三:しゃどういーつ

 おじいさん宅に厄介になってから二時間半。辺りは橙色に染まっている。見張りの武士も多いことから、喜六は、とりあえず城下町の様子を見てみることにした。


 この露店を抜けていかねば大通りに出られないので、露天の方をチラリと見てみる。美味しそうで肉厚な焼き猪の串や、キラキラと輝く白米のどんぶり飯の料理が出されている。ここの客は全員武士だった。狭い場所にはあるものの、店を営む者の身なりは、少なくとも農民よりは良く、頬もふっくらとしている。


 そして、露天通りの隣の建物から出てきたのは、いやらしいほどに色っぽい美人と、その美人の腰に手を回す大柄な武士がご機嫌な様子で出てきた。建物に看板は無いが、外観は明らかに何かを経営する店だと分かる。十八の小梅は、この場所を通る度にこんな光景を見てきたのだろうなと考える。


 狭い通りを抜け、大通りでは、数人の農民と、それより多い武士がいる。数人の農民は休憩時間で、武士はその見張り役だろう。この國に来るまで、多くの畑とそこで働く農民を見てきたことから、他の農民は畑にいると推測する。しかし、休む時まで見張られるのか。ここに自由は無いな、長居はしたくない。


 そんなことを考えていると、武士に、「オイ」と声をかけられる。


「サボるんじゃねぇぞ。さっさと畑に戻れ」

「と、言われてもなぁ」

「……もしや旅の者か?」


 武士たちには、部下づてに影武者の話を聞いている。まさかと思いつつ、喜六に尋ねた。


「まぁね」

「オイ」


 近くにいた農民を手招きし、農民にも喜六を知っているか確認する。農民は武士の表情を伺いながら、首を横に振った。その後ろにいるもう一人の武士も、見ない顔だと答える。


 しかし、どう見てもこのごぼうのように細く、頼りない見た目をした男が、影武者とはどちらの武士も思えなかった。


「他に、ここに来た旅の者を知っているか?」

「いやぁ。けれど、他にもいるんじゃない? 俺は今まで色んな所を旅しているが、その場所ごとに色んな出会いがあったよ」

「だろうな」


 武士は吐き捨てるように答えた後、「もう良い。行け」と続けて言った。


 その後は、武士の人数が少ない代わりに、多くの農民が働いている各々の畑を見て回った。中には、先程目を逸らした農民などもいた。向こうも喜六のことを覚えていたらしい。先程の同様に目を逸らされた。


 喜六が見たかったのは、農民たちの様子だ。きっと、誰もが小梅のことを知っているだろう。休憩中の者ですら、表情が暗かった。


 農民たちは、大きなクワを持つ身だと言うのに、武士たちの半分もない細い体をしている。そして、普通にぎわいがあるはずの城下町では、武器屋が一つも無い。恐らく、農民に力を与えない為だろう。この力の差では、反乱など起こす気も起こらないはずだ。小梅のことを気にしている余裕は無くても仕方がないかもしれない。


 とは言え、心の中でくらい気には留めていないのだろうか。気になった喜六は、一つの畑の中に入っていき、クワを下した農民の青年に声をかける。


「小梅のこと、どう思う?」

「うわっ! 何だお前……」


 驚いてはいたものの、青年はその表情をすぐに歪める。


「何だよ、悪いとは思ってるよ。でも仕方ないだろ。こっちにも生活があるんだよ。これ以上その話をするなら、こうだぞ!」


 青年はクワを持ち上げて喜六を睨み付けた。妙な男が入って来たことや、青年の仕事の手が止まっていることを怒ろうと近づいた武士たちだったが、青年の様子を面白く感じた武士たちはそれを傍観した。


「わーったよ。じゃあ、その代わりにここにある花、貰ってくわ。じゃあね」


 喜六は木箱の中に入った小さく白い花を握りしめて胸元に幾つかしまうと、青年に背を向けて畑を出て行った。


「何だよアイツ……」


 青年は一度喜六の背中を見たが、武士たちに叱られないようにとすぐに仕事を続けた。


 … …


 さて、寄り道を終えたところで、程よく暗くなってきた。農民たちの姿はほとんどない。夜食の時間なのだろう。喜六の腹がグゥと鳴る。


「俺も夜食にするかな」


 そびえたつ石垣の階段を上る。やはり、農民が逆らうはずがないと安堵しているのか、夜の見張りはまばらだ。


 門の前まで付くと、見張りは体格の良い武士が二人のみ。武士の存在も気にせず階段を上って行くと、門番たちが前に出た。


「何をしている」

「俺、旅のモンでね。しかし、今金が無くて。泊めてくんねぇか」

「馬鹿言え。そんなもの、城下町の奴らにでも頼め。それか野宿でもしてろ」

「いやぁ寝るのは良いんだけどね? メシがどうしても食いたいんだ。けど、城下町の奴らみんな冷たくてさぁ。やっとありつけたと思ったらそりゃあ質素なメシだった」


 門番たちは大声で笑った。


「俺はね、今無性に肉が食いたいんだ。今ならあんた等でも食えそうだ」


 そう言って腰に差した刀を抜くと、油断している門番たちの足元に素早く滑らせた。門番たちの笑い声が止まると同時に、門番二人は倒れ込んだ。


「……なんちゃって」


 倒れた門番たちに傷は無い。代わりに、明かりに照らされた門番たちの足元にあるはずの影が、バラバラに切り刻まれていた。


「悪いが、しばらく眠っていてもらおう」


 喜六は気を失った門番にタンと唾を飛ばした後、城の横にあるであろう食糧庫へと駆け出した。


「お、おい! どうして農民がここにいる! 門番はどうした!!」


 蔵の前に立っていた武士二人がうろたえる。


「さぁねぇ。半ドンでもしたんじゃない?」


 そう言って近づいていく喜六に、武士の一人が後ずさって逃げて行った。一人取り残された武士が、やあああ! と声を上げて刀を振りかざす。その刃を喜六は自身の刀で振り払い、開いた武士の腹を蹴る。武士は簡単に倒れ込んだ。隙だらけの武士の足元に、刀を払えば、武士はこくりと首を傾けて目をつぶった。足元の影は一刀両断されていた。


