第7話 幼馴染がテストの存在を知らなくて慌てている(改稿済)
翌日。通常登校日の初日だ。この日の目覚めも昨日と同じように、日立さんの手によって眠りから覚めた。
「たっくん、早く起きないとたっくんのお弁当つまみ食いしちゃうよー」
ゆさゆさと揺さぶられることで目を開くと、そこには僕の弁当箱を開けておかずの卵焼きを食べようとしている日立さんが視界に入る。……というか、弁当箱開けているせいで部屋のなかが弁当の匂いで充満しているし……。
「……もう起きてるからつまみ食いは遠慮して欲しいかな……」
このままだと別の意味で飯テロを受けた上に自分のお昼ご飯すら奪われるという至極悲しい結末になってしまうので、すぐに体を起こして日立さんにアピールする。
「あっ、たっくん起きたー」
「……もしかして、毎朝僕の部屋に起こしにくる、という認識でよろしいですか?」
昨日今日と二日続けてだから、そういう習慣があったのだろうか。
「うん、だって引っ越す前までずーっとそれが当たり前だったからねっ」
日立さんは朝から清々しい純粋な笑みを零して僕に返す。
……なるほど、それが当たり前だったと。…………。年下の女の子に毎朝起こしに来てもらうって、冷静に考えたら僕やばい奴じゃね? どれだけ偉いんだよ……。
「あの……別に無理して朝から家に起こしに来なくても……」
「んー、でも、それがいつもだったし、別に無理してるつもりはないし、むしろやらないほうが気持ち悪い感じがするしなんだよねー」
「……はい、ならそれで大丈夫です……」
一瞬で論破された。
「それじゃっ、先外で待ってるからっ、二度寝は厳禁だからねー」
僕が起きたのを確認すると、満足げな日立さんは制服のスカートを揺らして部屋を出て行った。やがて、下の玄関から「お邪魔しましたー」という元気な声が聞こえてきては、「あら茉優ちゃん、廻もう起きた?」
「はい、今さっき起きたのでもう大丈夫だと思いますよー」
「やっぱり茉優ちゃんが起こすと目覚め早いわねー」
「えへへ、そんなことないですよー、それじゃ、失礼しまーす」
「ええ、行ってらっしゃい」
「はーい、行ってきまーす」
……完全に家族のそれじゃん、ってくらい馴染んだ調子の会話を母親と繰り広げていた。
なんだろう……この限りない敗北感は……。別に勝負しているわけではないけど、なんとなく日立さんに負けた気がするのは何なんだろう。
朝食も済ませ、昨日とほぼ同じ時間に家を出る。やはり家の前には自転車に跨った日立さんが僕を待っていて、僕のことを見つけるなり、飼い主を見つけた犬が散歩に行きたがる勢いで「あっ、たっくん来た来た。はやく学校行こう?」と待ちきれない足が早くもペダルを回しそうになっている。
「今行くから……そんなに慌てないでいいよ……僕も学校も消えないし、まだ遅刻の時間じゃないし」
「っ……」
何気ない一言だったけど、ふと日立さんは何かが刺さったみたいにピタリと動きを止めて、声にならない音を漏らした。
「……どうかした?」
「う、ううん。なんでもないよ、なんでも」
僕が尋ねるとすぐになんでもないふうに自分の前髪を触って、髪を整え始める。
「そ、そう……? ならいいんだけど」
「……うんうん、気にしない気にしなーい。ほらほら、早く早くっ」
半ば今の反応をなかったことにしたい、そんな意思を感じさせる。日立さんは僕が自転車を出すより先にサドルに跨って一歩も二歩も先を行く。
僕はそれなりに急いでスタンドを外して日立さんの後を追う。信号ふたつ分くらい走らせてようやく彼女の隣に並んだ。
「へへっ、たっくんやっと追いついたー」
横断歩道の前、信号待ちになって、彼女はにへへと崩れた表情を自然に描きだす。
こういうところが、どこか憎めないというか、マイペースなのを許せてしまうというか。
「……そりゃあれだけ先に出発したら時間もかかるよ」
なんて話を登校中の通学路でしていると、ふと、僕の隣のほうから昨日聞いたばかりの落ち着いた声が聞こえてきた。
「朝から仲睦げだね、茉優」
「えっ、あっ、ひっ、陽菜乃ちゃん? どっ、どうして……」
そこには、右肩に通学カバンを携えた小木津さんが微笑ましいものを見る目で僕らのことを眺めていた。
「どうしてもこうしても、ここは私も通る道だし、私が徒歩通学なのは茉優も知っているでしょ?」
「そっ、それは……そ、そうだけど……」
「あ、おはようございます。高浜さん」
日立さんがしどろもどろになっている間に、すぐ隣に立つ小木津さんはこれまた礼儀正しく頭を下げて挨拶する。
「お、おはようございます……ご、ご丁寧に……」
「一緒に自転車で並んで学校に行くなんて、昨日のことと言い、相当仲が良いんですね」
「え、えっと……僕はただ日立さんに誘われただけで……」
「わっ、私もっ、ほ、ほらっ、たっくんが学校までの道に迷わないようにするためでっ」
……それは言い訳にしては苦しすぎないかな。だって昨日も僕学校に行ったし、ここが地元だってことは説明済だよ……?
「はいはい、茉優がそう言うならそういうことにしておいてあげる」
母親のごとく慈愛に溢れた面持ちでうんうんと頷く小木津さん。
「しっ、信じてないねっ、陽菜乃ちゃんその感じはっ。ほ、ほんとだからっ、ほんとなんだからにぇ?」
「ほんとだからにぇ?」
……まったく同じ噛みかたをした。慌てると口が回らなくなっちゃうのかな。それはそれでちょっとドジっぽくて可愛いけども。
「うう、ひ、陽菜乃ちゃんが朝からいじめてくるよお」
「朝から騒がないの、茉優」
そうこうしているうちに信号が青に切り替わる。徒歩の小木津さんがいるから、自転車の僕たちも押して一緒に歩いて学校に向かう。比較的余裕を持って家を出ているので、徒歩に切り替えても始業には十分間に合う時間だ。
「あ、そういえば茉優は今日のテストの勉強してきた?」
「ふぇ? て、テスト?」
「……昨日先生言ってたじゃない。お迎えテストがあるって。もしかして、何もしてないの?」
「……し、知らなかった……よ? わ、私……」
小木津さんと会うまでは楽しげなほわほわとした顔色だったのに、今は絶望に近い感じになっている。百面相か何かかな。
「はあ……。どうせ色々と浮かれて話聞いてなかったんでしょ。まあ、別に悪い点取っても成績評価には関係ないから、気楽に受ければ? 留年するってわけじゃないし」
「高校入ってそうそう留年の心配なんてしたくないよー」
「でも、ウチの高校、毎年学年ごとに二、三人くらいは留年するみたいだよ? それで学校辞めちゃう人もいるとかいないとか」
「……だ、大丈夫だよ。多分」
……大抵大丈夫って言うときは大丈夫じゃないときって相場が決まっている。……テスト返る頃には顔が真っ青になるのかな……。
小木津さんも混ざった朝のひとときは、そうやって過ぎていき、昇降口に入ったところで僕らはそれぞれの教室に向かうために別れた。
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