二:一週間の命

 武士たちが道を開けると、殿の部下がおじいさんの前へと歩み寄る。


「お久しぶりですね」

「二度とその面を見ることは無いと思っていたのだが」


 おじいさんの攻撃的な反応に、武士たちが刀を構える。部下は涼しい表情で片手を上げ、殺気立つ武士たち動きを止めた。


「本日は、あなたと、彼女に話があって来たのです」

「小梅か」


 こんな大勢で来るぐらいだ。ただごとでは無い。小梅は怯えた姿を隠すように、おじいさんの後ろに移動した。おじいさんの隣にいた喜六にとっては初対面の面々だが、おじいさんの話を聞いた後なので、彼等がおじいさんたちにとって敵であることは分かった。


「はい。ですが、決してあなたがたにとって悪い話ではありませんよ」

「早く話せ」


 おじいさんの荒い口調に部下も一度は眉を寄せたが、すぐに表情を戻す。そして、後ろを振り返って青い空を見上げた。


「最近、雨が降りませんねぇ」

「オイ、話を聞いていたか?」

「雨が降らなくては、作物が育たなくて、こちらも他の國に売り渡すことが困難になってしまうのですよ。分かりますよね」

「……もっとしぼり取ろうって言うんだろ」

「はい。ですが、そうなると困るのはあなたがた城下町のかたがたです。城下町のかたが食料を得られなければ、いずれ死んでしまう。そうなれば困るのは結局こちらなのです。ああ、困った困った」


 やれやれとわざとらしくひたいに手を当て、部下は言った。その際に袖が下がったことから、喜六が腕を見た。腕には、幾つかの切り傷が残っていた。何度も戦ってきたことが分かる。恐らく、ここの武士よりも強いだろう。


「困っていたところに、殿が一つの案を出したのです。もしこのまま一週間後まで雨が降らなければ、彼女を雨乞いの儀式の生贄にしましょう。と」


 生贄、その言葉の恐ろしさに、小梅はブルブルと震えた。おじいさんも思いもよらない言葉に動揺する。部下の胸倉を掴んで揺らしたが、武士に引きはがされてしまった。


「オイ、生贄って何だ! 雨乞い!? 聞いたこともねぇが!!」

「知りませんか? 以前とある國では、歴史に残る程の枯渇が起こりました。その際、雨乞いの儀式として一人の少女の命を捧げてから、神から恵みの雨を受けることが出来ることとなったのです。殿は、それを知っておいででしてね。試してみてはどうだろうと提案されたのです。ですが! その代わり、今回のお咎めは無しとしますからね」

「何が悪く無い話だ! 人の命を何だと思ってやがる!!」

「私はあくまでも、あなたがたにとってと言いましたよ。ねぇ?」


 そう言って、外を振り返る部下。手振りで武士たちをよけさせると、そこには幾人かの農民たちがいた。中には、先程小梅に声をかけていた者までいた。部下が農民たちに向けてニッコリ笑うと、ぎこちなさそうに農民たちは各々顔を逸らした。


「まさか、おめぇ等……」


 おじいさんは顔をうつむけた。無論、小梅のことに関してショックなのもあるが、それと共に、仲間に裏切られたことが辛かったのだ。


 おじいさんと共に、小梅も農民たちからの裏切りに傷ついていた。おじいさんの背中にしがみつきながら震えていた。


「ひでぇことしやがる」


 その中で唯一、喜六は部下や武士達の方を見て言葉を発した。攻めた言葉づかいではあったが、特に怒っている表情ではない。ただ感想を述べるかのように発していた。


「あなただって、ここで暮らすには食料が必要でしょう? どこ家の常識のない農民か知りませんが、このままではあなただって餓死しますよ。その細い体では特にね」

「それにしちゃあ、あんた等の体は出来上がっているね。同じもの食ってるとは思えないけども」

「そりゃあ、この國を守る武士ですから。たくましい肉体を持たないといけませんゆえ」

「國を守る武士なら、あんた等が犠牲になる勇気は無いのかね」


 喜六の挑発的な言葉と、皮肉めいた笑いに、武士が刀を向ける。しかし、理由の無い残虐は、今味方に付けつつある農民の反感を買うかもしれない。部下は、武士に片手を伸ばす。その後、部下は喜六を睨み付けた。


「結局、あんた等はこの國の農民たちのおんぶにだっこなんだよ。情けないねぇ」

「小梅、一週間後にはあなたを呼びに来ます。行きますよ」


 喜六の言葉を無視し、部下と武士たちは、母屋を去って行った。


 残されたおじいさんは、その場にしゃがみ込み、悔し泣きをした。その後ろで、おじいさんの背中という支えを無くした小梅が、立ったまま顔に手を当てて、悲しさのあまり泣いていた。


