第4話 幼馴染が専用の呼び鈴を使って呼び出してくる(改稿済)
無事に日立さんはホットのミルクココアを、僕は微糖のコーヒーを買って、自販機前のスペースで一服することに。
「ふぅ……美味しい……」
ポッと表情を緩めて、缶の飲み口に唇を当てる姿はさながら小鳥か何かに見える。僕も僕とて、ほどよくぬるいコーヒーを一口飲む。
光右が言っていた部活の勧誘が始まっているのか、生徒玄関のほうから微かにざわめきが僕らのところまで聞こえてくる。ただ、距離があるから、どこか切り離されたような、そんな雰囲気さえ漂っている。
「……それで、さ。日立さんは……僕の幼馴染って言っていたけど……」
コーヒー缶を片手に、僕は色々と聞きたいことがあったので、隣でしゃがんでココアを飲んでいる彼女を見下ろしつつそう尋ねる。
「もしかして、まだ疑ってる? もう、疑りぶかいなあたっくんは」
「い、いや、疑っているとかじゃなくて……。単純に、ほんとに日立さんのこと、何も知らないから……急に幼馴染だよって出てこられても、実感が湧かないっていうか……」
口をとんがらせて拗ねる素振りを見せたので、僕はすぐにフォローの言い訳を挟みこむ。
「……まったくっていうほど、赤の他人にしか、思えないんだ」
僕がそう言うと、日立さんは「……そうだよね」と小さく呟いたのち、無理に作ったくしゃくしゃの笑顔を浮かべ、
「たっくんがそう言うのなら仕方ないよ。忘れちゃったことはもう取り返しがつかないしね。いいよ、別に怒っているわけじゃないし、こうしてたっくんが西尻に戻ってきてくれただけで私は嬉しいし。覚えてないなら今から覚えればいいだけの話だし、ね?」
……全部を見透かしたような、そんな真っすぐな目で僕をじっと見つめて、そう言ったんだ。
「……それに、たっくんは覚えてなくても私は覚えちゃっているから、今更赤の他人として生きてって言われても辛いものがあるんだよね。だから、たっくんが嫌だって言っても私はどんどん構うから、そのつもりでね?」
「……わ、わかりました」
断っても意味がないと宣言されてしまった以上、もう素直に受け入れるほうが生産的なんだろう。
「よし、じゃあ、もうそろそろ帰ろっか? もうココア飲みきっちゃったし」
日立さんはおもむろに立ち上がって、これまた何故か近くに設置されている空き缶ペットボトル専用のゴミ箱に空になった缶を捨てる。
「たっくんもそれ投げたら行こ?」
「ちょ、ちょっと待ってって」
なんか、完全に帰る流れになっているし……。僕は急いで残っていたコーヒーを飲み切って、同じようにゴミ箱に缶を放り投げて日立さんの後を追った。
結局、帰り道も並んで自転車を走らせて、隣同士だという家に向かって帰っていった。
自宅に到着し、そのまま自分の部屋に入って制服から部屋着に着替える。
まだ半日くらいしか経っていないのに、色々なことが起きているな……。転校っていうイベントがあった、としてもだ。
「……日立、茉優……か」
ベッドに仰向けに倒れ込んで、その激動の半日の約半分程度を占める彼女の名前を呟く。
……底抜けに明るい子だったよなあ……あれは周りも巻き込むタイプだよ、きっと。
別にそういう子が嫌いなわけでもないし、むしろ好みとも言える。恋愛どうこうとかではなくて。単純に、一緒に過ごして明るい気分になれる人っていうのは、貴重だと思う。
まだ彼女のことを多く知ったわけではないけど、放課後の言い草からして、これからも僕に絡んでくるつもりなんだろう。
別に拒否する気はないし、その流れで、少しでも日立さんのことを知る、もしくは思い出せたら……いいのかな……。
なんて思っていると、僕の部屋の窓がトントンと音を鳴らした。
「……え?」
明らかに人為的な音だった。風が吹きつけた音とか、そんなのではなく。
寝転がったばかりのベッドから起き上がり、僕は窓を開けて近くを見渡す。すると、
「あ、やっぱりこれ使えたんだ。よかったー」
ついさっき別れたばかりの日立さんがニコニコ笑みを浮かべながら僕の目と鼻の先に立っていた。まだ制服を着ている。
ベランダ越しに会話を始める僕と日立さん。……ザ・幼馴染って感じのことをしている自覚はある。
「……えっと、その手に持っているのは?」
彼女の指先からは、タコ糸のようなものが伸びていて、それは僕の部屋の窓上にまで繋がっている。
「小学生のときに作った呼び鈴みたいなものだよ。用があるときにタコ糸を引っ張ると」
鼻を膨らませて自慢気に日立さんはクイクイっと糸を引く。すると。
さっきと同じ窓を叩く音が聞こえてきた。糸の終端には、小石が括りつけられていて、どうやらそれが音を出している、というカラクリのようだ。ご丁寧に小石が着地する周りにはトイレットペーパーの芯が設置されていて、なるほど、これで意図しない呼び出しを防いでいるのかと感心さえしてしまう。
小学生の知恵凄いな……。
「……そ、それで、僕に何の用……かな?」
「うーん、たっくん、こっち戻ってきてから一週間も経ってないでしょ?」
「……そ、そうだけど……」
「たっくんいない間に色々街も変わったから、案内してあげようかなあって」
どうやらこの無邪気な幼馴染は、半日やそっとじゃ満足してくれないようだ。
「今着替えるから、ちょっと待っててねっ」
そう言うと日立さんは、ベランダから自分の部屋に戻ってガラガラと大きな音を立てて窓を閉めた。
「……え? 僕の意思関係なしに……?」
嬉しいんだけどさ、案内してくれるのは……。
僕は自分のシャツを引っ張って、今の服装を確認する。
……部屋着のスウェットにジャージというなんとまあ気の抜けた格好。さすがにこれで外出するわけにはいかないか。
そういったわけで、僕はいそいそとタンスから手っ取り早く外向けのシャツとズボンを引っ張り出していた。
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