第9話 幼馴染の神頼みがちょっと遅い(改稿済)

「そういえば、テストはどうだったの?」

 学校近くを離れて、ようやく堂々と会話を始めた。完全に校舎が視界に入らなくなってからの信号待ちのタイミングで、僕は日立さんに尋ねた。


「……え? テスト? なんのこと?」

 ……これは駄目だったんだな。


「今日は普通にオリエンテーションと、委員決めと、学年集会だけだったよ?」

 ……なんだったら今日普通に体育まであって授業で体育館使ってたんだけどなあ。


「……大丈夫大丈夫―。だって成績に反映されないテストだからー。次頑張ればいいよねー」

 ……この時期にやるテストってことは、どんなに欲張っても高一の最初に勉強するようなところまでしか範囲にならないんじゃ……。いや、いいや。これ以上掘り下げるのはやめておこう。


「うん。結果悪くてもきっとお小遣いが減るとかそんなことはないよー。うん。そうに違いない違いない」

 強がっているのが見え見え……。というかお小遣い減るんですね、テスト悪いと。……ただでさえ財政難なのにそれって致命傷なのでは……?


 やがて信号待ちが終わり、再び自転車を前に運び始めると、ふと視界に古びて色が剥げかけている鳥居が目に入った。もはや赤色と呼べる代物ではなくなっていて、逆にその佇まいから歴史の深さを感じさせる。……引っ越す前からこんな感じで、いつか崩れるんじゃないかって不安になるけど。


 日立さんも同じく街にある一番大きな神社を視界の端に捉えたみたいで、いきなり自転車を急停車させて、

「あっ、そうだ。テストが悪い点になりませんようにって、神頼みしてこう。そのほうがいいよね? きっと」

 少し距離を離れて止めた僕に向かってそう叫んだ。


 ……神頼み、するなら今じゃなくて登校時にするんじゃないのかな……? あと神頼みのニュアンスってそういうことじゃないって聞いたことがあるような……。

「……まあ、いいんじゃないかな……」


 多少疑問符が浮かぶ面はあるけど、僕はすぐ近くにある神社の駐車場の隅まで自転車を押して駐輪し、日立さんの後を追って境内へと入っていった。


「そういえば、ここの神社も久し振りだなあ……」

 せいぜい初詣と夏祭りのときくらいしか人が集まらないのは、まあどこの神社も同じかもしれない。田舎の神社は大抵そんなものだ。ほとんど空っぽのみくじ掛だったり、チラホラとしか埋まっていない絵馬の掛けどころだったり。


 当然、僕らが入ったときも誰ひとりいない環境で、昼間だからまだいいけど、これが夜だったらちょっと怖いんだろうなあって思ったり。


「……たっくんが最後に来たのって、いつなの?」

「中三の初詣のとき以来、だと思う」

 かくいう僕も、初詣でしか神社に足を踏み入れない薄情な奴だから、人のことは言えないんだけどね。


「……まあ、そうだよね。それが当たり前だよね」

「……?」

「さ、とりあえずお賽銭してこー」

 日立さんは右手にグーを作って頭の高さに上げて本殿の賽銭箱の目の前に立つ。僕も彼女の横に後から並ぶ。


 ブレザーのポケットから財布を取り出して、うーんと悩み始める日立さん。

「……ど、どうかした?」

「いや、こういうとき、何円お賽銭に投げればいいのかなーって」


「……ご、五円玉?」

「まあ、五円玉があればそれにするんだけどさ、今五円玉ないんだよね」

 五円玉、確かに、コンビニとか行かないと五円玉なんて手に入らないし。自販機じゃ最低単位は基本十円だしね。


「……じゃあ、一円玉?」

 五円玉よりかは財布に入っていそう。お釣りの調整とか面倒くさがっているといつの間にか膨れ上がって気がついたら十枚二十枚ありましたってなることもあるし。


「でもね? こういう頼みごとをするのに一円玉一枚ってなんか失礼だと思わない?」

「……それを言ったら五円も大概だと思うよ」

 身も蓋もない話になるけど。


「うーん、五円はなんか、お金って感じがあるけど、一円はアルミニウム一グラムだよ? ちょっと違うなーって気がするんだよね」

「……なら十円にしたら?」

「十円は……だって公衆電話一回使えるし、お菓子だって買えるよ?」


「そこまで考える余裕があるならテスト勉強もうちょっと真面目にすればよかったんじゃないの……?」

 五円がない十円は駄目一円も駄目……。じゃあもう気持ちだけでいいよ。それでいいのか神頼み。


「いやー、受験勉強分の貯金がまだあるって思ってたけど、予想より高一の内容が出てびっくりしちゃった。課題は真面目にやったのになあ」

 てへへと頬を人差し指で掻く日立さん。……というか、いつまで僕らは賽銭箱の前でたむろしているんだ。むしろそっちのほうが罰当たりなのでは……?


「……じゃあ僕が五円玉二枚持ってるから一枚あげるよ」

「で、でもそれは人のお金でお願いをするずるい人みたいで嫌じゃない?」

「……一円玉五枚ある?」

「あっ、あるよ?」

「……それと両替にすれば文句ないでしょ?」

「あっ。確かに。たっくん頭いいねっ」


 ……初詣では結構定番のシチュエーションだと思うんだけど。これで褒められるって、物凄く優しい世界だね……。


 少し遠い目をしつつ僕は財布から五円玉を一枚取り出し、日立さんが言うところのアルミニウム五グラムと交換する。……アルミニウムと黄銅じゃ、まあ後者のほうが豪華っぽく見えるね。


 お賽銭に使う硬貨の問題も解決し、無事お参りに移る。

 僕はとりあえず頭のなかでこっちでの生活が上手くいきますように、と無難なところをお願いしていたけど、隣の日立さんは「テストの点がよくなりますようにテストの点がよくなりますようにテストの点がよくなりますように」と口に出してしかも三回繰り返していた。


 ……流れ星だよね? それ。

 まあ、もういいや。日立さんがそれでいいなら。

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