第5話 幼馴染の表情がなにかと柔らかい(改稿済)

 ほどなくして、日立さんが僕の家の呼び鈴(ちゃんとした玄関のほう)を鳴らした。

「廻―? どこか出かけるのー?」

 それに反応した僕が、バタバタと春物のコートを羽織いながら二階の部屋から降りてきたので、リビングにいる母親からそんな呼び声が聞こえた。


「ちょっと日立さんに外歩かないって誘われて……」

「あらそう、遅くなるんだったら電話するのよー」

 ……多分そんなに時間はかからないと思うけど……。

「うん、行ってきまーす」

 トントンと夏靴を床に叩いて履き直し、僕は玄関の扉を開けた。


「あっ、たっくん来た来た」

 まるで、朝のシーンの焼き直しみたいに、今度は自転車に跨った状態で日立さんは僕を待っていた。クリーム色のセーターに、灰色のスカートを合わせていて、さらにその上に桜色のコートを着ている。


「ほらっ、はやく行こ行こっ?」

 僕が自転車の準備を終わらせるのを待たずに日立さんはペダルを回し始める。

「ちょ、タンマタンマっ、僕まだ鍵かかったままだからっ」


 最初に連れて行かれたのは、駅前にできたショッピングモールだった。

「去年できたばっかりなんだけど、なんでも揃っていて便利なんだよねー」

 施設のなかに入り、まずその店の並びに圧倒される。スーパーにゲームセンターに本屋にレンタルビデオ店にアパレルショップ……。もうここだけで大抵の買い物が完結しそうな勢いだけど……。


「できてからもう大体みんなここで遊んでるよ」

 確かに、ぱっと見高校生らしき人の集団がちらほらと視界に収まる。

 まあ……遊び場なんて学校のグラウンドか公園か、誰かの家でゲームするかの三択しかないような地域にこんな複合施設ができたら、みんなここに集まるだろうなあ。


「それで、最初はどこ行こっか──」

 日立さんが上機嫌そうに、僕に向かってそう言うのだけど、その瞬間「グー」と僕のお腹の虫がこれでもかと美しい音を鳴らした。

 ……昼ご飯をまだ食べていないんだった。もう二時くらいだし、お腹も空いて当然か。


「そういえば、自販機でジュース飲んだから、お昼まだだったね……」

 すると、日立さんは施設入口側にあるエスカレーターを上った先に広がっているフードコートを指さして、

「それじゃ、ちょっと遅いけど、お昼ご飯食べちゃおうっか」


 そうニコリと笑みを向けた。……あれ? 全財産五百円で、そのうちもうホットココアで一二〇円は使っているよね……? 何を食べるつもりなんだろう……。それともお出かけの軍資金でも貰ったのかな……?


 なんて不思議に思い向かった二階フードコート。豊富なラインナップが立ち並ぶなか、僕らは軽くつまめるファストフード店を利用することにした、はいいのだけど……。


 注文口に並ぶ前にメニューを見るのだけど、その流れで日立さんがポケットにしまっていた財布を取り出して、

「あっ……。わ、私……あと三八〇円しか持ち合わせなかったの忘れてた……」

 ですよね。だろうと思ったよ。


 財布の中身とメニューを交互に見やっていくうちに、段々と日立さんの表情が曇っていく。

「……うう、ジュースとポテト買ったらもうお金なくなっちゃうよ……あのハンバーガーの写真見てると食べたくなってきちゃったのに……」

「は、ははは……」


 ああいうメニューに貼られている写真って購買意欲くすぐるから困っちゃうよね……。

 多少でも出してあげられたら一番いいのだろうけど、あいにく他人のご飯を奢ってあげられるほど僕も裕福ではない。バイトをしていない高校生の金銭事情はかなりシビアだ。


「……私、メロンソーダのSサイズだけ先に買って待ってるね……」

 しょんぼりと肩を落として、とぼとぼと日立さんは店員さんのいる注文口に入る。あんなに元気ない注文はなかなかないのではないだろうか。


 うーん、どうしたものか。僕はお金に余裕がまだあるので、普通にハンバーガーまで頼んでそれなりのお昼を食べることができる。でも、日立さんの前でもぐもぐそれを食べるのも悪い気がするし……。うーん……。

 それだったら……。


 注文を済ませ、僕はトレーに買ったものを載せて日立さんが待つテーブルに戻った。

「あれ……? たっくん、ジュースとポテトだけ……? でも、なんか量多くない……?」

「え? ほら、もう二時だし、がっつり食べちゃうと晩ご飯入らなくなっちゃうから軽めにしようかなって思って。ポテトのLだけ買ってきた。日立さんも半分食べる?」

 すると、寂しそうにストローを咥えていた彼女は、途端に瞳を輝かせて、


「い、いいの?」

 テーブルに身を乗り出してそう聞いてくる。あまりの勢いに、ジュースのカップが倒れそうになるくらいだ。

「こ、零れる零れる、危ないって」


「あ、ごめんね、ありがとう」

「うん……。Lサイズ全部は多すぎるから、むしろ食べてくれたほうが助かるかな……」

 妥協案かもしれないけど、とりあえずこれでどうにかしよう。


「えへへ、たっくんありがとうっ、やっぱりたっくんは優しいねっ」

 小さく「いただきまーす」と言い、日立さんはポテトをひとつ口に含み、幸せそうな表情をする。さっきの悲しそうなそれとは正反対だ。


「んん……おいひいね、揚げたてだったの?」

「そうみたいだね。それでちょっと時間がかかったみたい」

「ラッキーだったね」


 僕はトレーの上にポテトを全部一気に出してしまい、そのうちのへなへなになった痩せたポテトを食べる。……うん、美味しい。

 ふたりでポテトをつまんで、軽めの昼食を済ませた。終始日立さんが周りにエフェクトがかかっているがごとく和らいだ顔を浮かべているのが、印象的だった。


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