第2話 幼馴染が楽しみすぎて二時間前行動をかましてくる(改稿済)

 高校の場所は引っ越す前に把握していたので通学路に迷う心配はなかった。自転車を軽やかに漕いで人通りがほとんどない田舎の道を走らせていく。

「……ところで、日立さんって一年生? 今日から高校生とか言っていたけど」


 隣を並走する彼女に、ふと僕は尋ねる。並走はだめなんだけど、それを咎める人もいなければ困る歩行者もいないのでご愛嬌ということで。怒られたらそのときはそのときだ。


「うん。そうだよ? それがどうかした?」

「……普通、入学式って始業式の翌日とか、同日でも時間差でやらない? 僕と同じ時間に登校していいの?」

「…………」


 背の低い建物が立ち並ぶ道と、少し冷えた空気に響き渡るペダルが回転する音ふたつ。

 僕の問いに固まってしまった日立さん。これは……、考えてなかったパターン、かな。


「……べ、別に遅刻するよりはマシだと思うんだ、私。そうだと思わない? たっくん」

「ま、まあ遅刻よりはマシ……だと思うけど、早すぎるのも逆に迷惑じゃないかな……」

「あっ」

 再びこだまする自転車の走行音。かごに載せたカバンが時折歩道の段差に揺られてガタガタと音を鳴らす。


「……ちなみに、本来の登校時間って、何時なの?」

「……十時、だったかなと思います」

「まだ八時ちょっと前だけど」

 二時間も余裕を見て登校するって。……真冬のバス通学じゃないんだから。いや、だとしても三十分くらいでなんとかなるよ。しかも今自転車だし。


「……こ、校内を適当に散策していれば時間なんて潰れるよ、きっと」

「日立さんがそう言うならそれでもいいけど……」

 どれだけあわてんぼうなのか、学校が楽しみだったのか。先生も涙目になるよね。二重の意味で。

「だ、だって……たっくんに会えるのが嬉しくて……つい……」


 閑静な街並みだからこそ、ぼそっと呟いた一言でも僕ははっきりと聞き取ることができた。横目でチラッと捉えた彼女は、ハンドルを両手に掴んだまま、やや俯きながら漏れ出ている幸せオーラをまき散らしている。


 ……引っ越す前の僕はどれだけ日立さんに気に入られていたのだろうか。というかこれだけ楽しみにされている関係なのにどうして僕は彼女のことを一切覚えていないのだろうか。

 ……色々気になる点はあるけど……とりあえず置いておくとして……。


 そろそろ学校に着く。田舎町にある唯一の高校。小中学生のときは憧れの目で見ていた制服と校舎に、僕はようやく踏み入れる。

 地元といっても、転校生なわけだし、出だしは上手いことやらないと……。


 校門を通ってすぐにある自転車置き場に僕は自転車を停める。日立さんもそれにならって「一年生」と記載されたスペースに自分の自転車を置く。……当然だけど、まだ一年生のスペースには一台も置かれていない。


「……とりあえず、これ使いなよ」

 校舎に歩きだした僕は、手持ち無沙汰になっている日立さんにコートのポケットに入れていた使い捨てカイロを右手で渡す。


「冷えるだろうし、あげるよ」

「えっ、あ、ありがとう……」

 僕はまだ余分に持っているし。体育館って冷えるんだよね。暖房効くの遅いし、ないとしんどいかなって思って持ってきていたけど。


「それじゃ、僕は行くから。じゃあね」

「う、うん……ま、またね」

 といった感じに、いわば僕と日立さんのファーストコンタクトは幕を下ろした。


 職員室に一旦寄り、転入するクラスの指示を受ける。一応一学年四クラスはあるみたいで、僕は三組に入ることになった。

 二年三組の担任だという若い女性の先生の後をついていき、ワックスが塗られたばかりの光沢眩しい廊下を音を立てて歩いていく。


「そっか、高浜君ももともとはこの街の生まれだったんだね。大体ここらへんの子供はこの高校に進学するから、もしかしたら知り合いの人もいるかもしれないよ?」

「多分、そうですよね……」

 狭いコミュニティだから、その可能性しかないと思う。中学校は学区によっていくつかに分かれているから知らない人も何人かいるだろうけど、それでも三割くらいは見知った顔がいてもおかしくない。


