやって来ていた。大抵こういう小さい街に新しいものができると、こぞって同じ高校の人が集まったりするものだけど、開店から一週間以上経っているというのと、そもそもアイスを目指して体育祭の練習をしているわけで、二兎を追ったりはしないみたいだ。アイススタンドの人も、さすがに近くの高校に体育祭があるから高校生があまり来ないとは思わないだろう。


 要するに、ハアゲンの威力はすさまじいってことか。まあ、タダで食べられるしね。


「そっか、たっくんはソーダ味かあ……じゃあ、私はメロン味にしよっかなー。あ、でもでも……シンプルに牛乳ソフトも気になるし……うーん……」

 考えごとにふけていた僕は、日立さんの一言で我に返って、ショーケースのなかに並んでいるカラフルなアイスの列とそれを眺めて悩んでいる日立さんを視界に入れる。


 丸いあごに手を添えて唸り声をあげる彼女は、右手の人差し指をあちらこちらに揺らしてからやがて、

「いいやっ、私はメロンと牛乳ソフトのダブルでお願いしますっ」


 開き直ったように財布をパタンと開いてそう注文した。

 ……ダブルとはこれまた色々攻める。金銭的にも、胃袋的にも。


「……お、お小遣い大丈夫なの?」

 それで四月は特にひもじい思いをしていたと思うのですが……。


「大丈夫大丈夫っ。どうせ今片方しか食べなくてもそのうちもう片方食べに行くことになったから、時間の問題なだけだよっ。それなら今両方食べて美味しい思いしたほうが二倍嬉しいでしょ?」

「……そ、そうだね、うん」


 それを二回繰り返すかもしれないのでは? という疑問が浮かんだけど言わないでおこう……。きっとそれも彼女に言わせれば四倍嬉しいってことなんだろう。出費も四倍に膨れ上がるけど。


「お待たせしましたー、ソーダのシングルとメロン牛乳のダブルですー」

 会計も済ませて、店員さんからコーンに乗ったアイスを受け取った僕らは、近くのベンチに並んで座って甘くて冷たい放課後のおやつを食べ始めた。

「……んん、運動した後に食べるアイスは格別だねっ、たっくん」

「そうだね、甘みが全身に流れるっていうか、そんな感覚がするっていうか」


 ソーダのちょっと炭酸っぽいシュワシュワっとした風味が微かに僕の舌を刺激しては、遅れてほんのりとしたなめらかな甘みが心地よい。

「メロンもそのまんまメロンの味だよ、ちょっとコクがある感じのままっ」


 ふわふわとした表情でダブルのアイスにかじりつく日立さん。唇の端にオレンジ色を残したまま頬を緩める様はさながら子供みたい。

「あっ、そうだ。たっくんのひとくちいいっ?」


 僕が半分くらい、ちょうどアイスとコーンの境界まで食べ進めたところで、日立さんが僕に聞く。

「え、う、うん。いいけど……」

「やったっ。もーらいっ」


 僕の返事が終わらないうちに、日立さんはパクっと僕が持つアイスを口に含んだ。

「……す、スプーンあるからそれ使う? って聞こうと思ったんだけど……」

「えっ? あっ。……ほっ、ほらっ。小さいときはしょっちゅうやってたし、いっかなーって。えへへ」


 日立さんも自分がしたことに気づいたみたいで、僕の右手にある自分の歯型に破れたコーンを見つめて苦笑いを浮かべる。

「じゃ、じゃあたっくんにも私のぶんひとくちあげるよ、ほらっ」


 そしてやや誤魔化し気味に日立さんは自分が持っているアイスをそっと僕に差し出してはうんうんと頷いてみせる。

 ……あー、はい。これは食べないといけないんですね。


 端から見れば食べさせ合いっこになってやや気恥ずかしい部分はあるけど、傷は浅いうちのほうがいい。誰も見ていない今のうちに、

「だ、だったら……いただきます……」


 僕もパクリとメロン味のアイスにかぶりついた。……うん、メロンの味はそのままで、ソーダよりも味が濃くて甘みの主張も強い。これはこれでアリだね。


「どう? 美味しい?」

「……そうだね、勉強疲れで糖分欲しいときとかはいいかなって思う。美味しいよ」

「そっかー。それはよかったよー」


 その後も軽い雑談を交えつつ、僕はシングルのアイスを食べきり、日立さんもダブルのふたつめを食べ始めていた。今度は白いひげを唇に生やしていたのは、予想に難しくなかった。

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