 蔵の中を見ると、中にあったのは武器のみだった。ハズレだと分かるとすぐさま蔵を出て、反対側の蔵へと急いだ。


 逃げた武士が、他の武士たちに伝えたのだろう。明らかに先程より多く、そしていかつい武士たちが喜六を待ち構えていた。


「お前、どうやってあの門番たちを眠らせた」

「なぁに。差し入れですって言ってお茶渡したらすぐに眠っちまったよ?」

「ならば、その手はもう使えんな」


 武士たちが一斉に喜六に飛びかかるが、喜六が刀を振りかざして屈み、くるりと一回転すると、六つの影が上半身と下半身が真っ二つに斬られた。門番たちが刀を持ったまま倒れ込んだので、喜六は刀を振り、全員の刀を遠くへ弾き飛ばした。


 武士たちの耳に入ったとなれば、時間が無い。喜六は急いで蔵の中に入る。ビンゴだ。中は肉と米を中心に、たくさんの食料が置いてあった。ゆっくり品定めしたいところだが、そんな暇はない。とりあえず持てるだけの米と肉と野菜を持ち、倒れ込んでいた、一番ガタイの大きな武士の近くに置いていく。


「何をしているのです」


 やはり来たか。声のした方に喜六が顔を向ける。そこにいたのは、昼間に会った部下が一人で立っていた。


「いやぁ。ここに沢山人が倒れてるもんで。心配して来てみたのさ。ほれ、みんな死んじまったみたいに眠ってやがる。風邪引くぞーぃ」

「そうさせたのはあなたなのでは無いですか?」

「まっさかぁ」


 喜六はニコニコと笑ったが、部下は冗談として言ったわけでは無いらしい。腰元に携えた刀を静かに抜刀した。


 そういや、小梅がもう一つ希望を出してたなと喜六は思い返す。それは確か――。


「武士をぶん殴る、ねぇ。の俺に出来るかなぁ」


 喜六はそう言うと、今度は持っていた刀をさやにしまい、部下を見て不敵な笑みを浮かべた。


「刀を抜け」

「いや抜かない。そんなことしなくても、あんたはとは決着がつきそうなんでね」

「なめられたものだ」


 そう言いながらも、部下は少し笑っていた。やがてその表情を引き締めると、距離を詰めて、喜六へと刀を振りかざした。それを、喜六はふわりふわりとよけていく。どうやら口先だけではないらしい。部下の口元がゆるむ。


「楽しませてくれよな」

「やだわぁおじさんにそんなこと言われても。どうせなら、さっき怪しい店から出てきたエロい姉ちゃんに言われたいわぁ」


 ふざけたことをぬかしながらも、喜六はよけ続けることしかしない。その上、部下同様に甲冑を着ているので、胴は素手では狙いづらい。下を狙うのも、敵を視界から逸らすことになり、ハイリスクだ。


「なぁおじちゃん。あんたは小梅のこと、どう思うんだよ」

「可哀想ですが、國の為です。仕方ありませんねぇ」

「しかし、別の國の、当たったかもどうか分からねぇ話だよな。こいつはぁ、殿の気まぐれのように感じねぇか。そんな奴の統括した國が、長く続くと思うかい?」


 喜六の問いに、部下は睨みで返した。


「同じ動きばかりでつまらん。やはり、お遊びは終わりにしましょう」


 部下は足蹴りをして喜六をふらつかせると、月を背にして、そのまま刀を縦に振り下した。


 右肩に深く刺さる衝撃と、吹きだす血。普通ならば気を失ってしまう程痛いはずだ。しかし、喜六はニヤリと笑うと、左手を力強く握り、部下の左頬を力強くぶん殴った。


 部下が目を大きく見開いて喜六を見る。

 喜六はにっこり笑ってピースサインを向けると、そのまま部下の足元に倒れて、草むらに血を侵食させていった。


 喜六が動かなくなったことを目視で確認すると、血で塗れた草の上を歩き、蔵の中を見た。


 おかしい。中の食料が幾らか減っていると言うのに、どこを見ても外には食料を置いた様子が見られない。食い散らかしたあとだって無い。


「……まさか、運んだというのか? この一瞬で」


 信じられない様子で喜六の方を振り返った。しかし、どう考えても、食料は減っている。


「この男、何者だ? まさか……」


 部下は喜六を片手で引きずると、城の中へと戻って行った。


 部下が通ると、武士たちがよけて道を作って礼をした。その中の一人が、ある違和感に気付く。


「影が……無い」


 影が無いのだ。いや、正確には、部下の影はあった。ただ、引きずられている喜六の影だけが、見当たらなかったのだ。


「おい、喋るな」


 隣にいる武士に叱られ、ハッとする。隣にいる武士に気を取られているうちに、部下はいなくなってしまった。武士が目をこすると、自分に疲れているのだろうと言い聞かせた。

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