5-3
崖の上に立つ。
眼下に見えるはずの廃墟は、まだ闇に沈んでいる。目を転ずれば、遠くの空には、円盤の黒い影が浮かんでいる。
煙草を抜き出し咥えたところで、火がないことに気付く。俺は煙草を二つに折り、その場に捨てる。ついでに胸ポケットからパック自体を取り出し、握り潰して崖へ向かって放る。火のない煙草に意味などない。
ユニットの脚に寄り掛かり、風の音に耳を澄ませる。
地面を這う風の音。
空を渡る風の音。
都市の
微かな歌声――。
見回すが、辺りには俺以外誰もいない。ユニットの上を覗いても、コンテナはなく、平たい背面があるだけだ。
俺はユニットの背に上がり、腰を下ろす。
吹き付ける風の中で、空を見上げながら、耳に残る歌を口ずさむ――カナリアがいつもうたっていた歌を。
飛んでいく鳥を見送る歌。
葬送の歌。
広い世界への旅立ちを祝福する歌。
歌声はいつの間にか、彼女のものへと変わっている。
その声は、頭の奥から聞こえてくる。
いつか彼女が歌っていた記憶。
いや、それよりずっと前の記憶から流れてくる歌が、カナリアの声となって聞こえてくる。
俺の、奥底にある歌。
それを今、カナリアはうたっている。
空が白み始める。
眼下の廃墟たちに朝がもたらされ、徐々に目覚めていく。
円盤もまた、朝日を浴びて煌めき出す。銀色の外装が、地上に存在する何よりも太陽の恩恵を受けるかのように輝いている。
陽が昇るごとに光は増していく。背中に温もりを感じながら、俺はそれを眺める。
円盤の表面が光を湛える。
やがてそれは眼が眩むほどの閃光となる。
歌は、まだ続いている。
〈了〉
エッセンシャル 佐藤ムニエル @ts0821
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