 そんなことはさて置いて、名目上は転校なのだけど、中三の一度目の転校よりは全然緊張しないという事案になってしまった。単純な慣れ、というのもあるのだろうけど。それでも、全く不安がないわけではない。ただ、前のときは半径一メートルしか視野になかったのに、今は窓の外の景色まできっちり眺めることができている。なんだったら廊下の床の模様までくっきりと。それくらいには、落ち着いた気持ちでいられているんだと思う。


「さ、じゃあ教室に着いたし、早速入っちゃおうか」

 二年三組と書かれたプレートの前で先生は笑みを浮かべて立ち止まり、僕が「はい」と言うのを待ってからドアに手をかけてスライドさせた。


「はーい、みんな席についてー。早速だけど、今学期からウチの高校に転入することになった新しい子がこのクラスに入ることになりました。高浜君、入って」

 先生の指示に従い、教室中の視線を集めながら僕は教壇に上がった。予想した通り、何人かは見知った顔がちらほらといる。


「……東京から引っ越してきました、高浜廻です。中三の途中まではここ西尻市に住んでいました。久し振りの地元なので、色々変わっている部分とかわからないことが多いので、よろしくお願いします」

 簡単に自己紹介を済ませ、ペコリと頭を下げる。先生に指示された空いている席に向かい、僕はそっと着席する。


「それで、早速なんだけど、これから始業式なので、すぐに体育館に移動します。出席番号順に男女二列になって、教室前に並んじゃってください。今の席順が、出席番号になっているから」


 って、すぐに立つんですかい……。まあ、荷物置かなきゃだし、いっか。

 ぞろぞろとクラスメイト達が移動を始めるなか、ひとりの男子生徒が気さくに僕の近くに歩み寄ってきた。


「よっ、久しぶり廻。俺だよ俺、覚えてるか?」

 短く刈られた爽やかな髪に、白い歯が映えるまさに健康的な笑み。そしてこのフレンドリーさ。


「……一年やそっとじゃ変わらないね、光右」

 彼は神立光右。僕の小学校からの友人で、その頃から一緒に公園でサッカーをしたりして遊ぶ仲だった。中学からはサッカー部にも入っていたはず。


「ま、お前のそういう妙に落ち着いたところも変わんねーな。東京はどうだったよ?」

「比較にならないくらい人人人だよ。電車も五分に一本来るし、外歩いて人が目に入らない瞬間なんて一瞬もないくらい人ばっかり。西尻とは大違いだね」

「うっわ、それはえげつねーな。んで? めんこい彼女とかできたのか?」


「いないって。第一僕、そんなキャラじゃないし、そもそも女の子で仲良くした人もいなかったし」

「…………」

 僕のその言葉を聞き、光右は虚を突かれたみたいに口を閉ざしてしまう。が、すぐに彼は表情を明るくさせて、


「ま、まあ廻みたいな田舎者、大都会東京の女子と釣り合うはずねえべ。田舎者は田舎者同士くっつくのが一番楽で手っ取り早いんだよきっと」

 何事もなかったように冗談めかして僕の背中をポンポンと抱きよせるように叩く。

がっちりとした硬い手の平からは、今も彼がサッカーを続けているのであろうことをなんとなく想起させる。


 そうして軽口を叩きあいながら、ふたりして廊下に出た。出席番号は飛んだ位置に離れているので、一旦は離れ離れになる。

 けど、光右と同じクラスになれたのはラッキーだった。数少ない、一度地元を離れてからも連絡を取り続けてくれた友達だから。


 ……大丈夫、うまくいくよ。慣れ親しんだホームの地じゃないか。うまくいく。そうに違いない。

 落ち着いた心境のなか、自分に言い聞かせて僕は始業式を迎えた。

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