第11話 親友の注意力がそれなりに高過ぎる(改稿済)

 その日の昼休み。僕は自分の席でひとり黙々と母親の作ったお弁当を食べていた。転校生ブーストは解消されたみたいで、今はこうして光右と落ち着いた時間を過ごすことがクラスでは多くなった。白米に塩鮭に白菜のおひたしに、ひとくちの量の肉じゃが。まあ、父親もお弁当がいる生活をしているので、交互に好みのお弁当が作られる、という流れになっている。今日はつまり父親好みのお弁当。


 三分の一を食べ進め、それじゃメインディッシュの肉じゃがを食べようと箸を動かしたタイミングで、

「ふぅ……購買の戦争は今年も健在だぜ……」

 やや切れた息の光右がレジ袋を片手に戻ってきた。


「お疲れ。今日のお昼は何なの?」

「今日はタイムアタックで過去最速を更新できたからな。無事、一番人気の焼肉弁当を確保したぜ。あとおにぎり」

 ニッと白い歯を零しつつ、光右は買ったお昼を隣の空いている机に並べる。隣は光右の席じゃないけど、こういう席の貸し借りはしばしば起きるし、席の持ち主もどこかに行っているので問題はないと思う。


「……お弁当にお米あるのにそれにさらにおにぎり買うんだね。しかも焼肉弁当におにぎりの具焼肉って」

 ダブルプレーにダブルプレーが重なっている……。


「おにぎりの具まで選んでいる余裕はねーわな。オタオタしているとおにぎりすらなくなってヘンテコな菓子パンしか残らないし」

「……僕はお弁当でよかったよ……。多分その戦争に勝てないし……」

「東京の高校はどんなのだったんだ?」


 いただきまーすと割り箸を割りつつ両手を合わせた光右は、早速ボリュームたっぷりの焼肉弁当にがっつき始める。

「……東京は学食があったね……。公立なのに」

「まじでっ? すっげ。大学じゃんそんなの」

「……それでもまあ混雑はしたけどね。美味しかったけど」

「やっぱ都会は違うんだなー。あ、街中歩いているとたまに有名人とすれ違うって本当なのか?」


 なんだろう、北海道から東京に出たときに聞かれる定番の質問もあれば、東京から北海道に戻ったときに聞かれる定番の質問っていうのもやっぱりあるんだなあ……。

「……あまり僕は記憶にないけど、都心に暮らしてたらそうなんじゃないかな。住んでいたの、東京でも外れのほうだから」


「って言ったったねえ。札幌よりは都会だろ? さすがに」

「……まあ、札駅並みの規模の駅は平気であったけど……」

「やっぱりなあ。東京すげえわほんとに」


 なんて他愛のない話をしているうちに、先に食べ始めていたし量も(光右と比べると)少ない僕のほうが先に食べ終わった。

 弁当箱を片付けて、やることがないのでとりあえずスマホをいじろうとロックを解除したのだけど、

「そういえばさ、廻のスマホのパスコードって、なんか法則でもあるのか? 指の動き見る感じ、廻の誕生日ではなさそうだけど」


「……人のスマホのパスコード当てようとしないでよ……。まあ、確かに僕の誕生日ではないけど……あれ? これって、何の番号なんだっけ……」

 スマホにかけているパスコードは、「0927」。僕の誕生日は一月十九日だし、何の縁もない番号だ。……っていうか、「0927」と「0119」って、指の動きだけ見たら明確に違うのって二文字目の「9」と「1」だけじゃ……。それだけで違うってわかるあたり、どれだけ光右に注意力があるのか……。


「なんの番号か覚えてないのによくパスコードとして覚えられるな……。適当に作った四桁とか、メモったりしないと覚えられないと思うぜ? 普通」

 確かに、高校の出席番号の四桁とか、受験番号とかは覚えられても、任意の数字を組み合わせた四桁の数字は、意識しないと忘れてしまう。それをスマホのパスコードにするなら、普通の人ならわかるところにメモを残すだろう。でないと、自分のスマホに永遠に鍵がかかってしまう。


「……でもこのパスコード、中学生のときから使っているし、どこかにメモをした覚えもないんだよね……」

「廻ってもの覚えいいほうだっけ?」

「……普通じゃないかな。暗記が得意ってわけでもないし、忘れっぽいわけでもないし」


 ということは、何かに基づいた数字四桁ってことになるけど……。両親の誕生日とかでもないし、あと思いつくような数字は正直言ってない。

「……なんでだろうな……」

「…………。ま、覚えているならいいんじゃね? それで今のところ困ってないなら」


 お箸に焼肉をつまんだまま、何か考えごとをしていた光右は、そう言い放っては美味しそうにタレの匂いがかぐわしいそれを食べる。

「それもそうだけど……」


 意味もなく四桁の数字を覚えているっていうのが、ちょっと気持ち悪い。要するに脳内の一部をそれに支配されているってわけだから。この手の数字って忘れようと思ってもなかなか忘れられないし。

「神立―、ちょっとだけいいかー?」

 すると、外から光右を呼ぶ男子生徒の声が飛んできた。恐らくサッカー部の知り合いだろうか。


「悪い、ちょっと外すな。へいへーい、何か用かー?」

 すぐに廊下へ出て行った光右を見送り、僕は手持ち無沙汰になる。とりあえず手にスマホを持っているのでゲームでもして暇を潰そう。

 僕はスマホの画面に意識を向けて、光右の帰りを待つ。


 しばらくの間、スマホのゲームに食い入っていると、

「しかしまあ、転校ブーストもあっという間に終わったなあ廻」

 やれやれといった顔で周りを見渡しながら光右が席に戻ってきた。


「まあ、そんなものだよ。二、三日もすればただの同級生だし。芸能人とか、とんでもなく格好いいとか、そんなのじゃなければ、話題にならなくなるのも当然」

「……まあ、仲良くなれば廻はいい奴ってわかるからな。問題ない問題ない」

「……光右がお昼を食べきる時間には問題があるかもしれないけど」


 購買に行っているのと今の呼び出しで時間を食ったせいか、昼休みはあと十分もない。

「うわっ、マジかよっ。まだ中身半分以上残ってるんだぜ? やばやばっ」

 それを聞いた光右は慌ててお弁当とお茶をかきこみ始めた。


 結果、急いだ成果もあり、五時間目の予鈴が鳴り響く直前に光右はお弁当の容器を空にしていた。

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