「おいおい辛気臭ぇなぁ。まだ死ぬって決まったわけでもねーのに」

「もし、雨が一週間降らなかったらどうすんだ……」

「んなもん、断りゃあいいじゃんか。私、一食くらい抜いても平気です! って」

「……ないわよ……」


 顔に当てていた両手をゆっくりと下しながら、口を動かす小梅。そしてその直後、喜六の服を掴み、ボロボロの泣き顔を見せて叫んだ。


「出来るワケないでしょう!? そんなことして、他の人が死んじゃうかもしれない! ……出来ないわよ、そんなこと……」


 小梅の声が徐々に力を失っていき、喜六の胸に顔をうずめると、更に泣きじゃくった。裏切られた相手のことを気遣う小梅に、悔し泣きしていたおじいさんも、思わず小梅の方を見上げた。


「優しいんだな」


 喜六は微笑むと、服を掴みながら胸元で泣く小梅の頭を撫でてやった。


 所詮、小さな母屋である。小梅のその純粋な泣き声は、周辺にいる農民の心に痛く突き刺さっていた。


 … …


 そのままの状態で二時間が過ぎ、小梅が泣き疲れた頃。おじいさんは既に立ち上がり、小梅の背中をさすっていた。この子が苦悩しながらも農民たちのことを気にしているのだ、自分が落ち込んでいてはいけないと思ったのだ。


「まだ一週間ある。その間で、色々試してみても良いんじゃないのか」

「私に何が出来るって言うのよ……」

「……雨乞い?」


 喜六の適当な答えを聞くと、小梅は喜六の胸をぶん殴った。他の者たちにぶつけられない怒りを、喜六にぶつけるしかない。


「俺は、旅を通して、余命わずかな奴らとも出会ってきたよ。だけれど、動けない奴以外は大抵、死ぬまでに色々行動してきた。それに、動けない奴だって、誰かに頼み事をしていた。最後くらい、自分が納得のいくような人生を歩めるように」

「そんなこと、叶わないわ。だって、私達にはお金が無いもの……。ここは山におおわれた小さな國だから、他の國に逃げることも出来ないければ、作物は取られ放題で好きな食べ物をたらふく食べることすら出来ないのよ。それに、明日からまた、武士たちに見張られながらの辛い畑仕事をしなくちゃいけない。時間を奪われてしまうわ」

「どれも出来るさ。どうせ殺されるのならば」

「何が言いたい」


 小梅を守るように、喜六と小梅の前におじいさんが割って入る。


「どうせずっとここにいても殺されちまうんだ。だったら、首はねられるつもりで逃げるも良し、猪を取って食らうも良し、武士ぶん殴って鼻歌をうたうも良しさ」

「そんな力は無いわ。それに、逃げるつもりは無い。桃太郎との思い出に満ちたこの場所を、完全にあの男の物にさせたくないから……でも、そうね」


 おじいさんの隣へと自ら移動する。おじいさんは驚いたように小梅を見たが、その横顔は、少し楽しそうな顔をしていた。


「桃太郎に供える美しい花を摘みたいし、武士ぶん殴って、城の食糧庫の中身を奪ったら、おとうさんと豪勢な食事を堪能したいわ」

「小梅……」

「ふふ、ごめんなさいおとうさん。そんなこと私がしたら、おとうさんの身まで危険にさらされてしまうわよね。大丈夫よ、そんなことはしないわ」

「いや、ワシの身はどうでも良いが。この老いぼれ一人では叶えてやれんのが辛いよ」


 やっと笑顔を見せてくれた小梅だが、おじいさんから見たらあまりにも切ないものだった。殿は、あの桃太郎を自ら殺した男。桃太郎に何か思う所があるとすれば、小梅の命だって十分危うい。小梅をそれを分かっている。その上での笑顔だった。


「だったら俺がやってやろうか?」

「え?」


 おじいさんと小梅が声を揃えて言った。喜六の方を疑いの目で見るが、喜六は当たり前と言わんばかりの口調で話を続ける。


「メシを食わせてもらったら、何でもする。それが約束だったからな」

「いやしかし、お前の体じゃ武士殴って返り討ちで終わってしまうぞ。命の無駄遣いはいけない」

「それじゃあ、小梅の生贄は命の無駄遣いじゃないのか?」

「これ以上余計な犠牲を出す必要は無いってことよ」


 言葉を失って考え込むおじいさんの代わりに、小梅が喜六に答えた。貴重な食料を奪った男の心配までするこの二人を見て、桃太郎もきっと本当に良い奴だったのだろうと喜六は思った。


「それに、正直ここのメシじゃ足りないし、肉も食いたい。食糧庫の物パクるついでに、俺の分も取ってこようと思うんだ」

「私達は余分に徴収されているから分かるけれど……あなたが盗ったら泥棒よ?」

「そいつは、あんた等からの報酬ってことで頼むよ」

「……本気なのか?」


 おじいさんが尋ねる。喜六は返事をせず、戸を開けて外を出ると、代わりに片手を上げて二人に手を振って出て行った。


 戸を閉められた後、おじいさんが小梅の肩に手を置いて言った。


「奴のことは気にしないでおこう。どうせ、ただの食い逃げに決まってる。きっと最後に良い奴ぶりたかっただけだろうさ」

「ええ、そうかもしれない」


 その言葉に小さく頷いた小梅だったが、その視線は、喜六が閉めた戸の方を見続けていた。

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