第2章

第15話 僕の高校が体育祭に対して本気過ぎる(改稿済)

「たっくんは体育祭の種目、何に出ることになったの?」

 体育祭まで一か月前となったある日の放課後のこと。例によって図書室を経由してから一緒に下校をしていた僕と日立さんは、赤信号の間にそんな話をしていた。


「……ドッジボール」

「あれ? 一種目だけ?」

「いや……一応クラス対抗リレーの補欠、みたいな感じになったけど……僕のクラス男子がちょっと多くて。それで出られる種目が限られたっていうか……」


 この高校の体育祭は一日まるまる使って行うイベントで、綱引きや玉入れ、さらにはドッジボールや借り物競走といった競技をこなして、合計点数を学年毎に別れてクラス対抗で競うというものだそうで。優勝したクラスには、毎年伝統的に校長先生のポケットマネーで高―いアイスをご馳走してもらえるとかなんとか。おかげで体育祭に対するモチベーションはどの生徒も高く、時折血走った目を浮かべる人までいる。


「私はね、借り物競走とドッジボール。あまり運動得意じゃないからこのくらいがちょうどいいかなあ」

「僕も、リレーは補欠だからまだいいけど、クラスのみんなご褒美のアイスに目が本気になっているからちょっと怖くて……」


「一年生の教室でも話題になってたよ? 優勝すればハアゲンだって。一気に盛り上がったよ」

「まあ……ほどよく楽しんで、ハアゲン目指して頑張ろうか……」

「うん、そうだねっ」


 赤信号が切り替わり、それぞれペダルを踏み込んで家路を進み始める。少しずつ上昇していく気温は、ゴールデンウィーク明けに見頃を終え、今年の花を散らせた桜とともに、夏の訪れを僅かながらにも感じさせている。


 東京と違い、北海道に梅雨はない。春から夏にダイレクトに季節が移り変わる。完全な春が来るのは遅いのに、夏は内地とほぼ変わらずにやって来るものだから、春は短く、夏は長く感じてしまうのは、僕の感覚だろうか。

 まあ、どっちにしろ、五月も半ばに差し掛かった今、そろそろ春が終わりに近づいているのは、確かだと思う。


 高校の体育祭は、小学校の運動会と違って、授業時間を割いて練習をしたり、ということはない。要するに、昼休みとか放課後に有志で集まって練習をすることになるのだけど、ハアゲンに目が燃えている生徒たちに練習しない、という選択肢は存在せず、ほぼ毎日何かしらの練習会が開催されている。……玉入れの練習ってどうやってするんだ?


 それは僕が登録したドッジボールでも同じことが言えて、大体週に二・三日くらいは昼休みや放課後を使って、校庭や近所にある公園で練習をしている。


 そんなある日の放課後。

 一時間程度に及んだ練習が終わると、僕は図書室にすぐ向かって、閲覧席に座り込んだ。体育祭の直前時期でも図書室での待ち合わせは続いていて、日立さんとラインで何時くらいに練習が終わるとかそういったことを調整していた。


「今日は高浜さんも体育祭の練習なんですね。最近多いですね」

「お、小木津さん……」

 疲れた手足を伸ばしきっているところに、貸出カウンターに座っている小木津さんに話しかけられる。


「小木津さんは、練習とかないの?」

「ありますよ? でも、図書当番の仕事があるんで今日は休みです。それ以外の日はちゃんと出てますよ」

「そ、そうなんだ……」

「……ここから校庭ってよく見えるんですよね。窓も開けているので大きな声もくっきり。高浜さんたちのクラスがゲッツハアゲンって叫んでいるのも丸聞こえでした。気合たっぷりですね、さすが上級生」


 ……冷静になると恥ずかしい……この学校では定番の合言葉、ゲッツハアゲン。いや、僕はそんなに叫んでないよ? 声は出されたら出してるけど。

「……三年生はもっと凄いよ。高校最後って冠がつくだけであれだけ気持ちに違いが出るんだなあって」


「ロブハアゲンでしたっけ? あの圧は真似できませんね」

 ……僕らがハアゲンを取る、って叫んでいるのに対して、三年生はハアゲンを奪う、だからもう意識が根底から違う。


「……そういえば、どうして高浜さんは、一度この街から転校したんですか?」

 ふと、カウンターに座っている小木津さんが僕にそう尋ねてきた。……少し、含みを持たせた表情をして。

 ……なんか、急な話だな。僕はいいんだけど……。


「それが……僕は、覚えていないんだ。綺麗、さっぱり」

 嘘をつく必要もないので、僕はあっさりと事実を口にする。それに対して小木津さんは、興味深そうにゆっくりと首を縦に振って、


「……そうなんですね。すみません、変なこと聞いて」

 すまなそうにペコリと座ったまま頭を下げた。

「いやっ、別にそんなに気にしなくても……。僕も、今思い出そうとしているところで……」

「……思い、出せるといいですけどね……」


 僕が気にしてないというように手を横に振ってみせると、僕にもちょっと聞き取りにくいくらいの大きさで、彼女は何かを呟いた。

「な、何か言った……? 小木津さん」


「いえ。それもこっちの話なので。……そんなことをしているうちに、茉優も練習が終わったみたいですよ」

 ひとつ突っ込んでみたけど、冷静な小木津さんらしく、あっという間にあしらわれ、彼女がそう言い終わらないうちに、図書室の扉が開かれ、少し調子が外れた柔らかい声音が僕らの間に飛んできた。


「あっ、たっくんごめんね、やっとドッジボールの練習終わったんだー」

「べ、べつに、そんなに待ってないし……」

「じゃあ、たっくん帰ろっ? 陽菜乃ちゃん、また明日ねー」

「ええ、また明日」



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