5-2

 持ってきたコンテナに、金属部品を積めるだけ積み込んだ。コクピットへ戻ると、身体がクタクタになっている。単なる疲労なのか、〈毒〉のせいなのかは定かではない。

「これは、爆弾?」カナリアが問うてくる。

「そう」俺は手拭いを外しながら答える。「一発で、都市を丸ごと吹き飛ばすような爆弾だ。おまけに〈毒〉も含んでる。もっとも、このままじゃ使い物にならないけどな」

 ならどうするつもりだ、というように、彼女は小首を傾げる。俺はシートの下から、紙巻きの筒を束ねたものを取り出す。発破用のダイナマイトだ。通り道が瓦礫などで塞がれている時に使うためのもので、タイマーも付いている。

「これをコンテナに入れて納品する。奴らの船に積み込まれたタイミングで爆発させれば、あの円盤を落とすことができる」

「〈かれら〉の円盤は一つじゃない」

 彼女の言う通り、この星のあちこちに円盤は浮かんでいる。一つ落としたところで、今の世界の在り方が激変するわけでもないだろう。だが、僅かな間かもしれないが、カナリアを探している連中の目を逸らすことぐらいはできる。

「これが済んだら、ツバメも連れて三人で、どこか別の場所へ移ろう」ユニットを走らせながら、俺は言う。「流しのクーリーとして旅をするのも悪くない。仕事ならいくらでも見つけられる」

「うん」

「世界は広いんだ。雪や氷で閉ざされた場所があれば、見たこともない花の咲く場所もある。鳥だって、もっとたくさん見られるだろう」

「うん」

「お前が見たかったものを全部見に行こう。誰にも邪魔されず、自由に生きていこう」

「ハチ」

「何だ?」

「ありがとう」


〈港〉へ近付く。無線のスイッチを入れると、時間外での接近に対する警告が聞こえてくる。

 俺は嘘の所属と、捜し物を運んできた旨を伝える。

 僅かに考えるような間が空いた後、敷地内への立入が許される。俺はユニットを、納品所へと向ける。

 本来カナリアを納品すべきだった時に機体の識別番号を控えられている可能性もあったが、それらしい素振りは見られない。通常の納品と同じように、至って事務的に、機械とのやり取りだけで事は進んでいく。

 内容物のスキャニングが始まる前にコンテナへ上がっておく必要がある。生体が入っていることを知らしめなければならない。

 上部ハッチを開き、上がろうとすると、カナリアが手を添えてくる。

「わたしが行く。大きさが近い方がばれない」

 一理ある。確実性を持たせるためには、その方が得策だ。検査が行われる数十秒を騙せればいいのだ。そう危険もないだろう。

 のぞき穴の外で緑色の光が閃く。スキャニングの光線だ。光がコンテナを舐め回す間、俺は息を詰める。意味はない。ただ、自分も何らかの負荷を負わなければ上手くいかないような気がしたのだ。

『納品物を確認しました。異常なし。コンテナを切り離してください』

 俺は息を吐く。

 それと同時に、頭上でハッチの閉まる音がする。仰ぎ見ると、カナリアがコンテナに上がったまま閉めようとしている。

「何してんだよ。降りてこい」

「わたしはこのまま行く」

「馬鹿」俺はハッチに取り付く。「これから円盤を落とすんだぞ」

「爆弾は、ちゃんと円盤に乗ってから爆発しなくちゃいけない」

「そのためのタイマーだ」

「上に行くまで、どれだけの時間が掛かるかわからない」彼女の白い腕が降りてくる。「確実にやるなら、誰かがいないと」

 カナリアは俺の胸ポケットからライターを抜き取る。俺は彼女の手首を掴む。

 枯れ木のような手触り。

 彼女の腕の内側には点々と、打たれたような紫色のシミが浮かんでいる。

「お前……」

 彼女が腕を引く。思わぬ力で、俺の手をすり抜けていく。

「わたしには、もう時間がない」

「いつからだよ。どうして何も言わなかった」

 すると彼女は微笑む。

「初めから決まってた。どうすることもできない」

 

 当たり前の、しかしいつの間にかどこかへ追いやっていたことわりが、急に頭をもたげてくる。その黒く長い腕を以て、カナリアを攫っていこうとする。

「わたしは空へ還る。それが、わたしの生まれた理由」カナリアは言う。「今まで色々なものを見られた。本当なら手に入らないものまで手に入れた。それだけで、もう十分」

『コンテナを切り離してください。コンテナを切り離してください』

「だから、さようなら」

 彼女の碧色の瞳に、光が走る。

 手を伸ばす前にハッチが閉まる。

『コンテナを切り離してください。コンテナを切り離してください』

 作り物の声が響く中で、俺はシートに腰を落とす。

『警告します。ただちにコンテナを切り離してください。警告します――』

 やがて煤けた鉄の向こうで、コンテナが機体から離れていく音が聞こえてくる。叩いても引っ掻いても、どんなに叫んでも、停めることのできない作業が、煤けた鉄板の向こうで行われる。粛々と進んでいく。

 俺はシートにもたれたまま、自分とは無関係になっていく音を聞いている。

『指定端末に報酬を送金します』無線から、作り物らしい声がする。『ご苦労様でした。速やかに退場ください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る