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 ある地点を越えた段階で灯りを消し、エコー・レーダーだけを頼りに進む。人目に付くわけにはいかない。もしここで奴らにでも見つかったら、計画の準備段階で全てがおじゃんになる。

 やがて、そのレーダーにもノイズが混じり出す。凶兆ではない。目的地に近付いたのだ。

 のぞき窓を開ける。

 空には蒼白い満月。

 その月明かりに、都市の残骸たちが照らされている。

 周囲には動くものは見当たらない。風が廃墟を吹き抜ける音の他には何も聞こえない。ここにいるのは俺だけだ。

 生きているうちに二度も〈触らずの地〉に足を踏み入れることになるとは思わなかった。しかも、前回はやむを得ず逃げ込んだだけだったが、今回は〈宝〉を捜しに来たときている。普通にクーリーとして生きていたら、こんなことにはならなかったはずだ。

 無線機を、音量を極力絞った状態でオンにする。ホワイトノイズが聞こえ出す。ユニットを動かしながら、その音程の変動に耳を澄ませる。この辺りは電波に干渉するほど〈毒〉が強い。

 一定だったノイズが変調をきたす。前進をやめ、慎重に方向を変えていく。音が大きく波打つタイミングを捉え、進むべき方向を定める。同じことを数回繰り返すうちに、ノイズの波は大きくなってくる。

 辿り着いたのは海辺である。岸が人工的に舗装された、本来の意味での港だった場所だ。

 倉庫と思しき朽ちた建物が建ち並び、海から乗り上げる形で大きな鉄の船が横たわっている。それは、アオジの図鑑で昔見た鯨という水生生物を思わせる。

 船の横腹は破れ、中を覗くことができる。ライトで照らしてみると、拉げたコンテナがいくつも折り重なっている。コンテナには、地上の空気を汚す原因となった物質を示す〈禁忌のマーク〉が貼られている。

〈宝〉を見つけた。俺はユニットを近付け、積み込み作業に掛かる。クレーンもワイヤもないから、己の手で行うしかない。手拭いを口元に巻き、コクピットから出る。

 拉げたコンテナは、俺の手でも開けることができる。中では、円錐型の金属部品が捨てられたように隅に集まっている。溜まった水に足首まで浸かりながら取りに行く。金属部品は、両手で持てる程度には軽い。

 ユニットと部品の山の間を何度も往復する。急速に足取りが重くなってくる。〈毒〉のせいかもしれない。何個目かの部品を運んでいる最中、意識が遠のき、危うく転びそうになる。

 倒れずに済んだのは、支えがあったからだ。

 俺の胸元に回された白い腕。視界の端で金色の髪が、天井に空いた穴から射し込む月光を受けて輝いている。

「お前――」

「わたしも、手伝う」そう言ってカナリアは俺の手から部品を取ろうとする。

「何やってんだ。どうしてここに」

「ハチ一人にはやらせられない」彼女は言う。「自分の自由は、自分で手に入れたい」

 俺は彼女に部品を取られる。

 頭を掻く。

「体調がおかしくなったらすぐ言えよ」

 カナリアは肩越しに頷いて、ユニットの方へ戻っていく。床に溜まった水面では、丁度真上に来た月が揺らめいている。

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