第10話 幼馴染が僕を起こす100の方法(改稿済)

 その日の夜。晩ご飯とお風呂も終わり、就寝前の自分の時間をどうやって過ごすかを考えていると、部屋の窓がコンコンと叩かれる音がした。例の専用呼び鈴だろう。


 ゆっくりと窓際に出ては、カーテン、窓と続けて開く。

 向こう側のベランダには、僕を呼び出した日立さんがニコニコと微笑みながら待ち受けていた。


「あっ、たっくん来た来たー」

 暦の上では春とは言え、この時間は肌寒い。ジャージにシャツ一枚では長い時間外にいるのはしんどそうだ。風に吹かれてブルブルと体が震えてしまう。

 日立さんは部屋着の上にもこもこのはんてんを羽織っていて、それはそれで暖かそう。


「……どうかした? こんな時間に」

「んー、まあ軽―く連絡っていうかさ」


 軽くならすぐ終わるかな……。ならこのままでもいいか。

 青色に浮かぶいくつかの星を見上げながら、彼女は呟いた。


「帰りのときさ、図書室で集まってから帰らない?」

「ぼ、僕は別に構わないけど……」

「多分たっくんも気づいていると思うけど、神立先輩に釘刺されたんだよねー。たっくんとは関わるなって」

 ……やっぱり、そうか。


 カツン、カツン、と乾いた鉄の音が冷たい空気をのんびりと横切る。日立さんが足で軽くベランダの柵を蹴っているんだ。


「でも、そんなこと言われたって今更たっくんと関わらないなんて無理な話だし、言われてやめるようなものでもないけど」

 そして、日立さんのこの反応も案の定だ。……恐らく、光右の言う通りに僕がしたら、ますます事態がややこしくなるはずだったんだ。


「ただまあ、無駄に神立先輩と喧嘩する趣味もないし、きっと私の顔見る度に口酸っぱくしてたっくんとはって言うに決まっているから、二年生の教室に近づきたくないんだよね。本音を言っちゃうと」

「……で、図書室に、ってこと?」


「うん、そういうことっ。朝は神立先輩、サッカー部の練習があるから時間は絶対ずれるから気にしなくていいけど、帰りはそうもいかないからねっ」

「……この二日でむしろサッカー部が毎日朝練をしていることを把握しているほうが怖いよ」


「へへっ、サッカー部はクラスの子の間でも話題になっている格好いい先輩が多いからね。色々と情報収集が始まっているんだよっ」

「……なるほど、そういうわけね」

 ま、光右もイケメンの部類に入るだろうし、騒ぐ新入生女子がいても当然、か。


「それで? 日立さんもサッカー部に狙っている男子がいたりとか?」

 へへんと鼻の下をこすって得意げにいた彼女に、ちょっとからかいついでにジャブをかましてみた。


「うわっ、えっ──そっ、そんなことないよたっくん、何言ってるのさー」

 すると、その場でコケそうになった日立さんが、バランスを崩して危うく柵の外に身を乗り出しそうになってしまう。すぐに立て直してことなきを得たけど。


「へえ。てっきりそれでサッカー部の情報が集まっているのかと思って」

「……ほんと、そんなことないよ……」

 さっきまで視線は夜空に向かって真っすぐに伸びていたけど、今はベランダの下の芝生を力なく見つめている。


「……話はそれだけ?」

「う、うん。ごめんね、この時間に」

「別にいいよ、全然」


 そろそろ夜の密会も終わりかな、と思っていると、日立さんの家のほうから何やらちょっと大きな声が聞こえてくる。大きな、と言っても家を跨いでいるから僕には微かに耳に入る程度なんだけど。


「うんっ、今これから入るからー。……お母さんにお風呂入りなさいって言われちゃった。じゃあまた明日ね、たっくん。おやすみっ」

 そう言うと、日立さんは手を振りながら自分の部屋に戻っていった。


「うん、おやすみ」

 ……このくらいの内容だったら、別にラインとかでも問題ない気がするんだけど……。連絡先は残っていたし、日立さんが知らないってことはないはずだし……。


 こういう話の仕方も、なんか特別感があっていいとは思うけど。

「……だいぶ冷えてきたし、僕も部屋入ろ……」

 窓を開けていたせいか、部屋の空気が結構冷たくなってしまい、戻ってからもそれなりに寒い思いをしたのはまた別の話。


 翌日。例によって日立さんのちょっと間の抜けた起こされかたをした僕は、ふわふわとした足取りで身支度を整えた。


 ……ちなみに今日は、素数を小さいほうから数えていく、というこれまたわけのわからない代物。……多分、これが日立節なのだろう。あと、僕は虚ろな意識のなかこれだけは聞き取って思った。

 ……119は素数じゃないんだよ。地味に7の倍数なんだよこいつ……。


「──119は素数じゃないよ、茉優」

 そして、全く同じことを朝の登校時、小木津さんが指摘した。

 昨日と同じように、途中で小木津さんと合流し、自転車を押して歩くといった流れだ。


「……あれっ? そうだっけ陽菜乃ちゃん」

「7×17をしたら119になる。素数に間違われやすいっていえば最初にこの数字なんじゃない?」

「……へぇー……そうなんだー」


「でも、茉優って整数の性質の範囲結構得意だったよね? そんなミスする? ……いや、そもそもどうして高浜さんを起こすのに素数を数えるなんてことをしたかも気になるけど」

「なんとなく? 毎日同じ起こしかただと芸がなくてつまらないでしょ? 全部で百通りくらいレパートリーあるよ?」


 そんなカラオケで歌う曲みたいなノリでカミングアウトしないでください……。それでエッセイ書けるよ日立さん……。

「……例えば?」


 ほら、小木津さんが目を丸くさせた。誰だって気になるって。百通り寝ている人を起こす方法を持ってますって言われたら。


「ほっぺたをぷにぷにするとか、鼻をつまむとか」

「……意外と普通ね。じゃあ、九十三番目」

 真面目に書籍化する気ですか? ナンバリングとか意識しなきゃしなくない……?


「えーっと、ひたすら耳元で『たっくんたっくんたっくん』とだけ囁く。起きるまで続ける、とか」

 えっ、何その狂気しか感じない起こしかた。できればというか絶対しないで欲しい。目覚めが悪いにもほどがある。


「だ、だったら、七十八番目」

「布団をちょっとだけめくって、足の裏をくすぐる、かな」

 ……スラスラ出てくるあたり即興で作っているわけではないのだろう。もしくは今までのうちに実践済みか。


「大体このレパートリーのどれかをやると起きてくれるから楽しいんだよねー」

 嬉しそうにあごをちょっとだけ上向かせ表情を緩める日立さん。そんなニコニコしている彼女をただただ見つめる僕と小木津さん。


「高浜さん、よくこんな起こしかたで起きられますね……」

「僕もちょっと不思議に思えてきた……」


「へへっ、そこはたっくんの幼馴染だからねっ。たっくんを起こすくらい造作もないってことなんだよっ」

「って、茉優は言っていますけど……」

「……幼馴染って言葉、便利だね……」


 お湯をかけるとか、首を絞めるとか、そういう危険な行為じゃなければもういいや……。


 校舎に近づくにつれ、一応日立さんは周りの視線を気にするようにはなったけど、光右以外に僕と日立さんが関わることを禁ずる人はいないので、杞憂に終わった。

 朝、教室で光右も普通に僕に挨拶してきたし、気づいているわけではないみたいだった。

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