第8話 親友が幼馴染と関わることを止めてくる(改稿済)

 ふたりと別れた後、僕は二年三組の教室に入り、自分の席につく。途中から自転車を押して登校したこともあって、結構時間はギリギリになった。

 席に座って間もなく、先に教室にいた光右が僕のもとに近づいて、

「廻、昨日のあれって……」


 始業前の朝のざわめきのなか、少し殺気も含んだ雰囲気で単刀直入に聞いてきた。部活の朝練があったからだろうか、ほんのりと少し鼻に刺さる制汗剤の香りが鼻をくすぐる。

「昨日のって……放課後のこと……?」

 ややその圧に気圧されながらも、僕は彼の問いに答える。


 両腕を体の前で組んで、座っている僕を直線的に見下ろす光右は、やはりどこか気に食わないことがあるようだ。

「ああ。なんで日立茉優が廻と関わりを持っているんだ」

 意外だ。光右の口から日立さんの名前が飛び出すなんて。


「……光右って、日立さんのこと知っているんだ」

「…………。……そりゃ、小学校からの付き合いだから知らないはずがないだろ。なんだったら俺より日立のほうが廻と仲良かったんだから」

「そう、なんだ……」

 これで両親に続いてふたり目だ。僕と日立さんの過去の関係を知っている人が。


「そんなことはどうだっていいんだ。どうして日立が今更になって廻と関わり合いになろうとしているんだよ」

 ただ、こんなにも否定的なニュアンスを持った人に会うのは初めてだ。


「ど、どうしてって……な、何かと日立さんが僕に絡んでくるから……。……というか、今更って……?」

 すると、光右は沈痛な面持ちで力なく首を振って、

「……覚えてないならそれでいい。ただ……日立と関わるのはやめておいたほうがいい。……廻にとっても、日立にとっても、いいことがない」

 それだけ言い、クルっと踵を返して側を離れようとした。


「ちょ、ちょっと光右、どういうことだよ、関わるのはやめておいたほうがいいって」

 たった一言の鎖だけで、一方的に関係を制限されるのはいい気がしない。


「……俺が答えを言ったらこうやっている意味がなくなるだろ? 忘れているうちが華だよ。普通の高校生活を過ごしたいなら、知らないほうがよっぽどいい。それだけだよ」

「……いや、そんなこと言われたって……」


 再度僕は遠ざかる親友のことを呼び止めようとするけど、幸か不幸かそのタイミングで始業のチャイムが鳴り響き、担任の先生が朝のホームルームのために教室へと入ってきた。

「はーい、みんな席についてー」

 光右にこれ以上話を聞くことは、できなかった。


 笑いとかそんなの取るつもりなく、彼女は僕の隣の家に住んでいるんだけど……。関わるなって言われても……無理があるっていうか……。

 それに、仮に僕が光右の言う通り日立さんを拒絶したとしても、昨日彼女は「仮に僕が忘れていたとしても私は僕に絡む」と宣言したばかりなんだ。


 果たして、その拒絶に意味はあって、効果はあるんだろうか……。

 それこそ、僕と日立さんにとっていいことがないんじゃ……。短絡的な考えかもしれないけど。


 しかし、光右がああ言うにも理由があるんだろう。……僕が日立さんのことを覚えていないのと、今の光右の言動、もしかすると、理由があるんじゃないだろうか……。


 僕が悩んでいる間にホームルームは終わってしまい、手元にはいつの間にか配られていた健康診断についての案内のプリントだけが残っていた。


 それから、休み時間になるたびに今度は僕のほうから光右の席に向かって、さっきの話の続きを聞こうとした。けど、光右は満足のいく回答はしてくれず、逆に「それより、今度部活休みの日に、駅前のカラオケでも行こうぜ」とか、「今日のホームルーム、委員会決めらしいけど何かやるつもりあるのか?」とか、関係ない話題ではぐらかされたり。そもそも僕が光右の席にたどり着く前に、クラスのみんなに捕まってそれどころじゃなくなったり。


 無事(?)委員会決めはクラス委員とかになることなく終えたけど、消化不良な感覚を心のなかに抱きながら、その日の放課後を迎えた。

「そんじゃ、俺は部活行くから。また明日な、廻」

 結局、何も聞けないまま今日が終わり、光右は教室を後にした。

「う、うん……」

 僕もすることないし、帰るか……。


 そそくさと荷物をまとめ、足早に昇降口へと歩き出す。廊下に出て体の向きを九十度回転させると、

「……光右、まだいたん──」

 僕の目の前には、ついさっき別れたエナメルバックを肩にかけた光右と、叱られた子供みたいに小さくなっている……日立さんの姿があった。


 光右は背後に現れた僕のことを視界に入れると、バツが悪そうな顔をして、「……じゃ、そういうことだからな」とだけ言い残して立ち去っていった。

「……ど、どうかした?」

 いや、状況的に何があったかなんて、一目瞭然だ。光右に釘を刺されたに違いない。


 しかし、日立さんはそれをおくびにも出すことはなく、小さく表情をはにかんでから、

「ううん。なんでもないよ? それじゃ、帰ろっか、たっくん」

 僕の先を歩き始めた。


 ……光右には関わるな、と言われているけど……。今それを言うと絶対拗れるし、僕も納得はできていない。……何かわかるまで、とりあえずスルーしておこう。光右には悪いけど。


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