僕と君の、三回目のファーストコンタクト
白石 幸知
第1章
第1話 自称幼馴染が朝起こしにやって来る(改稿済)
八月一日 晴
恨めしいほど太陽が照りつける一日でした。この日も●●●●はよくならないままで、●●●●のなかから私が消えるのも、どうやら時間の問題のようです。どんなに願っても、祈っても、それは止まってはくれません。
これが街に残っている、神社の言い伝えのせいだとするなら、
なんでもしますから、神頼みだって、なんだって、だから、
●●●●を、助けてください。
怖い、怖い、こわい。●●●●から、私の光が、音が、香りが消えてしまうのが、とてつもなく、こわい。でも、そんなのはきっと些細なことでしかありません。
きっと、一番こわいのは──
「私」が、消えてしまうことなんだと思います。
〇
高校二年に進級する春に、僕は中三の夏休み明けから住んでいた東京から地元の北海道に母親と一緒に戻って来た。
東京に引っ越した理由も曖昧だったけど、高一の冬休みに母親から「実家帰りたい?」とおもむろに聞かれて首を縦に振らない理由はなかった。
さして東京で過ごしたい意欲は存在しなかったし、地元を離れて一年ちょい、道を歩いても人よりカラスや鳩のほうが多くすれ違う長閑なあの場所に帰りたくもなっていた。
東京は人が多すぎる。
そんなようにして、スーツケース片手に、懐かしい生まれ故郷に僕は戻っていた。
一年以上も離れていると、街並みもあらかた変わっているもので、最寄り駅の発車標がLEDの電光掲示板になっていたし、そもそも駅の外観が綺麗になっていたし。
駅前も再開発が進んでいて、真新しいショッピングモールがこじんまりとだけど建っていて、確かな変化を感じていた。
大きな変化はそれだけでなく、もちろん引っ越しに際して転校もするわけで、僕の学校生活も大きく変わるんだけど。
新学期の幕開けとなる始業式の日。朝、僕を海の底まで落ちた深淵の闇から明るい日向に引き起こしたのは、無機質なスマホのアラーム音でも、一階の台所から僕を起こす母親の呼び声でもなくて、
「──たっくん、たっくん、朝だよ、そろそろ起きないと遅刻しちゃうよっ」
「……んん……?」
幼少期のときに幾度となく見てきた、僕が今日から通う高校の制服を着た見知らぬ女の子だった。
「……え、だ、誰……? な、なんで僕の部屋に……っていうか、どうやって入ったの……?」
朝起きて見知らぬ女の子が部屋にいたら誰だってそんな反応になると思う。下手すれば命の危険だってあるわけだし。
僕がそう言うと、女の子は柔和な表情を少しだけ曇らせかけるも、すぐに首を横に振って言葉を返す。
「へへ、何を言っているんですかたっくん? 私ですよ、私」
って言われても……。というかたっくんって……僕のあだ名? ……確かに、僕は高浜廻だから、たっくんって呼びかたは理解できるけど……。
「もう、一年ちょっと離れていただけで忘れるなんて、薄情な人だなー、たっくんは。日立です。日立茉優。たっくんの隣の家に住んでいる幼馴染ですよ? 今日から花の女子高生なんだから」
ひ、ひたちまゆ……。全然聞き覚えのない名前……漢字のイメージすらつかないよ。
ポカンと呆けた顔色でベッドに半分体を起こしたまま、僕は彼女の顔をまじまじと眺める。
柔和な表情と垂れ目の瞳が掛け合わされて穏やかな印象を覚えさせ、ワンサイドアップにくくられた混じりけのない黒色のちょっとくせがかかった髪と、笑顔から零れる八重歯はやや活発な雰囲気すら感じさせる。
「ちょ、ちょっとどうしたのたっくん。そんなにまじまじと私の顔見つめちゃって。な、何かついてた?」
「……いや、そ、そういうわけじゃないけど……」
「廻―? 茉優ちゃん起こしに来てないー? そろそろ起きないと遅刻するわよー?」
……しかもひたちさんの入室は親公認と来ましたか。
幼馴染って言っているけど、全く僕にその記憶はないんだよ……。初対面も初対面、のはずなのに……。
「ほらっ、たっくん。起きて起きて、朝ご飯できてるって」
一体何のことかわからないまま、僕は部屋を出てひとまず顔を洗いに洗面所へと向かいだした。
それから、朝食を食べつつ両親にひたちさんのことを聞いたけど、適当にはぐらかされうだけで、これといったことは教えてくれなかった。
ただ、どうやら本当に彼女が隣の家に住んでいて、本当に幼馴染であることはそれとなく言ってくれた。
ひたちは茨城県日立市の日立で、まゆはジャスミンの茉に優しいと書いて茉優であるということもその流れで知った。
「ま、とりあえず仲良くしてあげなさい? どうせ同じ学校に通うんだから」
母親にそう言われて送り出された僕は、自転車の鍵を右手に、家を出る。玄関先には、
「あ、来た来た。さ、学校行こ? たっくん」
ついさっき僕の部屋にやって来た(どうやら幼馴染らしい)日立さんがピンク色のフレームのかご付き自転車を止めて立っていた。
「……あ、何その怪しいものを見るような目は。本当に私たっくんの幼馴染だからね? 嘘なんてついてないよ? ほんとのほんとだからにぇ?」
「……だからにぇ?」
玄関脇に置いてある、東京から持ってきた僕の自転車の鍵を外しつつ、おかしかった語尾に指摘を入れる。
「か、噛んじゃっただけだよっ、本当だから、本当なんだからっ」
夏の日光に当てられたかってくらい顔を真っ赤に染めて、日立さんは両手を不規則に振って恥ずかしさを誤魔化している。
「……わかったよ。僕の両親もそう言っているし、嘘はついてないんだろうし。とりあえず信じておくよ……」
悪い人ではないんだろう。きっと。まだ知り合って一時間も経っていないけど。
「へへ、やっぱりたっくんならそう言ってくれると思ってました。ささっ、学校行きましょう?」
日立さんも自転車のスタンドを小気味よく蹴って、サドルに腰を跨がせる。微かに吹きつける横風がそっと僕の頬を撫でて、上着のコートからはみ出ている制服のブレザーと、日立さんのスカートがゆらゆらと揺れる。歩道のあちらこちらに溶け残った雪とともに、近づいてきた春の訪れを感じていた。
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